11.日本はなぜ太平洋戦争をしたのか。 大国化への道
伊藤博文が死んで日本の政治の主導は山県有朋の手に渡りました。
陸軍の中に深く根を張って権力を持っていた人だそうで、元々は長州藩奇兵隊のトップだったそうです。
奇兵隊は高杉晋作が作り、その死で山県有朋が主導権を握りました。
西南戦争を指揮したのも山県有朋だったそうです。
陸軍に権力の根源を持っているならば、軍縮には反対したでしょう。
軍事力を持って中国大陸を切り取れば、日本は莫大な利益を得る事が出来る。
現代の考え方から言えば、国土の面積とその国の豊かさは必ずしも比例しないのですが、当時は国土の大きさが国力の大きさという考え方が普通でした。
何よりその方法によって世界一の帝国になったイギリスが存在していました。
イギリス本土は、日本とさほど大きさに差のない島国です。
当時、日本は世界中、いわゆる近代国家と言われる国の中で唯一非キリスト教国家でした。
まあ、人権思想(で合っているのかな?)とそれに続く産業革命によって、もっとも力を付けたのがヨーロッパ社会とヨーロッパ人主導の植民地だったのだから無理はありません。
直接的な植民地化はないとしても、世界の経済や政治の中でやがて西欧文明に飲み込まれてしまう、と考えられていたかもしれません。
そういう危機意識を持っていた人が多分いたでしょう。
当時の西欧人の意識もそれを助長したと思います。
西欧人、白人は神に愛された優れた民族である。
下等な東洋人や黒人やアラブ人は、白人に差別されて然るべきものなのである。
アーリア人何とかはナチスドイツの優良民族思想ですが、同じような意識は白人に共通してありました。
戦前の日本人はヨーロッパやアメリカ社会でいろいろな差別を受けてきたと言います。
確かに差別されても仕方がない、と日本人は判っていたと思います。
科学も技術も社会も経済も、至る所で西欧文明に遅れている。
教えて貰っている。
中国人もフィリピン人もベトナム人も、殆どの東洋人は無知で無力で西欧人の支配を受け入れて奴隷のように従っている。
戦前の小説を読むと随所に西欧への強烈な敵愾心が見て取れます。
エロ小説でさえ
「嗚呼、何という事だろう。
彼女はその道の世界の権威、フランス女の性技さえ身につけていたのだ。」
というようなセリフがあったと思います。
そんな分野でさえ、日本は必死に追いつこうと努力していたのです。
今の韓国が日本に抱く敵愾心はお判りでしょうか?
戦前の日本は、今の韓国の甘っちょろいものより数倍の危機感と敵愾心を西欧各国に持っていたのです。
今の日本人には判らないでしょうね。
1980年代に「Japan as Number One: Lessons for America」が出版され、ようやく日本人は世界のトップと対等になれた、と自分たちが納得出来たのです。
それまでもトヨタが自動車業界を席巻し、ホンダはオートバイやF1で尊敬を受け、ソニーは世界の憧れになっていました。
それでも自分たち日本人はぽっと出の新人で、今ある程度の分野でうまくいっているだけだ、という意識がありました。
技術者として言えば、例えば今日本が優位に立っていると思われる技術、その根源を辿れば至る所に西欧各国の先駆者たちの作ってくれた土台が見て取れます。
自分たちはその土台を借りて、ちょっとだけ自分たちのものを作って優位に立っているだけだ。
ちょうど太平洋戦争直後の快進撃していた日本軍のように。
その不安が「Japan as Number One: Lessons for America」、アメリカ人が日本人を認めてくれた事でようやく解消したのかな。
ですから、今の架想戦記などで日本人が対等に西欧の人間と対しているのを見ると、なんか不思議な感じを受けます。
この人たちは何時の時代の日本人だろ、と。
例えば日本の戦艦を他国に売ろうとするとします。
時期はワシントン条約後ぐらいでしょうか。
イタリアが経済的に困窮していたので伊勢、日向あたりを売却する、として。
(ある小説を参考にさせて貰っています)
絶対、売れっこないよなあ、と思います。
イタリアは都市国家の頃から地中海の覇権を巡って海戦を行ってきた国です。
アドリア海の女王、はヴェネツィアの事でしたか。
当然、日本がまともな外洋船も作れない頃から一流の軍艦を作ってきた国です。
その国が、まともな軍艦を作れるようになってまだ30年も経たない東洋の2流国家のセコハン戦艦を買うでしょうか?
