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とりとめもなく  作者: nayuta
38/46

脇道21 :栄冠は輝く-1 野球の話4

芝生の内野席を歩く。

地方球場では観客席は芝生の地面が普通で、コンクリートの観客席はダッグアウトの上ぐらいにしかありません。

内野席の奥、外野席近くに集まれ、と言われている。

空は曇っていたと思う。

左手にグラブとユニフォームの替えを入れたバッグを持って、右手にはバット。

スパイクは履き替えていなかったと思う。

足裏にスパイクの爪が芝を切る感触を覚えている。

試合が終わって汗にまみれたユニフォーム。

涙をこらえながら、ああ終わったんだなあ、と思う。

私の高校は3回戦で負けました。

3年の夏です。

高校の時の野球の思い出はいくつもありますけど、いつも最初に浮かぶのはこのときの風景です。



高校で野球をするという事は、甲子園出場を目指すという事です。

殆どの高校には硬式野球部があって、殆どの硬式野球部は甲子園出場のための地方予選に参加します。

甲子園で行われる野球大会には「春」と「夏」がありますが、普通の高校球児にとって甲子園は「夏」です。

「春」は強いチームだけが出る。

まあ、エリートのための大会ですね。

もちろん、選抜のための成績は前年度の新人戦?秋季大会で決まるので、そこで頑張れば良いのですが。

あれが甲子園につながっているとは余り思えません。

大体、先輩が引退して代替わりでバタバタしている時ですし。



チームが代替わりして一冬を筋トレで過ごして、春から新入生を鍛えながら夏にかけてチームが成長していって。

甲子園の夏が来ます。

夏休み前、確かまだ授業があって公認で休んで行ったと思う。

地方予選開会式。

今はどうなっているのだろう。

私の時は出場高校、野球部員全員がひとつの球場に集まって整列しました。

入場行進も音楽ももちろんないですが、それ以外はテレビで見る甲子園大会の開会式に良く似ていました。

訓示が長かったのも。

う~ん。

3年1学期期末、大学受験で大事な期末試験があったはずなんだけど、どうしたかな?

まるで、記憶にありません。



全国高等学校野球選手権大会。

始まって1世紀、百年以上。

舞台が甲子園球場に移ってからも、後数年で100年です。

参加校は年々増えていって4000校。

でも近頃は減少傾向だそうで、去年は3700校だったかな?

部員不足で試合が出来ない高校もあるそうで、複数の高校がチームを組んで出場する場合もあるそうです。

少子高齢化か、野球人気の陰りか。

どっちなんでしょう。



その3700校で構成する巨大なトーナメント戦が夏の甲子園です。

一応、地方大会を勝ち抜いたら優勝、って事で優勝旗も貰えるみたいですが。

優勝チームだけが甲子園のトーナメント戦に参加出来るのですから、実質ひとつのトーナメントみたいなものです。

まあ、地方によって参加校の数にばらつきがありますから、ひとつのトーナメントと見なすと不公平という事になるのでしょうか。

でも、全体を見れば間違いなく巨大なトーナメント戦で、参加チーム数から言ったら世界最大じゃないだろうか?

