14.日本はなぜ太平洋戦争をしたのか。 余話1:スターリンの釘
なぜ、アメリカは中国の国共内戦に干渉しなかったのか?
この話の前に怖いですが”ヒットラー”という人の話をしようと思うのです。
韓国人は日本人に対して
「謝罪に誠意がない。ドイツはもっと誠実に謝罪している。」
といいます。
まあ、確かにそうかも知れませんが。
私の感じでは、ドイツの人の心の中にこのような思いがあるのではないかと思います。
「第2次世界大戦を起こしたのはナチスとヒットラー。
悪いのは彼ら。
しかし、彼らを選んだのはドイツ国民だし、実行したのもドイツ国民なのだから責任はある。
なので、謝罪する。」
すみません。
ドイツの方が怒られたとしたら、当然の事ですのであらかじめ謝罪しておきます。
日本は少なくとも
「太平洋戦争を起こしたのは天皇陛下と軍部である。」とは考えていません。
あの戦争は全ての日本人自身の戦争です。
と、まあ。
諸悪の根源たるヒットラーについて書くのは怖いのですが。
「わが闘争」も読んだ事ありませんし。
ヒットラーは戦争を起こし、軍部の足を引っ張り、最終的に負けて死んだ。
癇癪持ちで感情的、愚かである。
そう、思っていました。
ところが、「スプリガン」というマンガでヒットラーの亡霊が出てきて
「わしは戦争をしたくなかった。」という発言をしたのです。
もちろん、フィクションでありそんな事実はありませんが。
でも、ヒットラーが戦争を嫌っていた、やめたがっていた、という視点からヨーロッパの戦争を見ると。
違った面が見えてきました。
それを書いてみようと思います。
とりとめもなく。
まず、ヒットラーは政治家です。
彼は軍人ではありません。
軍事については素人で、ドイツ軍部から「伍長どの」と貶されていました。
ヒットラーは独裁政権を取った後、ドイツの経済の立て直しに奔走していました。
そのためには莫大な賠償金を支払う事は論外で、ベルサイユ条約を破棄することは必要でした。
そして、その強引な政策を諸外国に認めさせるため、再軍備にかかったのだとします。
経済の立て直しには公共投資が有効な手段で、軍備は裾野の広い有効な公共投資でもあります。
ヒットラーは戦争をするために準備をしていたのでしょうか?
経済を知る政治家は、戦争が如何に経済に打撃を与えるか、知っていたと思います。
アメリカのように実態経済、特に農業関連が無事で、主に金融関連の大不況ならば戦争経済も有効な立て直し手段でしょうが。
ドイツは実態経済が破綻していたはずで、そこに軍備、生活には役に立たない、への大規模な投資は実態経済の回復を遅らせるはずです。
ポーランド侵攻で英仏に宣戦布告をされ、ヒットラーの当ては外れました。
ヒットラーは外交担当者を怒鳴りつけたと聞きます。
ヒットラーの怒りは、思惑より早く戦争状態に突入したことにあった、と思っていました。
海軍の整備計画など全然進んでいませんでしたし。
でも、最初から戦争をする気などなかったのだとしたら。
ポーランド侵攻時、ドイツの独仏国境の兵力は手薄でした。
ヒットラーはフランスの侵攻はない、と政治判断してそういう戦力配置にしていたと言われていますが。
でも、フランスに攻め込んで貰って負けたかったのだとしたら。
フォウニー・ウォー、なかなかフランスとの間の戦端を切ろうとしなかった。
実はこの間も講和の糸口を探っていたとか。
フランス侵攻作戦も準備不足で攻め込ませようとしたり、博打的な(失敗する要素の多い)マンシュタインの作戦を採用したりしました。
失敗を望んでいたとは考えられないでしょうか?
ダンケルクに機甲部隊を突入させなかったのも損害を怖れたというより、大量の英仏軍戦死者を出したくなかったのかも知れません。
バトル・オブ・ブリテン時にルドルフ・ヘスがイギリスに飛んでいます。
ドイツは精神異常によるヘスの単独行動、と言っていますが、本当はヒットラーの密命を帯びて講和の道を探りに行ったのかも知れません。
では、誰が戦争を推進したのでしょう。
私はドイツ軍部ではないかと思います。
ドイツは第一次大戦後、ソ連と共同でソ連領内で新兵器の開発などを行っています。
ヒットラーが政権を取る前のことです。
ドイツは戦争が始まるとルフトバッフェを始め、強大な戦力を招集しています。
これらの準備はヒットラーが行ったのでしょうか?
いくら強権を持った独裁政権といえど、ある意味ぽっと出のナチスにその様なことができたでしょうか?
