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「ピヨマルゲリラ撮影! 路上で奇跡を再現!?」


 タイミングよく最新の動画がアップされていた。

 僕は条件反射のように再生ボタンを押した。


「はい皆さんこんにちはー! マイチューバーのピヨマルです! さて、今日は前回の動画で大好評だった奇跡のチカラを、なんと! 皆さんの目の前で! 実践したいと思い、ここ〇〇区の△△公園にやって参りましたー! パチパチパチー! さぁー、多過ぎず、少な過ぎず、ちょうど良いくらいの人影が見えますねー」


 前回と同じ軽快なBGMに乗せて動画が始まる。


「さてさてー、では早速、そうですねー、あのお子様連れの奥様に奇跡を目の当たりにして頂きましょう!」


 ピヨマルがターゲットを絞り、子連れの女性のところへ近付いて行った。


「奥様こんにちはー! 今ちょっと宜しいでしょうか!?」

「はい? はぁ、こんにちはー」

「今何されてるんですか?」

「今日は子供を連れて公園で少しのんびりしようかと思って」

「そうですかー、おくつろぎのところスミマセン! 今日はそれどころじゃない体験をさせてあげましょう!」

「へっ? はぁ……」

「そこの坊やもビックリするような体験ができるよ!」


 マスクを被った変な男に話しかけられ、幼稚園児くらいの小さな男の子はハニカミながら母親の影に隠れた。


「可愛い坊や、その手に持ってる車のオモチャを貸してくれるかい?」

「え? ……うん」


 男の子はピヨマルにオモチャを差し出す。


「これはタネも仕掛けもない普通の車のオモチャです。チョロキューみたいな動力も、ましてやラジコンの様なモーターも付いていません!」


 ピヨマルはカメラの前でその車のオモチャをクルクルと回し、何も仕掛けがない事をアピールしている。


「さぁ、ではこれからこの車のオモチャを本物の車の様に、意のままにピヨマルが動かしてみせましょう!」


 そう言うとピヨマルはオモチャの車を地面に置き、前回の動画の時と同じようにオモチャの上空で手をユラユラと動かし出した。


「来ます! 来ますよ! ホラッ!」


 掛け声とともにオモチャの車は前に向かって走り出した。


「えー!? すごーい、動いてるー!」


 母親は驚いた表情で声を上げた。

 男の子も不思議そうな顔で動く車を見つめている。

 数メートル車をまっすぐ走らせるとピヨマルは


「今度は戻ってきてもらいましょう!」


 と言って車をUターンさせ、元の位置まで戻してみせた。


「さぁ! どうです? この奇跡の現象!」

「すごーい! 全く分からなーい! なんでー?」


 母親は相変わらず驚いているばかりだ。

 ピヨマルは自由自在にオモチャを動かしている。


 いつの間にか周りにはギャラリーが湧いていて、動くオモチャの車に皆が注目していた。


「いいですねー、皆さん、結構集まっていただいてますねー! よーし! 僕もテンション上がってきましたよー! もっとすごい奇跡をお見せしましょう!」


 ピヨマルはここぞとばかりに進行していく。


「ではもう一度このかわいい坊やに協力して頂きましょう! 君! 次はこのベンチに腰掛けてくれるかい?」

「え? う、うん」


 男の子は訝しげな表情を浮かべながらも、促されるままベンチに座った。


「ありがとう! では皆さん注目です! 今からこの男の子をベンチごと宙に浮かせて見せましょう!」


 そう言い放つとピヨマルはいつものように力を送る素振りを見せる。


「来ます! 来ますよ! ホラッ!」


 おなじみの掛け声とともにベンチは地面から離れ、ゆっくりと浮上していく。


「すげぇ、なんだこれ」

「浮いてる、本当に浮いてる!」


 ギャラリーからも感嘆の声が漏れる。

 男の子も自然と笑顔を浮かべ、顔をキョロキョロとさせながらその現象を確かめている。


「どうです!? 皆さんは奇跡を見ているんですよ! これがハンドパワーです! あっ、またパクってしまいました!」


 それからピヨマルはゆっくりとベンチを元の位置に戻した。


「はい! これがピヨマルの奇跡のチカラでした! ご観覧、ご協力ありがとうございましたー! 最後は皆さんでカメラに向かって手を振ってくださーい! ではまた次の動画で! バーイ!」


