一話
安穏ならぬ夢から目覚めると、寝ぼけ眼を擦りながら便所へ向かった。何も変わらない、いつもの朝だった。
しかし、洗面所で顔を洗おうとすると、ふとした違和感があった。頬がツルツルと滑らかなことに驚いたのだ。思わず鏡を見ていると、そこには顔付きや体格こそは変わらないものの、肌の血色や質感が随分と良くなった僕が映っていた。まるで一晩のうちに随分と肌が丁寧に手入れをされたようだった。たまらなく不思議な思いがしたが、同時にそこには心躍るものがあった。僕は洗面所にあった、誰のともわからない化粧水を顔に振りかけて、手のひらで伸ばした。そして洗面所を後にした。
キッチンでコーヒを飲んでいると、母が弁当箱を寄越した。いらないと言っても無理やり持たせてくる母に辟易としながらも、それを受け取った。弁当箱はいつもと違い、小ぶりな上に軽かった。それをレジ袋に入れていると、母は意外そうな声を出した。
「どうして弁当袋を使わないの?」
そう言ってカウンターの上に置いてあるバスケットを指差した。バスケットには弁当袋が入っているが、僕がそれを使わないことを母は知っているはずだった。母はどうしてそんなことを言ったのかわからないままに、弁当箱が入ったレジ袋を鞄に詰めると、制服に着替えて家を出た。玄関の時計はちょうど7時20分を指していた。
家から駅までの1キロ程度の道すがら、ひどく無遠慮な視線を感じた。気のせいかもしれないが、ひょっとして身だしなみが何かおかしかったのかもしれない。歩きながら服装を整えたが、特段おかしなところはなかった。
電車はいつもと変わらず混んでいた。心なしか、いつもよりも女性比率が高いように思えたが、男性も乗っていたのを見つけた。女性専用車両に乗り込んだわけではないことに安堵しながら、僕は30分ほど吊り革を掴んでいた。