イタリアは自国にカトリックの聖地バチカンがある、まあキリスト教の本山といえる国です。
その国が異教徒の作った戦艦を買うでしょうか?
政府や海軍の上層部が認めても、教会と水兵たちは反対するでしょうね。
水兵たちは迷信深いというのは普通らしいですが、航海技術もままならない古代から海を行き来してきたイタリア人の水兵は、つまり海難事故で多くの先祖が死んでいった彼らは、とても迷信深いでしょう。
邪教の船に乗ったら神の怒りに触れるのではないか。
ましてや”伊勢”は邪教の社の名前ですから。
もし、売れたとしてもイタリア人にはまともに動かせないでしょうね。
今の、何でもIC、コンピュータ技術がサポートしてくれる機械しか触った事がない人は判らないかもしれません。
昔の機械をきちんと動かすには技術が要るんです。
例えばクラッチ付き自動車、あの車を高速走行中にシフトダウンをしようとするとダブルクラッチというテクニックを使います。
ニュートラル時にエンジン回転数を高めるためにアクセルを踏み込むのですが、その回転数が合わないと、ギャリンと言ってシフトが弾かれます。
なので殆どの人はいったんトップに入れたら充分速度が落ちるまでシフトダウンが出来なかった。
シンクロメッシュでさえこれですから、それ以前のコンスタントメッシュなどはどうなっていたか。
さらに昔は点火時期でさえ手動で調整していたそうですから、そうなると少し間違えただけで簡単にエンストしたでしょう。
(”点火時期”も通じなくなっているかな?)
歴史のある国の機械というのはそういう不具合を散々経験して、それに対処するノウハウを組み込んであるのです。
まともな船を作ってまだ30年足らずの日本は当然そういうノウハウを持っているはずもなく、至る所で不具合があったでしょう。
日本という国はそういう機械の不具合というか至らぬ所を、使う人間の技能で補ってきた国です。
今でさえ「テレビが映らなくなったら斜め45°で叩いて直す」だったかな?
そんな冗談さえ残っているのですから。
複雑な機械である戦艦にはそういう技能が必要な操作が山ほどあったでしょう。
ボイラーのバルブでさえ、開けるのに技能が必要な。
イタリア人がまともに動かせるとは思えない。
これはかつて日本に滞在した事のある外国人のエッセイの中だったかな。
アメリカで太平洋戦争中に日系人が収容所に入れられた時の事です。
収容所ですから荒野の酷いところに建てられていたそうですが。
「日本人はその収容所の周りの荒野を開拓して菊の花を育てたそうだ。」
「イタリア人ならぺんぺん草も育てられなかっただろうね。」
今の日本人はだんだんイタリア人に近づいてきていますが。
昔の日本人の超人的な話を聞いた事がありませんか。
イタリア人に日本の戦艦を動かせというのは、今の日本人に昔の日本人と同じ事をしろ、というのと同じ事だと思うのです。
話が大分逸れました。
戦前というか昔の日本人と外国人の意識を説明するのにちょうど良かったものですから。
判りにくいならもうひとつ。
もし、日本の自衛隊が空母を持つ事にしたとしましょう。
そのとき中国が「遼寧」を安く売りますよ、と言われて買うと思いますか?
多分、当時のイタリア人の意識は、上記の日本人の意識よりもっと酷いものだと思いますよ。
下手したら怒りだしても不思議ではないくらい。
さて、日本人はそういう意識で西欧列強と向かい合っていました。
日本は大陸の権益を独占しようとし、その結果西欧列強とぶつかって太平洋戦争を起こしました。
多分主導したのは山県有朋だったと思いますが、日本は大陸権益の独占という失策を犯したのでしょうか?