ギネスに申請してみたいですね。



3700校。

みんな負けて終わる。

負けずに終われるのは優勝チーム1校だけです。

オリンピックみたいに敗者復活戦(決勝に進出したチームに当たって負けたチームは3位を決めるトーナメント戦に出られる)があるわけではありません。

最上級生、3年生にとっては最後の公式試合。

ボールがグローブに吸い込まれた瞬間、相手チームの選手がホームインした瞬間。

終わりです。

鮮烈で残酷な、最後。

高校に入学して以来、ずっと過ごしてきた野球生活が終わります。

試合が終わって汗にまみれたユニフォーム。

洗濯して乾かして綺麗に畳んで。

もう、学校に持っていく事はありません。

もう、一生晴らす事も出来ない、負けて悔しい思いと一緒にタンスにしまいます。



昔、夏の甲子園の真っ最中に、NHKが甲子園特集でちょっと違った視点ということかな。

ネクストバッターサークルだけを捉えた映像集を流した事があります。

ネクストバッターサークル。

次打者が控える場所ですね。

片膝をついて、地面に立てたバットを両手で持って、顔は真っ直ぐ食い入るように見ている。

ワー、という歓声が響いた瞬間。

彼は腰を落とし、肩を落とし、顔を俯かせる。

ああ、負けたんだなあ。

どこの高校の何という選手だったか判りませんが。

結局、彼に最後の打席が回ってくる事なく、彼の高校野球は終わったんだな、と思いました。

ビデオアーカイブなんかには多分残ってないでしょうけど、心に焼き付いたシーンでした。



負ける、という経験は、人間を育てると言われています。

まあ、そうでしょうね。

人間は群れで暮らす動物で、常に群れの中の順位を意識しています。

同年齢に負けるという事は、お前は下だ、と突きつけられる事で。

自尊心やプライド、自信というものが大きく傷つく。

スコアボードに表される厳しい現実を、どのように自分の中で昇華していくか、などなど。

青少年の心の成長を絡めて、高校野球はいくつもの名作マンガを生み出してきました。

「タッチ」「メジャー」「キャプテン」「ドカベン」・・・・。

少し思うだけでいくつも出てきます。

それらの中で敵役、悪役として出てくるとしたら、それはたいてい野球専門校です。



野球専門高校という分類は、多分?ありません。

私立大学や宗教団体には、生徒集めや信者集めのために、高校野球を使って校名をPRする、悪く言えば売名行為をする高校があります。

結構、古くからあるでしょうね。

王選手の早実高校も早稲田大学関連ですし。

(もっとも早大が名前を売る必要があるのかは疑問ですが)

有名なPL学園(野球部は廃止になったみたいですが)はパーフェクトリバティー(完全な自由?)教団という宗教団体の作った高校です。

大都市圏にはこのように才能のある生徒を集め、優秀な指導者を雇い、完備したグラウンドや道具を揃えて。

つまりお金をかけて強いチームを作り、甲子園出場を目指す高校があります。

甲子園大会は全国にテレビ中継されますから、宣伝効果は抜群です。



いろいろ意見はあるでしょうが、悪い事ではない、と思います。

高校の中には普通科の他に、農業高校、工業高校、商業高校、水産高校などがあり、彼らは普通の高校と違ったカリキュラムで勉強しています。

そしてそれ用の特別な設備も持っています。

農業高校には実習農園や畜舎があるでしょうし、水産高校は実習船を持っているんじゃなかったかな?

プロ野球はまだ100年には到達していませんが、充分に長い歴史を持っています。

日本の社会に一定の地位を築いていると言えるでしょう。

プロ野球以外にも社会人野球に一定の需要があり、野球は職業として立派に成立しています。

ならば野球を志望する生徒のための職業訓練高校があっても悪い事ではない、と思います。

まあ、学校側の思惑はともかく。

もう、遊んでてお金を貰っている、などという人もいないでしょうし。



ただね。

そういう職業訓練高校の選手と、普通の高校のクラブ活動の選手とではレベルが違いすぎるんです。

それこそ、大人と子供ほども。

つまり、3700校が織りなす巨大なトーナメント戦の中には、レベル格差がある2種類の選手が混在していると言うわけです。

多分、高野連も含めて高校野球を知っている人なら、この歪みに気付いているでしょう。

だからといって切り分けるわけにはいかない。

将来の職業(プロ野球など)のための訓練だとはいえ、彼らも高校生で参加資格はありますし。

何より、甲子園にいきたいでしょうから。



高校球児のうち、卒業後も野球を続けられる人がどれだけいるでしょう。

将来の職業として選択した人たち以外なら、僅かな人が大学で続けるぐらいでしょうか。

おそらく殆どの人が野球をやめます。

(趣味では続けるでしょうが)

野球を職業にするには、努力だけでは埋まらない突出した才能が必要です。

多分、そういう才能のない人たちが、野球に打ち込める最後の時間が高校3年間です。

それが終われば。

もうその人たちの一生の中で、野球に打ち込める時間がやってくる事はないのです。

どれだけ野球が好きでも。



3年の夏。

最後の甲子園地方予選。

負けて終わるのは判っている。

負ける覚悟も出来ている。

でも、試合に臨み、負ける積もりはもちろんない。

ゲームセットの声を聞くまで、諦めるつもりもない。

だけど、相手が野球職業訓練校だったりしたら。

やっぱり諦めが先に立つでしょう。

結果も7回7点差、5回10点差のコールドならまだまし、みたいな蹂躙負けになるかもしれません。

3年間、一生懸命ボールを追ってきた結果がこれだったら。

負けて成長する、とは言え、可哀想だと思います。



一方、職業訓練学校の生徒たちにとっては、それどころではありません。

プロ野球には一応入団テストに相当するトライアウトはありますが、原則として球団側からスカウトを受けなければ入団出来ません。

甲子園に出て活躍してスカウトを受けなければ、就職さえ出来ないのです。

まあ、社会人や大学に行くという手もありますが、推薦入社も推薦入学も才能をアピール出来なければ無理です。

趣味でやっている高校生とは同列にされたくないでしょう。


挿絵(By みてみん)

