異世界・ウェザリア王国にて②ー③
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「聖剣?」
部屋を出た俺たちは、シルフィアに連れられ、移動しながら、彼女の話を聞いていた。
「はい。歴代の勇者となった方々は聖剣と共に、魔王退治をしたと言われています」
「ふーん……」
この世界にも、やっぱり存在するのか。
「ところで、王女様」
「何でしょう?」
「私たちも同行して良かったんですか?」
朱波が尋ねる。
「はい。勇者であるレン様のご友人である貴女方に、無礼な態度を取るわけにはいきませんし」
――レン様って……
シルフィアの言い方に噴き出しそうになる朱波の横で、俺は顔を引きつらせた。
「無礼な態度って……俺たちは、こちらの言い方をすれば平民で、普通なら王族に会えるような立場では無い上に、敬語を使われるようなものじゃないのですが」
「ですが……」
俺の言葉に、シルフィアが困ったような顔をする。
そんな俺たちの様子を見ていたであろう、朱波と詩音が顔を見合わせる。
「なら、互いに敬語無しにして話せばいいじゃない」
「だがな……」
いくら本人から気にするなって言われても、慣れないと気になるもんだぞ。
だが、朱波が溜め息混じりに呆れたような視線を向けてくる。
「私相手に普通に話してるくせに、今更渋るの?」
「うっ……」
朱波の家は、いろんな意味で複雑だ。だから、朱波のこの言い方は別におかしいわけではない。普通なら、俺たちは朱波と会うことすら無かったのだろうし、性格も今とは違ったのかもしれない。
「それに、年齢が近いなら、遠慮無用」
「そうそう」
詩音の援護に同意するかのように、朱波は頷く。
「お前ら……」
「ええい! 男ならグダグダするな!」
「どうするのか早く決めないと、結理代理のハリセンの刑」
他人事だと思って、と視線を送れば、朱波ははっきり言い放ち、詩音は圧力を掛けてくる。
当然、俺がそんな二人に反論できるはずもなく――……
「……分かったよ。ということで、敬語無しで話しましょうか」
「良いんですか?」
どれだけハリセンが嫌なんだよ、と言いたそうにしていた朱波だが、目を輝かせるシルフィアを見て、どうやら言うのは止めたらしい。
「はい……じゃなくて、ああ」
「分かりま……分かったわ。私も頑張って普段の話し方にさせてもらいます」
敬語になりかけた言葉を訂正しながらも、俺たちはそう会話をする。
ただ、シルフィアの場合、あまり変わってないように聞こえるのは気のせいか。
「王女様。私たちにも、その対応でお願いね」
「分か……ったわ。では、行きましょうか。レン様」
朱波が言えば、シルフィアは頷く。
だが、呼び掛けるようにして名前を呼ばれた俺としては、未だに慣れないというか、引っ掛かる点があるため、何とも言えない顔になる。
「あ、あのさ、どうせなら『様』も外してくれない?」
「さすがに、それは同意できません。それは、私が決めたことですから」
あっさりと拒否された。
「なら、仕方ないけど……」
彼女が決めたことなら仕方ない。
この様子だと何度頼んでも変わらなさそうだし、頼むのは……うん、諦めた。
まだ出会って日も浅いから、強くは言えない。それに、意外と頑固そうだしなぁ、とも思いつつ。
「お二人さん、公私混同だけはしないようにね?」
「だ、大丈夫よ。そんなこと無いようにしてるから」
さすがに、謁見の間などで、今の話し方はマズい。
だからこその朱波の忠告なのだろうが、シルフィアはそれは無い、と返す。
「……いや、あっちゃあマズいだろ」
それがたとえ、『うっかり』だったのだとしても。
それでも――それでも今だけは、こうやって話していたいと思うのも、また事実で。
「さ、王女様。聖剣――」
「あ、あの!」
気を取り直して、と話し掛けてみれば、シルフィアが遮る。
「どうしたの?」
詩音が尋ねる。
「せ、せっかくなので、レン様たちも私のことは名前で呼んでもらえませんか?」
赤くなりながら言うシルフィアに、俺たちは顔を見合わせた。
何を言われるかと思ったら、名前で呼んでほしいということだった。
まあ確かに、シルフィアは俺たちの名前を呼んではいるが、こっちは『殿下』だとか『王女様』だとかで呼んでるしな。
まあ、けど名前ぐらいなら……
「何だ。そんなことか」
「いいよ」
「うん、友達なら当たり前」
安心して、それぞれが返せば、シルフィアは嬉しそうな顔をする。
「友達……」
感動したかのように、復唱するシルフィア。
そんな彼女を尻目に、朱波がこっちに視線を向けながら告げる。
「ほら、廉。名前呼んであげなさいよ」
「何で俺? 同性であるお前たちの方がいいだろ」
ん? 今俺、何かおかしな事を言ったか?