 動画はあっという間に終わった。


 多分この動画も瞬く間に再生回数を伸ばすだろう。

 人の興味を引くのも分かる。


 あの足の速い老人に会う前にこの動画を見ていたとしたら、僕は相変わらずマジックの類で片付けていただろう。


 確かに同じようなトリックをテレビで何度も見たことがある。


 でもこいつは違う。

 多分本物だ。

 多分と言うか今では確信に近い。


 奇跡のチカラの動画以前は、暗い動画ばかりだった。

 言わばネガティブの塊。

 こいつはあるきっかけでチカラを手にした。


 そう、


 自殺未遂だ。


 僕には分かった。

 老人も然り。


 この僕だってそうだったからだ。


 チカラを手にする前、僕は全てに疲れていた。

 今思えばただの甘えだったとも言える。

 まともに就職もせず、ギャンブル依存症に陥り、借金まみれでクソみたいな人生を送っていた。


 家が貧乏だったし、兄は昔から精神を患っていて、未だに病院に通い治療をしている。

 そのせいで長いこと働く事も出来ていない。


 母は強い人間だから、そんな兄やどうしようもない僕を、休みもせず一晩中働いて支えてくれた。


 普通に就職しても、母や兄を楽させてやる事は出来ない。

 そう思い、就職もせずアルバイトで日銭を稼ぎながら、いつか何かで大金を掴むんだと、あまりに抽象的でバカげた夢を本気で見ていた。


 でも理想と現実の乖離は埋まる事なく、むしろどんどんと広がっていった。

 母もこのまま歳をとればいずれは働けなくなる。

 母と兄、僕が二人を支えないといけない。

 そんなプレッシャーは日に日に増していった。


 そのプレッシャーから逃げる為、僕はギャンブルにどんどんとのめり込んでいった。


 気が付けば、追えば追う程金を失う、負のスパイラルにどっぷりと浸かっていた。


 ギャンブルで失った金があったなら、どれだけ家族の為に金を使えたか。

 どれほどの幸せを家族に注ぐ事が出来たか。


 頭では分かっていた。

 でも脆弱な心がそれを阻んだ。


 そうして膨れ上がったプレッシャーと借金の底で、とうとう僕は身動きが取れなくなり、次第に解放される事を望むようになっていった。

 情けない。

 ほんと、クソみたいな人間だ。


 でも、さすがの僕もこのままじゃいけないと思い、人生で初めて就職をした。

 運が良かった。

 大したスキルもない僕みたいな人間が就職できたのは、今の会社以外あり得なかっただろう。


 事実、数え切れないくらいの会社から不採用の連絡をもらった。


 でも、それでも現実は厳しかった。


 やっとの事で就職できた今の会社でも、初めはやる事全てが経験のない事ばかりで、思うように仕事も出来なかった。

 苦しい時期はひたすら続いた。


 社員になった事で周りにいる、会社以外の人間の僕を見る目は変わったけど、給料は安かった。

 下手したらバイトの時の方が稼げていたかもしれない。


 成果主義のこの時代、仕事ができない人間の給料は上がらない。

 仕方がない事だ。

 それに対して僕が文句をタレる筋合いはない。


 僕は仕事に慣れる為、ガムシャラに頑張った。

 その努力もあってか、次第に仕事にも慣れていった。


 やっとの事で、ある程度、人並みには仕事ができるようになった頃、今度は会社の経営が傾き始めた。

 会社の不祥事がバレて、多くの顧客が逃げていった。


 こればかりは僕の努力次第でどうにかなるものでもない。

 楽しみにしていたボーナスも出なかった。

 最低限の給料は貰えたけど、しばらくはボーナスなしで頑張って欲しいと言われた。


 アルバイトよりも多くの仕事を抱えながらも、給料はアルバイトと変わらない。

 見込み残業だから、どれだけ残業しても一定時間を超えない限り残業代もつかない。


 僕はつくづく金に嫌われているな。

 何度もそう思った。


 社員になろうが生活水準は変わらない。

 宝くじは買っても当たらない。

 どれだけ返しても借金はなくならない。

 そして僅かな小銭を求めてパチンコに行って、さらに借金を作る。


 クソみたいな負のループ。

 分かってる、全て自業自得だ。


 奨学金でも借りて普通に大学行って、普通に就職していればこんな事にはならなかったのか。

 なんて後悔ばかりしていた。


 一度レールを踏み外せば、決して元のレールに戻る事はできない。


 今の時代、誰にでも平等にチャンスがあるなんて言うけど、そんな事ない。


 弱いものは淘汰される。


 いくら人間が文明を築こうが、根っこは動物と一緒だ。

 強いものが生き残る。


 人間でいうところの強さは他でもない、金だ。

 資本主義のこの国で、金は力だ。

 自由への切符だ。


 もちろん金で買えないものがあるのは知ってる。

 でも、金で買えないものよりも、金で買えるものの方が遥かに多い事も知ってる。

 金がなければ失うものが多い事も。


 金がなくても手元に残ったものが本物だとか、気休めのような言葉を聞く。

 確かにそれも一理ある。

 でも金がなければ自由も失う。

 命さえもだ。


 それなら金で買えるものと買えないもの、どう秤にかける?

 その秤が金で買えないものに傾くと誰が言える?


 貯金はただ金を貯めているだけじゃない。

 安心を買ってるようなものだ。


 金がない奴はひたすら不安で心の底から人生を楽しむのは難しい。


 以前の僕はそうだった。

 ただただ将来のことが不安で、常にそのプレッシャーに晒される。


 不自由だ。不自由極まりない。


 僕はその全てから解放されたくて、ついには自ら命を断とうとした。

 今考えればただの心の弱さだ。


 でも幸運な事に僕はそれをきっかけに奇跡のようなとんでもないチカラを手にした。


 一度自ら命を断とうとした自分を肯定する訳では決してない。


 でも手に入ったのならとことん活用してやる。


 過去を払拭して、自分の人生を、家族の将来を、必ず好転させてやる。


 人は何か一つのきっかけ、たった一つの転機でウソみたいに人生を好転させる事ができる。


 もうあのクソみたいな人生を送る必要はない。


 僕にはチカラがあるのだから。

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