甲子園地方予選トーナメント表


なので、やはり分ける必要があると思います。

図は地方予選の、まあ、適当な対戦トーナメント表です。

お判りのように職業訓練高校、強豪高校をひとまとめにしてトーナメント表を組んであります。

目的は、レベル格差の大きい、職業訓練高校 VS 公立高校の対戦を減らす事。

職業訓練高校同士で潰し合って貰って、残った1校が公立高校のトーナメントに参加する形です。



まあ、学校側、特に職業訓練高校側からは反発が大きいでしょう。

建前は、職業訓練高校のセミプロ選手と、公立高校の普通の選手と、同じ高校生なのに差別をするのか、でしょうが。

本音は。

甲子園に出場する可能性を少しでも良くしたい。

くじ運に拠っては、弱い公立高校とだけ対戦して甲子園に出られる可能性がある。

それをふいにはしたくない、でしょうか。

でもそれは、才能がないなりに一生懸命やってきた普通の球児を食い物にしようと言う、浅ましい考えだと思います。

経営者側にしてみれば、学校経営のために投資をしているのだから確実に回収しようとするのは当然、なんでしょうが。

ですが。

高校野球、アマチュアリズムはそれに参加する選手の心技体の成長のためです。

彼らの気持ちをこそ、最優先にするべきでしょう。

そこに自分たちの一方的な経営論理を押しつけるのは間違いです。

なので、経営論理を押しつけ合っていい相手と試合して欲しいと思います。



どちらにしろ、出場出来るのは1校だけです。

くじ運に頼らず、しっかり強い相手に勝って出場しろと言いたい。

県、または地域の代表として甲子園に出るのだから。

それにくじ運に任せると、自分たちが割を喰う可能性もあるでしょう。

強豪校同士でトーナメントを組めば潰し合う形になりますが、どこか一校が割を食う、不利な対戦を押しつけられる事はなくなります。

公平でしょう。

それにメリットがないわけじゃない。



プロのスカウト担当は、選手をスカウトする前にその選手の調査をします。

書類上の成績から試合、場合によっては学校での練習まで。

試合を見るのがもっとも一般的な調査だそうですが、彼らは甲子園大会だけを見るわけではない。

地方大会にも結構足を運ぶみたいです。

野球は9人でやるゲームですから、ひとりが突出していても勝てるわけではない。

でも、スカウトにとっては突出したひとりが欲しいわけですから、甲子園に出られないチームも調査する。

で、才能がある生徒は強豪校、職業訓練高校に多くいる訳です。

まあ、たまに普通に公立高校で野球をしている生徒もいるでしょうが。



夏の地方予選は3700校が一斉に行う。

スカウトにしてみれば見なきゃ行けない試合は山ほどある、と思います。

大忙しです。

当然、取捨選択されて切り捨てられる試合も出てくるでしょう。

強豪高校同士をまとめてトーナメントを組んでおけば、1試合で2校同時に見られる訳ですからスカウトたちは必ず見に来ると思います。



スカウトたちが試合を見に来るのは、お目当ての選手の才能、バッティングだったり、ピッチングだったりを調べるためですが。

弱い相手だと正確には測れないでしょう。

甲子園大会では、地方予選打率5割などという選手がよくいます。

一見優れた選手のように思えますが、多分プロのスカウトは参考程度にしかしないんじゃないかな。

大人と子供の差。

プロのスカウトが知りたいのは、子供相手ではなく同程度のレベルとの対戦成績でしょう。

プロの世界にも「ブルペンエース」と言われるピッチャーがいますし。

ですから強豪校同士、強い相手と試合をするべきです。

そこで成績を残せたら、その選手はプロのスカウトに確かなアピールをできます。

学校にとっても、プロで活躍する選手が自分の学校出身だったら、充分な宣伝効果があるでしょう。



テレビ放映の可能性もある。

地方局、埼玉テレビとか千葉テレビとか。

その県独自のローカル局では、甲子園地方予選決勝なんかの中継をする事もあります。

それでなくても動画サイトがネットに溢れ、ビデオ機器など撮影機材の低価格、高性能化が進んでいる今。

個人レベルの資金で、地方予選の試合が撮影されて投稿されても不思議ではない、と思います。

で、そういう動画の撮影素材として、一方的に蹂躙される試合が好まれると思いますか?