ドイツの産業革命は遅く、また統一も遅れていました。
フランスとは常に敵対しており、近代になってからもナポレオン戦争、普仏戦争、第一次世界大戦と何度も戦っています。
思うに。
第一次世界大戦はドイツの革命という形でうやむやのうちに負けてしまった。
それでフランスに侮辱され、莫大な賠償金を突きつけられた。
今度は勝つぞ、という思いがドイツ軍人の中にあったのではないでしょうか。
なので大戦終了後も抜け目なく次の戦争の準備をしていた、とか。
ヒットラーはよく軍の作戦に口を出して、足を引っ張るような真似をしていました。
なので「愚か」だったと考えられているのですが。
果たして、敗戦ドイツ、インフレの嵐が渦巻く大恐慌の影響を受けたドイツの経済を建て直す、という困難な課題を達成した人間がそんなに愚かだったでしょうか?
軍部と対立し戦争を止めたかった、と考えれば、ある意味筋が通るのです。
ヒットラーはOKH、陸軍総司令部があるにもかかわらず、OKW、国防軍最高司令部を設立しています。
戦争においてトップの意見が分かれるという事は致命的です。
戦争をうまく進めるには専門家、OKHに任せておけばいいはずです。
ヒットラーはそれが判らなかったのでしょうか?
私は暴走する軍部を抑えるために、OKWを作ったのではないかと思います。
軍人、やつらに任せておけば、勝ちすぎて講和の可能性を潰してしまいそうだから、とか。
ヒットラーは親衛隊を作っています。
後には武装親衛隊になり、ヨーロッパ各地で戦っています。
その結果、ドイツの軍事力は軍と親衛隊の二重構造となり、命令系統やらなにやらで非効率的になるのですが。
ヒットラーが親衛隊を軍の抑えに使うつもりだったとしたら理解出来ます。
ヒットラーの政治にいたるところで介入し戦争に誘おうとするドイツ軍人たちを、スターリンのように粛清する気だったとしたら。
親衛隊を武装させるでしょう。
ヒットラーは癇癪持ちで怒りっぽい性格だったと言われています。
でも、それがポーズだったとしたら。
戦争に介入しようとしたら、軍の高級将校と作戦について討論することになります。
軍事の素人のヒットラーに、彼らを理詰めで説得できるわけがない。
まして負けさせるため、とか、劣勢にさせるため、とかの指示を納得させられる訳がない。
感情的に、威圧的に、押しつけなければ彼らを動かすことは出来なかったでしょう。
私は感情的だったという事が、自分が軍事に素人であるという自覚を持っていた、という証明のような気がします。
どうでしょうか?
フランス全土を占領し、ある意味で停戦状態になりお互い手詰まりになりました。
バトル・オブ・ブリテンでも決着が付かず、シーライオン、英国上陸作戦も実行の見通しが立たない。
ヒットラーはこの頃、イギリスとの講和の道を探っていたでしょう。
バトル・オブ・ブリテンもシーライオンもある意味ブラフで、イギリスに圧力を掛けるための手札だったのかも知れません。
ヒットラーは困ったでしょうね。
自国に匹敵する占領地を抱えて、何時までも戦時経済を続けなければならない。
経済に明るいヒットラーには、遠からず破綻する未来が見えていたでしょう。
でも、困っていたのはイギリス、チャーチルの方が上でしょう。
確かにアメリカや英連邦からの補給でイギリス本土は何とかなっている。
しかし、それらは全てイギリスの借金となり、遠からず破綻する。
Uボートに沈められた分の賠償も、イギリスがする事になっていたのでしょうか?
確かにアメリカが参戦して上陸作戦を行い、物量で押しまくれば勝てるでしょうけど。
双方にどれだけの被害が出るか。
フランス、ドイツ、オランダの国土はどれだけ荒廃するか。
自由主義と共産主義は対立しています。
ドイツに勝ったとしても戦後に残るのは戦争で荒廃した自由主義諸国国家です。
その状態で無傷のソ連、共産主義国家の外交攻勢を受けたら。
どれほど無茶苦茶な要求をしてきても断れなくなる。
自由主義諸国は再度の戦争などできっこないのですから。
元気な共産主義国家に戦争をちらつかされて脅されたら、どのような要求も断ることは出来ません。
チャーチルやルーズベルトにとって当に悪夢です。
二人には、ソ連が出来た時点でこの国とは共存出来ないことが判っていました。
特に経済の面において。
資本家を排除しろ、などという共産主義と、資本家が社会を動かしている自由主義とが共存出来るはずがない。
共産主義は疲弊した社会によく馴染みます。
コミンテルンで世界侵略、共産主義の輸出を宣言している状態で、自由主義社会は弱みを見せる訳には、疲弊した社会になる訳にはいかない。
が、それは避けられない。
フランスを占領されたままの講和など結ぶことは出来なかったでしょう、チャーチルとしては。
で、ヒットラーに囁く訳です。
「ソ連に攻め込め。
そうしたら講和を結んでやる。」
あるいは、当時まだ中立だったアメリカ、ルーズベルトが言ったのかも知れません。
もちろん彼らの狙いは
「ドイツとソ連、共倒れにさせよう。」です。
独ソ戦には謎が多いと思うのです。
いくら膠着状態だといってソ連と戦端を開くか?