朱波は固まり、詩音はあーあ、と言いたそうな顔をしているが、一体何が駄目だったのか、教えてもらいたい。
「朱波」
「ん、何?」
詩音が話し掛ける。
「私たちは何て呼ぶ?」
「そうね……」
朱波もどうするのか、考え始めたらしい。
相手は王女様だが、その本人から名前呼びをしてくれと言われている。
下手な呼び方をすれば、不敬にさえなるかもしれないのだから、悩みどころではあるんだが……さて、どうする?
「……フィア?」
「はい、何ですか?」
呟きに返事が聞こえたためか、朱波が驚いたようにシルフィアを見る。
「……」
そして、こちらに目を向けてきたので、ニヤリと笑みを浮かべてやる。
一瞬、固まったのを見ると、どうやら気づいたらしいが、慌てて弁解しようとする。
「いや、王女様。今のは――」
「先程のように呼んでくれませんか?」
訂正するために咄嗟に『王女様』と呼んだ朱波に対して、先程の呼び方が気に入ったのか、シルフィアは期待に満ちたキラキラした目で朱波を見つめる。
ふむ、これは――
「フラグ、立った?」
「私はノーマルだ!」
そんな二人を見た詩音の言葉に、朱波は反論する。
「あのさ、フィア?」
「はい」
だが、朱波はそのままでいるつもりはないのか、顔を引きつらせながら、シルフィアに尋ねる。
「廉には何て呼ばれたい?」
朱波の言葉に、え、と固まるシルフィア。
「そ、れは……」
シルフィアは赤くなりながら、こっちをチラチラと見た後、朱波たちに目を移せば、にっこりと微笑まれていた。
何というか、まあ……可哀想に。
朱波の奴、シルフィアのことを完全にイジってやがる。
「す、好きなように、呼んで下さい」
結局、一杯一杯になったらしいシルフィアがそう告げれば、朱波はこっちを見てくる。
「だってさ、廉」
「そう言われてもなぁ」
お前が言わせたようなものなのに、何で俺に振るんだ。
……いや、俺も関係してるから、他人事ではないんだが。
さてどうしたものか、と悩むように上を見上げれば、綺麗な天井が目に入ってくる。
「そうだなぁ……」
暫し、思案する。
けど、考える必要も無かった。
「俺も『フィア』って呼ぶことにするよ」
呼び方は二人と変わらないけど、それでもシルフィア――フィアは嬉しかったのか、それとも別の感情なのか、笑顔で返してくる。
「これからよろしくお願いいたしますね。勇者様」
「ああ」
フィアから手を差し出され、俺はその手を受け取り、握手をする。
……とまあ、ここまでであれば、綺麗に纏まっているように見えるんだろうが、こんな空気ですら無視をして、現実に戻すのがうちの女子たちである。
「さて、話を戻すけど、聖剣について続きを話せてもらえる?」
そう朱波に尋ねられ、フィアは頷いた。
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「先程、歴代の勇者が居ると言ったけど、実はそんなに居るわけではないの」
フィアは再び歩きながら、説明をする。
「まあ、私が知らないだけかもしれないけど――この国には、聖剣はありません」
その言葉に、俺たちは目を見開いた。
「え、それってどういう――」
「順を追って、説明します」
話を聞いていれば出てくる当然の疑問に対して、フィアは話し始めた。
「先代の勇者、名前はアースレイ。彼が使ったとされるのは、一般的な剣だったそうです」
そして、旅の途中で手に入れた剣も使い、魔王を倒した。
「他国では、自分の国に聖剣があると言っている国があるそうですが、その大半は偽物だったり、正体不明の材料で作られていたり、曰く付きの物までありました」
フィアの話を、黙って聞いていく。
「そもそも、聖剣は勇者の出身国が所有及び保管をすることになっています。そして、先代勇者のアースレイはこの国の出身なんです」
「つまり、本来なら、この国に聖剣があるはずだった、と」
フィアは頷いた。
「けれど、今はその聖剣がない」
「その通りです」
「そのことについて、先代勇者は何も言わなかったの?」
二人の会話を聞きながら、朱波は尋ねる。
自分の剣が無いんだから、アースレイが文句を言ってもおかしくはなさそうなのだが……
だが、そんな疑問にも、フィアは首を横に振る。
「いえ、特には」
「そう……」
そこで新たな疑問が湧いてくる湧いてくる。
「あれ? それじゃあ、私たちはどこに向かってるの?」
朱波の問いに、フィアは笑みを浮かべる。
「この国には、魔法があります」
「知ってる。俺たちを召喚したぐらいだしな」
本当にいきなりのことではあったけど、世界から世界を移動するという事象が、もし魔法や魔術でなければなんなんだ、と言いたいぐらいである。
だが、フィアが言いたいことはそういうことではないらしい。
「となれば、最初にやるべきことは一つ。魔力測定と属性検査です!」
フィアが、元気よくそう言い切った。
そして――……
『――――』
そんな俺たちの様子を、誰かが見ていたことに、この時の俺たちは気づくことは無かった。