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【ストップ】


 僕はチカラを使って全ての動きを停止し家の中に入った。

 リビングの方を見ると薄っすらライトの明かりが見える。

 僕は明かりの元へと近付いていった。


 そこには男の後ろ姿があった。

 男はしゃがんだ姿勢で、母が普段使っている鏡台の引き出しの中を、ライトで照らしたまま停止している。

 さらに近付き顔を覗き込む。

 全く知らない男だ。


 ……空き巣だ。


 僕にとっては初めての経験で、少しは動揺したものの、チカラによる絶対的な自信からか意外なまでに落ち着いていた。


 僕はこいつの処遇について頭を巡らす。

 こいつをこのまま縛り上げるか。

 もしくは何もせず警察を呼ぶか。

 より無難なのは後者の方だ。

 前者なら、停止している間に縛り上げても、解除した時、この男は自分の身に起こった奇妙な現象を誰かに言いふらすかもしれない。


 でも警察を呼べば僕も警察から色々聞かれて面倒な事になるだろうし、母たちにもその範囲は及ぶだろう。

 そうなれば家族が今後この家に安心して住む事もできなくなってしまう。

 どうするべきか。


 僕が出した答えは、前者でも後者でもなかった。

 僕は男の後方に少し距離を取って、ポケットからスマホを取り出すと男の方に向けて構えた。

 そしてチカラを解除するとともに、スマホのカメラを回す。


 録画開始時の音が鳴らない仕様の動画アプリだ。

 男の照らすライトの明かりで、鏡台をあさる様子はある程度動画に収められている。

 男はまだ気付いていない。なんとも間抜けな姿だ。


「おい」


 僕は一言放つと同時にスマホのライトをオンにした。

 突然の出来事に男はビクッと身体を弾ませると、すかさずこちらを振り返った。

 男の顔はバッチリカメラに収められた。


「何してる?」

「何だっ! どこから現れた!? いつ!?」

「ずっといたよ。それより何してるって聞いてんだよ」

「嘘だ! 誰もいなかったぞ!」

「いたよ、お前が気付かなかっただけだろ。ってかバッチリ動画録ってるけど、どうする?」

「どうって、何録ってんだ、やめろよ」

「おい、どの口が言ってんだよ。警察呼んでもいいけど?」

「ちょっと待ってくれ、やめてくれ!」

「とりあえずポケットとかそのバッグの中身出してくれる?」

「わ、わ、分かったよ」

 男はバッグを両手で広げてひっくり返し、中身を全てぶちまけた。

 僕が普段大事に使っている高めの服や、アクセサリー、隠していた五百円貯金箱やらが出てきた。


 先に僕の部屋の方を見られてたのか。

 また聞かれたらどこから現れた事にしよう。

 まぁ答える必要はないか。


「ポケットは?」

「はい!」


 男はポケットの中からいくつかアクセサリーを取り出した。

 母の鏡台から盗ったものだ。

 よく見ると母が大事にしている父の形見の結婚指輪まである。


 こいつ……


「それで全部?」

「はい! ほらっ!」


 男は全てのポケットをひっくり返して見せた。


「ふーん、まぁいいよ」


 僕はしばらく黙って男の顔を見つめた。

 自分のした事を棚に上げて、許してくれと言わんばかりの表情だ。

 気持ち悪い。


「このまま警察に通報しても良いけど、それはそれで俺も面倒だし、モノは一応返してもらったし、二度と来ないって誓うなら見逃してもいいよ。バッチリ動画も録ってるし、何かあったらソッコーで警察に突き出すけど」

「ほんとですか!? いやぁ、有難いなー! もう二度と来ません! 絶対に来ませんから!」

「ならいいよ、絶対に来んなよ」

「はい! ……では、失礼します!」


 僕はカメラを構えたまま男が出口に向かえるよう少し下がって道を開けた。


「……すいません」


 男は聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声でそう呟いて、僕の前をペコペコしながら通り過ぎる。

