剣と魔法と勉強と②
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――昼食後。
「というわけで、魔力測定と属性検査および昼食後は、勉強の時間です」
明後日の方向を見て言う朱波を、何とも言えない表情で俺たちは見ていた。
あー、もしかしてアレか。物語とかにある、読者に語り掛ける系のやつ。アレをやっているのか。
だったら、俺が言うべきなのは……
「誰に言ってるんだ?」
「結理が居そうな方角?」
「……」
笑顔で返事をする朱波に呆れつつ、この世界についての勉強会の用意をするフィアを見る。
「では、授業を始めたいところですが……字、読めますか?」
用意を終えたフィアが尋ねてきたため、唸る。
「定番だと、会話出来ても、字が読めないパターンと会話も字も分かるパターンがあるよな」
漫画とかだと、そういうパターンもあったはずだ。
「でも、あれって大体、魔法陣に会話や字が分かるようにって、元から仕込まれているパターンもあるよね?」
「けど、例外もいる」
朱波の言葉に詩音が返すが、朱波は首を傾げる。
「例外?」
「廉や結理のような天才タイプ」
「ああ……」
朱波は納得したらしいが、俺としては納得できなかった。
「いや、そこで納得すんなよ!」
「えーっと……」
中々、進みそうにない授業に、フィアが苦笑いする。
「あ、構わないから続けて」
このやり取りは、俺たちにとっては普段通りなので、フィアにそう言って促せば、彼女は戸惑いながらも一冊の本を取り出す。
「う、うん。とりあえず、この本のタイトル分かる?」
「えっと……」
「……」
「……」
俺たちが見せられた本には、何らかの文字と絵が書いてあるのだが、日本語どころか外国の言葉でも無い、見たことのないような文字がそこにはあった。
けど、まあ……うん。あれだな。うん。
ただ、思わず無言になった俺たちに対して、フィアは何とも言えない表情で言う。
「読めないんだね」
「いや、あっさり読みそうな人が頭に浮かんだだけだから」
言い訳みたいなことを口にすれば、朱波に何とも表現しにくい横目で見られた。
「それ以上、人外扱いしたらハリセン通り越して、夜道は背後に気をつけて歩かないといけなくなるわよ?」
「やめて! 本当になりそうだから! 本当にやめて!」
冗談じゃねぇぞ。俺たちの中で一体、誰が一番戦闘能力が高いと思ってるんだ。
けど、涙目になりかけた俺を無視して、詩音が手を挙げて言う。
「というわけで、先生。私たちは、その字が分かりません」
「最初からそう言ってよ。もう……」
フィアが頭が痛くなったのか、頭を抱えてしまった。
いや、ほとんど俺たちのせいだから、罪悪感とか無い訳じゃないんだけど。
「決めました」
「え?」
何かを決意したかのようなフィアに対して、不思議そうに返してみれば、彼女は告げる。
「この一週間で、この国について、魔法について、武器の使い方についてを覚えていただきます」
そんなフィアの言葉に、ぎょっとなったのは仕方がないと思う。
いや、その気になれば……そう、その気になれば、可能なんだろうけど、一週間でそれ全部は無理じゃないか?
「ちょっ、フィア!?」
「この国についてや魔法についてはいいけど、短期間で武器の使い方を覚えるのは無理だ」
さすがの朱波も戸惑ったんだろうし、俺もさっき思ったことを告げてみるのだが、肝心のシルフィアは首を傾げ、
「頑張って下さいね?」
と笑顔で告げた。
そして、俺は心の中で「やり過ぎてごめんなさい」と謝罪した。
☆★☆
誰が付け、呼び始めたのかは不明だが、今俺たちが居るこの世界の名前は『グラスノース世界』という。
その中にある国の一つが『ウェザリア王国』。
王都は『クロニクル』で、窓の下にも見える城下街もクロニクルの一部である。
時間の計り方は、地球と同じ二十四時間制(一分や一時間についても同じ)。ちなみに今は午後二時ぐらいだ。
「通貨は『イェン』です」
「『イェン』? 『円』じゃなくて?」
「はい、『イェン』です」
フィアが頷く。
仕組みや換算も元の世界とほぼ同じで、一イェン十枚で十イェンとなる。つまり、一イェン=一円と思えばいい。
だが、この世界にお札というものは無く、五百円以上の金額については金貨や銀貨、銅貨となっている。
異世界のイメージ的には珍しいのだろうが、四季も存在している。そのため、四季折々の自然や花々、夜空の星々も美しく、ガイドブックなどにも載るほどだ。
産業は農業や漁業、工業が盛んで、港に行けば漁師や、運が良ければ豪華客船を見ることが出来る。
一応、科学も存在するが、今はまだ魔法を使用することのほうが多いらしい。
「さて、ウェザリア王国は北東西で他国と面しています」
フィアが、ばさりと地図を広げる。
北のセレスティ帝国。
東のリヴェルト国。
西のサリエル国。
セレスティ帝国とリヴェルト国は仲が悪く、今は停戦状態で、サリエル国には砂漠もあるとのこと。
そして、この三国との関係は良好であり、戦争も起こったことはない。
ただ、セレスティ帝国とリヴェルト国が仲が悪いのに、どちらもウェザリア王国と仲が良いというのはどういうことだろうか。ウェザリア王国が緩衝材みたいになっているということだろうか。
「仲が悪い国同士と仲が良いって……何か言われたりしないのか?」
「確かに疑問に思われるかもしれませんが、その辺のことはお父様たちが頑張っていると思ってもらって構いませんか?」
もしかしたら、俺たちが思っている以上に、この件はややこしいのかもしれない。
「さて、次に国民についてです」
この国には、貴族や平民という地位がある。
穏やかな性格の人が多いウェザリア王国民は、貴族だからと偉そうにすることもなければ、反対に困っている人を見かけたら助ける人の方が多い。
さらには、貧民街での生活をする者を貴族が助けて、平民にすることもある。ただ、例外として、平民や庶民、貧民街で暮らす人々を見下す者もいるが。
「やっぱりね」
「朱波」
朱波の言葉に、俺たちは苦笑いするしかない。
朱波は差別的なものを嫌う。
それでも、そういう事をしてしまうのが、人間なのだろうが。
「はいはい、まだ授業は終わってません。さ、頑張っていきましょう!」
フィアの笑顔に、俺たちは顔を引きつらせた。
どうやら、シルフィア先生の授業は終わりそうになさそうだ。
☆★☆
「し、死ぬ……」
夜になり、俺は部屋でぐったりしていた。
ウェザリア王国についての勉強会後、今度は魔法について、勉強する事になった。
“習うより慣れろ”。
城の魔導師の人たちから、魔力や魔法の使い方や技の威力を教え込まれた。
魔力の操作方法から始まり、攻撃の仕方や防御の仕方。危険な使い方やとっさの判断など……召喚当日よりハードスケジュールだ。
「明日は武器の使い方かぁ」
その事に思うことが無いわけではないのだが……何だか、明日も疲れそうだ。