まあ、大部分の人はそうなるとは考えてもいなかったかもしれません。
東洋一の強国、世界5大国のひとつの日本の政策に邪魔が入るとは思っていなかったのかも。
でも、一部の人は当然、大陸権益の独占が西欧列強との対決の道だと判っていたでしょう。
伊藤博文はもちろん、その対立相手である山県有朋にも。
欧州列強と対立しても、何とか方法がある、凌げると考えていたのでしょうか?
私は寧ろ逆だったのではないか思います。
西欧列強との対決のために大陸権益を欲した、大国になりたかったのではないか、と。
大アジア主義という、思想があったとも聞きます。
日本には植民地からいろいろな人が来ました。
孫文も、蒋介石も、ボーズも。
彼らは日本人とどのような話をしたのでしょうか。
そこから「大東亜共栄圏」という事につながります。
現在では「大東亜共栄圏」は日本侵略の建前、卑劣な謀略の隠れ蓑として扱われています。
日本の欲望をきれい事で糊塗したものだと。
確かにそうでしょう。
でも、日本にはアジアに進出しなくても豊かになれる方法はありました。
国民世論は大陸進出だったかもしれませんが、そこは誘導が可能でしょう。
日本人は勇敢ですが戦争をしたくて堪らない、という戦闘民族ではありません。
江戸時代、260年の平和を充分楽しんだ民族です。
日本は大恐慌を満州国、朝鮮、日本の経済圏で凌ぐ事が出来たとも聞きます。
アメリカの要求は中国大陸からの完全撤退ですが、3国同盟を抜けてイギリスに仲介を頼んだら、満州国ぐらいは保持しておけなかったでしょうか?
満州には当時は知られていなかったとはいえ油田もあり、北朝鮮の鉄鉱山も殆ど手つかずだったと思います。
中国大陸、中原を狙わなくても、ましてや東南アジアに出なくても充分豊かになれるはずです。
それらを条件に経済封鎖を解いて貰う事は無理だったのでしょうか?
またはイギリス側に立って参戦するとか。
日米英3カ国同盟を結べば、日本はドイツに宣戦布告出来ますし、アメリカも出来ます。
外交は感情だ、という言葉があったかな?
国益や威信、軍事力、そういうもので国の外交方針は決まる、と言われていますが。
実際は国民感情やその国のトップや外交官の感情で決まる、という事を聞いた事があります。
太平洋戦争前、日本の外交戦略は酷いもので、欧米列強にいいように扱われて太平洋戦争に追い込まれた。
うろ覚えですが、日本の外交はそのような評価だったと思います。
本当かな?と思います。
交渉事で一番難しいのは相手の狙いが判らない事で、それが判らなければ落とし所が見つからない。
それに対し、その当時のアメリカの狙いは明確で、妥協点を探る事などいくらでも出来たのでは、と思います。
さらにアメリカ以外のイギリスやフランス、オランダなどは当に国家存亡の危機にある訳で、いくらでも交渉の余地があったように思います。
つまり、前記で述べたような戦争回避策は執れたのではないかな、と。
それをしなかったのは嫌だったのではないかな、と。
外交官も政府も妥協するのが嫌で、戦争を避ける気がなかった。
どうでしょうか?
ちなみに。
架想戦記の中で、イギリスと手を組んでアメリカと戦う、というものもありますが。
話としては面白いですが、(マーリンエンジンを積んだ飛燕が出てきたりするのですよ)あり得ないですね。
アジアで一番植民地を持っているイギリス相手に戦わない、という選択肢はないでしょう。
もし、イギリスと手を組む、というのならば、そもそも戦争自体回避するはずです。
しても意味ないですし。
寧ろ、アメリカと手を組んでイギリスやフランスなどのヨーロッパ諸国と戦う方が可能性はあるかもしれません。
アメリカの方がアジアに対する権益が小さいですから(フィリピンはありますが)、アメリカとイギリスが世界の覇権を掛けて争うなら、アメリカと組むでしょう。
太平洋戦争を「対米戦」としか見られない架想戦記ならでは視点、職業作家なら仕方ありませんが、考え方だと思います。