Sッ気、Mッ気がある視聴者相手なら、それもありかもしれませんが。

普通は実力が伯仲する同士の試合の方が、視聴者数を稼げるでしょう。

名門の強豪同士、2年前の出場校とか、3年前の選抜2回戦突破高校とか。



まあ、どちらにしろ、甲子園大会は野球職業訓練高校のものです。

甲子園大会を2つに分けない限り、甲子園に出場するのは強いチーム、野球職業訓練高校です。

それこそマンガやラノベのような奇跡でも起きない限り、専門に訓練をしている高校に放課後の部活だけの公立高校には勝ち目がない。

なので、そこは諦めましょう。

ですが、地方大会は平凡な一般人のものです。

部活に入っていれば、どんなに才能のない選手にも参加出来る。

ですから、無体な真似はやめて欲しい。

具体的には、公立高校と野球職業訓練高校との対戦数を少なくする方向でお願いします。

最後の夏を、下手なりに対等の相手と戦って終わらせてあげたい、と思うのですよ。



まあ、実際のところ、野球をするにはお金が掛かります。

なので、学校側が何としても甲子園に出たい気持ちも判らなくもないのですが。



公式戦になると、試合前に試合校が主審のところにニューボールを持っていきます。

3×4入りの箱で持って行ってましたけど、ボールって結構高い。

野球をやめる時、汚れた硬式球を1つちょろまかしましたが(時効、時効)、この間思い立ってプロ野球の公式球1つ欲しいな、と思ってネットで注文したところ。

1つ、1000円以上もしました。

こんなに高かったんだと、まあ驚いたわけです。

私立ほどボールが潤沢にあったわけではないですが、それでも時たまグラウンドの隅から雨にふやけたボールが出てくるぐらいには。

まあ、気にせずに使っていました。

確かに、ニューボールの箱の中には、補修用の赤い糸と針も一緒に入っていたように思います。



他には。

アンダーシャツやスラパンは自前でしたが、それ以外のユニフォームは部費だったし。

先輩からのお下がりもあったし。

バットは部室に山ほどあったし。

やっぱり自前で買ったのはグラブとスパイクシューズだけかな。

中学からやっていた連中は自分の道具を持っていましたが、高校から始めた私は当初は部室に埋もれていたボロボロのグラブを使っていました。

すっかり皮が固くなって、ひびが入りまくりの。

まあ、最低限ボールは受けられる、というものでした。

もちろん、それで満足するわけもなく。

自分のグラブを手に入れるために貯金を始めました。

まあ、今とは物価が違いますが、初めて1万円超えの買い物をしました。

当時は外野手用と内野手用のグラブは分かれていて、外野手のは長い大きな物でした。

もちろん、抱いて寝ました。

嬉しかった。

そして、もちろん。

使い物にならなかった。



まあ、当たり前です。

新品のグラブは革が固くて、思う通り動かない。

ボールを受けても、閉じるタイミングが合わずに飛び出してしまう。

シロクマ印、だったかな?

保革油ですが、それを毎日たっぷり塗り込んではボールを中に入れて、潰す、という感じでグラブを揉み込んで柔らかくしました。

自分の手の延長。

グラブの先まで神経が通るように。

もちろん、毎日の練習ではしっかり使います。

そうして使い込んでいくうちに、私のグラブは私の大事な相棒になりました。

頭を越えた打球をバックで追いながら、ダメ元で突き出したグラブが先っちょでボールを捕まえてくれたり。

こいつさえあれば、届くところのボールは全て捕球出来る。



イチローはインタビューの時、必ず

「道具を大事にしなさい。」と言います。

野球は道具を使ってするスポーツです。

いつぞやテレビで、プロの内野手のためにグローブを馴染ませる職人がいると聞いて。

信じられなかった。

まあ、弘法筆を選ばず、とも言いますし。

プロ野球はアマチュアと違って、道具の消耗が激しいでしょうし。

新しく買ったグローブが直ぐに使えなければ、商売に支障をきたすでしょうし。

でも、ひとつのグローブを補修しながらずっと使っている、という選手がいるのも知っています。

グローブが新品の堅い状態から、くたびれて、でも手に馴染んで自分の手になっていくのを感じると同時に。

グローブが私を助けてくれると、感じるようになりました。



ゴロを捕る時、地面に当たる先端に細かな傷が付いて汚れる。

ボールを受けるところが、ボールの汚れと同時に痛んでくる。

手のひらが入るところが、汗を吸って堅くひび割れそうになる。

グローブを縛る革紐が、ところどころ擦り切れ、伸びてくる。

雨の日の練習では、お腹の下に抱き込んで雨が当たるのを防ぐ。

毎日、保革油で磨く。

ベトベトに付けておくと、翌朝には全て吸い取って、まるで水をやった花のように生気を取り戻す(ように思う。)

