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 数分の短い動画だった。

 でも僕には十分面白い動画だった。

 そりゃ急上昇もするはずだ。

 どんなトリックか、考えるだけでも楽しめた。


「よくあるトリックwww」

「ピヨマルさん! その力で世界を救って下さいw」

「いいなーおれもほしー」


 動画の下には沢山のコメントが並んでいる。

 マジック?

 いや、ハチソン効果的な事か?

 でもあれは科学の部類だよな。

 やっぱりマジックか?


 仮面の男がアップしている他の動画はどれもいわゆるマイチューバーらしいくだらない動画ばかりで、曰くハンドパワー系の動画はなかった。


 むしろ自分の人生や社会に対しての嘆きなどを定期的にアップしているだけの底辺マイチューバーそのものという印象だった。

 それにしてもキャラ変わり過ぎだろ。


 それからいつも見ているような動画をいくつか見た後、特にする事もなかったので、僕はパチンコに行く事にした。

 母には留守番しとくとは言ったものの、家でじっとしていてもする事がない。

 多分母たちの帰りも夕飯前くらいだろうから、それに合わせて帰れば良い。


 パチンコ屋に着くと、お気に入りの台に座って時間を潰した。


 前は狂ったように通っていたパチンコ。

 今はただの暇つぶしだ。


 このギャンブルというもののお陰で僕の人生は変わった。

 良くも悪くもだ。


 そして前者が現在、後者が過去だ。

 僕がこの年齢で家を建て替えられたのも、ギャンブルのお陰。


 ギャンブル?

 いや、厳密に言えばギャンブルじゃない。

 勝ちの確定した悪い金儲けだ。


 手口は単純だった。

 狙うのはそこそこ客付きは良いけど程よく空席もある中規模ホール。

 そして一番肝心なのは最新のシステムが導入されてない事だ。

 最近のパチンコはそのほとんどに各台計数機が導入されている。


 でもスロットは違う。

 店にもよるけど、特に田舎の方の古びたパチンコ屋なら、シマの横に正方形の大きな銀色のシンクみたいなのが置いてあって、その中には数え切れないほどのコインが無防備な状態で貯めてある。