 と同時に僕は録画を止める。


 ……するとその瞬間、男は急に振り返ると、僕の方に飛びかかってきた。


【ストップ】


 そりゃそうだよな。

 そうなるとは思っていた。


 僕というより、カメラをめがけて飛びかかって来ようとしているな。

 さて。

 僕はこのチカラが使えるようになってからこれまで、当たり前っちゃ当たり前だけど、止まっている人間を殴った事はない。

 殴ったらどうなるのだろう。


 仕事でパソコンを使っている時、仕事を効率化できるかもと思い、止めている時間にマウスをいじってみた。

 果たして、マウスのホイールはカチカチ動かせたけど、画面は動かなかった。


 パソコンは動かせないけど、それでも書類を書いたり、考える時間や判断する時間は稼げたので、僕は仕事にもこのチカラを利用する事がある。

 おかげで成績は上がった。


 ……いや、そんな事はどうでも良いんだ。

 とりあえず、止めている間に腹にいくつかパンチを入れてやろう。

 父の形見まで奪おうとした奴だ。

 そのぐらいの罰は受けて当然。


 僕は両手を振りかぶる。


 ドンッドンッドンッ


 まさにサンドバッグだ。

 気持ちの良いくらいキレイに入る。

 で、どうなる?

 解除した時、何事もなかったかのように、ただまた動き出すだけか?


 正直このチカラが何をどう止めているのか、僕自身でさえ把握していない。

 どこまでの範囲に及んでいるのかもだ。


 止めている時間のデメリットと言えば、息ができない事だ。

 厳密に言えば全くできない訳じゃない。

 多分僕が直接触れている、あるいは僕の周りの極めて狭い周囲のものは動く。

 だから僕が着ている服も動くし、周りの僅かな空気も動いているので多少なりとも息ができるのだろう。


 でも長い時間は止めていられない。

 そしてだ。

 触れたものを動かす事は出来ても殴った衝撃はどうなる?

 全て無効となるのか?


 ここは賭けだ。

 僕は思い切ってチカラを解除した。


 全てが再び動き出す。


 それは男が僕のスマホに手を掛けようとした瞬間だった。


「ゲェェ、ウゲェェエエ」


 男は僕のスマホに触れる僅か手前でうめき声を上げ、崩れるように床に倒れこんだ。


「ゲホッゲホッ、な、何をした!」


 男は悶絶の表情で僕を見上げながら叫んだ。

 良かった、直接触れたからなのかは分からないけど、ダメージは解除とともに男の腹に響いたようだ。


「暗くて見えなかった? 俺の膝蹴り」

「ひ、膝!? う、動いたようには見えなかったぞ!」

「だから暗くて見えなかったんじゃないのか? それに俺、格闘技やってるから速すぎて見えなかったのかもね。どうする? 俺には勝てないと思うよ」

「ヒィー、クソォ!」


 男は悶絶しながらも玄関の方へと走り出した。

 本当は格闘技なんて習ってないけど。


「もう二度とくんなよ!」


 男の後ろ姿に向かって僕は念を押した。

 そして男は慌てた様子のまま玄関から逃げて行った。


 取り敢えずはこれで良いか。

 あとはあの男がこの家で起きた事を変に言いふらさない事を願うだけだ。


 とりあえず僕は荒らされたところを母たちが帰る前に片付けておいた。


 貧乏な時はこんな事なかったのに。

 妙な事というのは不思議と続く。

 何にもない日々がしばらく続くと急にあり得ないことが立て続けに起こったりする。

 パチンコの勝ち負けと一緒だ。

 物事は偏る。


 僕は自分の部屋に戻ると荒らされた様子に腹立たしさを覚えながらも部屋を片付けた。

 それから一息ついた時、僕は今日の老人との事を思い出していた。


 老人の身に起こった奇跡。

 その奇跡の発端に僕は少なからず動揺を覚えていた。


 同じだったからだ。


 僕がチカラを使えるようになったきっかけと。

 僕はハッとしてスマホを手に取るとマイチューブを開いた。

 そしてピヨマルの動画を探した。

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