高校を卒業してからいろんな道具を使ってきました。

仕事用やプライベートのパソコンや、プラモや木工用のナイフ、製図器具や果ては自動車やバイクなど。

ですが、あの時のグラブほど大事に手入れをしたものはありません。

場合によっては命を預ける道具もあったというのに。

野球をやめて寂しかった事のひとつは、私の相棒がもう私の手ではなくなった、と実感した事でしょうか。



もうひとつ、自前で買ったのがスパイクシューズです。

こちらはあんまり印象に残っていないのですが、それでも自分でお金を出して買ったはず。

今のスパイクは円筒形の、サッカーシューズのような爪というか突起が主流だそうですが、私のは金属の板状の爪でした。

ダッシュの瞬間、確実に地面を噛んで力を伝えてくれる。

この爪が簡単にすり減りまして、脱着式でしたから何度も交換しました。

ただの鉄なのに、泥水に塗れながら一切錆びる気配もなく、いつも研ぎ立てのような艶でした。



スパイクの右足の先には、革製のシューズカバーが付いていました。

右足が軸足の場合、地面を蹴る時に右足先端が強く地面をこすります。

こするって言うレベルじゃないな。

寧ろ、地面を削る感じです。

当然、スパイクシューズの先も強く削られるので、その部分だけが摩耗が激しくなる。

それをカバーするための付着品です。

削られ続けて、いつの間にかなくなっているのがお約束です。

グラウンドの隅を掃除していると、ふやけたボールと一緒によく出てくるのがこれ。

先輩たちの置き土産です。



こちらも毎日ではありませんが、保革油を付けて手入れしていましたね。

雨の中の練習は良くありましたし、濡れた革が痛みやすいのはスパイクであろうと一緒です。

それでも、部室並びのラグビー部の連中よりはましでした。

連中は雨しぶきで人がよく見えないような状態でも練習していましたからね。

翌朝には、中に新聞紙が詰められた連中のスパイクが、太陽の下ずらっと部室前に並ぶのでした。

あれよりはましな扱いだったはずです。

私のスパイクシューズは。



スパイクを履いてコンクリートの床を歩くと、カチャカチャという音がする。

音を鳴らして部室を出ると、さあ練習だ、という気分になる。

地方球場で試合をする時は、ダッグアウトまでコンクリートの通路を歩く。

金属の爪にコンクリートなんて滑りやすくて怖いと思うのですが、微塵もそんな事を考えることなく。

スパイクの音は、戦いへの昂ぶりの音でした。



試合場に行くまでは、スパイクは専用の袋やバッグに入れてスニーカーで行きます。

流石に、電車にスパイクでは乗れない。

私はスパイクシューズを買った時に付いてきた布の袋に入れていましたが、合皮製のスパイクバックもありました。

部室に先輩の古いのが転がっていましたし。

なので、甲子園で負けた選手が土を詰めているのが、スパイクシューズの袋やバッグだというのが判ります。

規定があるのか、それとも暗黙のマナーなのか。

彼らはその袋分だけ、土を詰めて帰りますね。

甲子園のダッグアウト前には、土採取用の場所が規定されているみたいです。

甲子園の土は、応援してくれた人に配るとか、世知辛い話も聞きます。

因みに、私は後輩たちから貰っていない。

寄付したのに。



甲子園の土で思い起こすのが、日本復帰前の沖縄の高校生たちの話です。

戦前、日本領だった台湾の高校が甲子園に出場する、という映画「KANO」だったかな?ありましたが。

日本復帰前、まだアメリカ領だった頃、沖縄の高校が甲子園に出場しました。

何かの特例だったのかな?

そして1回戦か2回戦で負けて、沖縄に帰る。

船で沖縄に入港する直前、甲子園の土を海に捨てたそうです。

国同士の間には植物や動物、果ては土や砂まで、持ち込むのに厳しい規制があります。

危険な細菌や侵略的外来種を規制して自国の人間や自然環境を守るためのものですが。

国際法上当時アメリカであった沖縄は、日本から土を持ち込むことを検疫上許されなかったそうです。

故郷の島を前にして、スパイクの袋を開けて真夏の海に土を捨てる少年たちの気持ちはどんなものだったろう。

「甲子園の土」という言葉に遇うたびに、いつも思い起こします。


長くなったので、一旦切りますね。

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