背後にアメリカがいるイギリスとの戦争が決着していないというのに、です。
軍事的に最悪な2正面作戦ではないか。
ソ連の戦力もかなり低く見積もっていますね。
ヒットラーは軍事の素人ですが経済は専門家です。
ソ連の経済規模からどれぐらいの国力、戦力が出てくるか予想が付かなかったとは思えない。
これは渋る軍部に決断させるための欺瞞情報だったのかもしれません。
ドイツ軍部は戦前、ソ連と共同で新技術の開発などを行っています。
軍事的繋がりは強固だったはずで、攻め込む理由があったとは思えません。
独ソ戦開戦の理由は、イギリスを屈服させるためだったと言われています。
ソ連が健在だからイギリスが音を上げない。
なのでソ連を潰してイギリスの諦めさせる。
Wikiでもそう書かれていますが、おかしくないですか。
ナポレオンのロシア遠征も同じ理由で、この時は実際に英国に向けロシアから援助物資が送られていたはずです。
第2次世界大戦では、ソ連からイギリスに援助物資が送られている訳がありません。
イギリスの後ろ盾は間違いなくアメリカで、ソ連を占領したところでイギリスが音を上げるはずがない。
なのにヒットラーは強引に独ソ戦の開始を軍部に命令しました。
大局から見ると、独ソ戦で得をしたのは間違いなくイギリスとアメリカです。
強力なドイツ軍の戦力を削ぎ、大西洋の反対側に引きつけてくれ、しかも共産主義国家は多大なダメージを、第2次世界大戦最大の、ダメージを被る。
戦後世界で共産主義の一人勝ちを防ぐことも出来た訳です。
うまい話です。
しなかった理由が見つからない。
で、多分、スターリンにバレた。
激怒したでしょうね。
あれだけの損害を被ったのですから。
しかも戦後世界の一人勝ちも邪魔された訳ですし。
アメリカに援助物資を要求し、イギリスに苦労して運ばせています。
援ソ船団が北極海でUボートと戦う話は、アリステア・マクリーンの処女作「女王陛下のユリシーズ号」ですね。
当然、代金は踏み倒していますね。
イギリスは21世紀になっても払い続けているというのに。
イギリスとアメリカは物資援助を止めることも考えたでしょう。
このままドイツに攻め滅ぼされてしまえ、と思ったかもしれませんが。
「そんなことしたら、ドイツと停戦する。
ドイツ側に立って宣戦布告する。」と、言われたら。
ヒットラーもその頃には騙されたことに気がついていたから、多分停戦に応じます。
停戦が成立すれば強力なドイツ軍が西側に帰ってくる。
大陸反攻を考えていた英米にしてはそれは避けたいでしょう。
さらにソ連軍にウクライナから黒海、カスピ海間から中東を狙われたらたまらない。
戦後を考えたら中東油田地帯をソ連に渡すのはまずいでしょうし。
おかしいと思うのです。
ソ連は独ソ戦中、アメリカから援助を散々受けている。
いくら共産主義、スターリンといえど自由主義社会、つまりアメリカにもう少し譲歩しても良いのではないでしょうか?
なのに戦中から戦後に掛けてかなり強圧的に対しており、そしてアメリカの方が譲歩しているように見える。
もし、独ソ戦が英米の陰謀で始まったとしたならば、このアメリカとソ連の関係も判るような気がするのです。
で、そのスターリンの要求のうちの一つが「中国大陸に手を出すな」だったのではないでしょうか。
つまり、それが”スターリンの釘 ”です。
国共内戦もそうですが、太平洋戦争中もアメリカ軍は中国大陸に上陸していません。
フィリピン戦の後、アメリカ軍は沖縄と硫黄島に侵攻しています。
沖縄と硫黄島をやめて、香港から上海を目指す戦略をなぜ採らなかったのか。
中国本土には国民党軍がいますし、満州と比べて華南の日本軍は手薄でしょう。
台湾沖航空戦でこの辺りの日本軍の航空兵力は壊滅していますし。
多分、土地が広い分、密林の中の半ゲリラ戦や、洞窟陣地相手の侵攻作戦より楽だったのではないかと思います。
上海は大きな港ですからアメリカ侵攻艦隊の補給基地に充分なったはずです。
B29もここから発進すれば、はるばる海の上飛んで空襲に行くより楽だったのではないかな、と。
上海からなら朝鮮半島も狙えますし。
戦後を考えるなら、解放軍として中国大陸に足がかりを作っておくことはメリットがあります。
何故、しなかったのでしょうか。
朝鮮戦争ではマッカーサーが中国への越境攻撃を申請してトルーマンに却下されています。
当時の中華人民共和国は核兵器はまだ持っていなかったのではないかな?
中華人民共和国との全面戦争になっても、それほど困らなかったのではないかと思います。
ただ、当時はスターリンはまだ生きていましたね。
さて、状況証拠ともとても言えない断片情報だけで、怖いことにヒットラーについて考察してみました。
本当にヒットラーは言われるほどに愚かな人だったのか?
ヨーロッパの戦争からも、まもなく100年です。
果たして、ヒットラーの再評価はあり得るのでしょうか?