 筐体に補充する為のものだけど、未だにそのやり方をしているホールであれば、僕は負けることはない。


 僕はこのとんでもないチカラを使ってそのシンクから無尽蔵にコインを取ることができるからだ。


 投資という概念がないのだから、負けようがない。


 もちろん最初は千円だけサンドに入れる。

 これはリスクを減らす為。

 なるべく目立たないようにする為だけだ。


 本当はこのチカラを使えば人の台からだろうが直接財布の中からだろうが、もっと言えば、ホールの金庫からだろうが好きなだけ金を奪える。


 証拠さえ残す事なくだ。


 でも僕はそれをしない。

 単純だ。

 盗みは良くない。

 矛盾しているかもしれない。

 でもこれは良いんだ。

 僕の中では。


 僕がこのチカラを手にする前、いくら負けていたか。

 正直に言えば車なんて新車で買えるくらいだ。

 ガチガチに閉められた釘、ほぼほぼ低設定に固定された台、絞れるだけ絞り取られた。

 今思い出しても寒気がするくらいだ。


 だから僕は不当に絞り取られた金を返してもらっただけ。

 分かっている。

 不当なのは僕の中でだけだって事も。


 でもこの方法だけが僕の中で盗みを正当化できる唯一の方法だった。


 それにマネーロンダリングに近い意味合いもある。

 ちゃんとした出所の金にする為だ。


 ご都合主義。

 それも否定はしない。

 でも、人間なんて、みんなそうだ。


 まぁそんな事を繰り返して、僕は今まで絞り取られていた金を取り返していった。

 もちろんリスク分散の為にいくつかのパチンコ屋をまわったり、日によっては負けたフリもしたりした。


 でもそれだけでは家なんて建てられない。

 まとまった金ができた後は、海外のカジノに行ってその金を数十倍にした。


 その時もチカラを使った。

 ただ、この件ばかりは自分を正当化できる余地はない。

 ただの悪事だ。

 それは認める。

 罪悪感もない訳じゃない。

 だからカジノに行ったのは後にも先にもその一回だけだ。

 もちろん税金だってちゃんと払った。

 誤魔化しようのきかない大金だったから。


 これを繰り返せば僕は一生金に困ることなく、贅沢三昧できるだろうけど、僕にはそこまでの欲はない。

 仕事もちゃんとしているし、このチカラがバレるようなリスクを犯してまでそんな事を繰り返す必要はない。

 家族がある程度不自由なく暮らせるだけの金があればそれで良い。

 それだけで十分だ。

 それに大勝ちするのは目立ち過ぎる。

 僕は目立つのは嫌いだ。


 数時間は時間を潰せただろうか。

 僕はその間、当たったり突っ込んだりを繰り返して、結局千円程の負けが出た頃、自宅に帰る事にした。


 今日はチカラを使っていない。

 普通に金を入れて普通に楽しんだだけ。

 店からすればただの良い客だ。

 こういう日もないといけない。

 それに、やろうと思えばいつでも取り返せるのだから。


 カードに残っていた金を清算して、タバコを一本吸った後、僕はパチンコ屋を出た。


 そんなに遅い時間でもないのにすっかり辺りは暗くなっていた。

 涼やかな風も相まって、季節は秋らしさを存分に醸し出していた。

 家からそう遠く離れていないパチンコ屋だったから、僕はゆったりと家まで歩いて帰る事にした。

 都会過ぎず、田舎過ぎずの程よい街並みが、ゆっくりと流れていく。


 生まれた時から今に至るまでずっとこの街で育ってきて、飽きる事なく今も暮らしている。

 僕はこの街が大好きだった。


 大通りからあまり人通りの少ない路地に入って、後は道なりにしばらく歩いて行けば自宅に着く。

 大通りとは打って変わって一気に静まり返った見慣れた道。

 小さな川も流れていて、子供の頃はここを通って学校に通っていた。


「ドンッ」


 突如背後から腰辺りに走った衝撃に、僕は一瞬何が起こったか分からなかった。


「す、すんません。よそ見しとりました」


 振り向くと、そこには背の低い腰の曲がった老人がいた。

 いかにもお爺さん、といった感じのハットを被っている。


「あぁ……いえ、全然」


 僕は腰に走った衝撃の原因を理解する。


「ほんなこつ、すんません」


 老人はそう言って軽く会釈をすると、覚束ない足取りで、二つに別れた道を、僕が進むのとは違う方向へと歩いて行った。


 ハットを深く被りすぎているからじゃないか?

 そんな事を思いつつ僕もまた歩き出した。


 少し歩くと、ふと自分の尻の辺りに違和感を感じ、後ろの右ポケットに手を突っ込んだ。


「ん?」


 ポケットには何も入っていない。

 いや、むしろ入ってないといけないものが入っていない。


 僕はバッグやリュックを持っていない時、必ず財布を尻の右ポケットに入れる。

 逆のポケットにはいつも通りちゃんとスマホが入っている。


 どこかに落としたのか?

 パチンコ屋に忘れたのか?

 いや、パチンコ屋を出る時に清算した金は間違いなく財布に入れてポケットにも入れた。

 帰りの道中で落としたのか。

 いや、落としたなら今みたいにすぐに臀部の違和感で気付くはずだ。


 僕はハッとしてさっきの老人とぶつかった場所へ戻った。

 道の先を見ると、老人の姿はまだ近くに確認できた。

 僕は急いで老人の元へと駆け寄った。

 そしてその華奢な肩に手をかけて、少し乱暴に引き止める。


「ちょっと、じいさん! 人の財布盗んでないか?」

「は? なんね?」


 びっくりしたと同時に老人はトボけたような顔をしてこちらを見ている。


「まぁいいや、ちょっとだけ確認させてもらうから」


 そう言って老人の衣服に手をかけようとした瞬間、老人は僕の制止を振り払い一目散に逃げ出した。


「おい! 待てよ!」


 すかさず老人を追い掛ける。

 とは言っても足取りも覚束ない老人だ。

 僕はすぐに追い付いて、もう一度老人の肩に手をかけようと手を伸ばした。


 するとその瞬間、老人は信じられないほどの猛スピードで走り出したのだ。

 あっという間に僕から遠ざかって行く。


 嘘だろ?

 目の前で起こった光景に一瞬呆気にとられる。

 ヤバイ。

 このままでは逃げられる。

 全力で走っても到底追いつけるスピードじゃない。


 仕方ない。

 僕は周りに誰もいないか確認する。

 そして力を込めて心で叫んだ。


【ストップ】


 辺りは一瞬にして静寂と化し、落ち葉も風も川のせせらぎも、全てが完全に停止した。


 改めて辺りを念入りに確認する。

 周りには誰もいない。


 僕は完全に停止している老人の方へと向かって歩き出す。


 老人の小さな背中が徐々に近付いてくる。

 そして触れられる距離まで追い付くと、老人の眼前に回り込む。


 鬼のような形相で、うっすら汗もかいているのが分かる。


 悪いね、爺ちゃん。

 僕はそのまま停止している老人の衣服を探った。


 果たして、老人の衣服からは紛れもない僕の財布が姿を現した。


「人のもの盗んじゃダメだよ。返してもらうから」


 奪い返した財布を定位置のポケットへとしまう。

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