第二話:異世界・ウェザリア王国にて②ー①
――翌朝・謁見の間。
「お前たちが、シルフィアの召喚した異世界の者か?」
目の前にいる壮年の男性に問われ、顔は彼に向けながらも、跪いたまま俺たちは小さく頷き、自己紹介をする。
「はい。異世界から召喚された、篠原廉です」
「同じく、東雲朱波です」
「同じく、笠鐘詩音」
そんな俺たちの自己紹介を聞き、男性は納得したかのように頷いた。
そもそも、事の起こりは、シルフィアが昨日の昼食の前に告げた『国王との面会』だった。
彼女から聞いたその時は動揺したが、夕食後は諦めたかのように、俺たちは国王との面会に備えた――のだが、翌朝になり、謁見の間に来る前にも一騒動(と言えるかどうかは微妙だが)あった。
様子を見に来たシルフィアに、正装などについて聞いてみれば、そのままでいいと返された。昨日の今日で三人分の正装など用意が出来るわけがないし、その時の彼女の表情から察するに、どこか申し訳なさもあったんじゃないかというのは、俺の推測だ。
「ですから、今回は仕方ありませんし、今後のことを思うなら、次回までにきちんと用意しておけばいいんですよ」
最終的にそう言われてしまえば、この世界について詳しくない俺たちとしては、もう黙るしかない。
そして、朝食を摂り、謁見の間に向かう。
「あー、何か緊張してきた」
「私も」
「気持ちは分かるけど……ほら、深呼吸して」
朱波にそう促され、詩音とともに深呼吸し、気持ちを整える。
そして、そんな俺たちに対して、タイミングを見計らったかのように扉が開かれ、中に入れば――両サイドには、重臣らしき者たちだけではなく、騎士や魔導師(のような者)たちがずらりと並んでいた。
正面には金髪碧眼の壮年の男性が居り、その左隣には同い年かそれよりやや若い銀髪紺眼の女性が微笑んでいる。
男性の隣には、自分たちと同い年または年上の男性が三人、女性の隣には、自分たちより年上の女性が並んでいた。
つまり、目の前に居るのは、この国――ウェザリア王国の国王であり、その隣にいるのは、王妃や王子、王女なのだろう。
……とまあ、ここまでが、自己紹介までの経緯。
「ふむ。では、私も名乗ろう。我が名はエフォート・ウェザリア。この国、ウェザリア王国の国王だ。そして、隣にいるのが王妃である――」
「ディアナです。この度はこちらの勝手な都合で召喚してしまい、申し訳ありませんでした」
国王陛下――エフォートの隣に居た女性――王妃のディアナは頭を下げる。
「い、いえ……」
さすがのこれには驚いた。
臣下がいる前で、王族があっさり頭を下げるとは思わなかったのだ。
「次に、こちらの三人だが……」
王様が王妃様が居る、真逆の右隣に座っていた三人の男性に目を向ければ、頷いた銀髪碧眼の男性が立ち上がる。
「フィート・ウェザリアと言います。以後お見知り置きを」
頭を下げた彼に対し、俺たちも下げる。
「彼は第一王子にして、王位継承権第一位だ」
「ということは、次期国王陛下ですか」
なるほど、と返してみれば、フィートは苦笑いした。
継承権第一位って言ったから、そうかと思ったんだけど……あれ、違うの?
「次は私ですね」
フィートが座るのと同時に、金髪碧眼の男性が立ち上がる。
「私はソーノ・ウェザリア。よろしく」
「彼は第二王子だ」
王様の説明中もニコニコと笑みを浮かべる彼に、こちらもつられて笑みを浮かべる。
「それで、次なんだが……」
頭を悩まし始めた様子の王様に、王子二人とまだ紹介されていない女性、王妃様とシルフィアが苦笑いする。
見たところ、普通そうではあるけど、何か問題でもあるのか?
「ああ、身構える必要はないよ」
身構える俺たちを見たソーノ殿下が気を使ったのか、宥めるかのように言ってくる。
そして、三人目――銀髪紺眼の男性が立ち上がるのだが、もう不機嫌なのが丸分かりなぐらい、表情に現れていた。
「……クラウス・ウェザリアだ」
それだけ言うと、銀髪紺眼の男性――クラウス殿下は座ってしまった。
「彼は第三王子なんだが、見ての通り、性格に難有りでね」
苦笑いして言う王様だけど、きっと今の俺たちの気持ちは一緒なはずだ。
――性格に難有りというレベルではない気がする。
と。だが、当の本人はこっちのことなんて気にしてないようで、反論する様子は無かった。
そして、その様子を確認したのか、次は私ね、と今度は王妃様の隣にいた銀髪碧眼の女性が立ち上がる。
「私はアルフィーナ・ウェザリア。気軽にアルとでも呼んで下さいな」
にっこり微笑むアルフィーナに、ディアナ王妃は頷き、彼女について説明をする。
「彼女は第一王女であり、そこに居るシルフィアは第二王女です」
そう言われ、シルフィアは俺たちを見て、にこりと笑みを浮かべる。
「さて、紹介が終わったところで、次に君たちを召喚した理由だが……単刀直入に言う。魔王を退治してほしい」
周囲を一度見回したエフォートはそう告げる。
王様の言葉に、やっぱりか、と俺でも思ったのだから、きっと朱波たちも似たようなことを思っているはずだ。
シルフィアはこの召喚が準備だと言ったが、最終的には魔王退治に辿り着くのだろう。
「なるほど。では――」
「ちょい待ち」
とりあえず、何か返さないとと思って王様に返事をしようとすれば、朱波に止められる。
「何だよ」
不機嫌そうに言う廉に、朱波は小声で告げる。
「廉。あんた引き受けるつもりでしょ」
「そうだが、何か文句あるのか?」
『勇者』を引き受けるのと引き受けないの、それぞれのメリットとデメリットを考えれば、引き受けるという方に天秤は傾く。
俺だけならともかく、この場には朱波と詩音が居るのだ。
もし、二人が人質に取られてしまえば、俺は従わざるを得ないし、仮に引き受けないことを了承してもらったとしても、何の知識も無いまま城を出されてはどうすることも出来ない。
だったら、多少危険があるのだとしても、俺が『勇者』になることを引き受け、三人まとめて衣食住を含め、国の保護を受けた方が、よっぽど安全なのではないのか――それが、俺の考えだ。
だが今の俺の言葉だけ聞くと、安請け合いに聞こえたんだろう、朱波が溜め息を吐く。
「あるわよ。無償で魔王退治を引き受けたなんて知られたら、結理に何て言われるか……」
「なら、どうするんだよ!?」
何故、結理の名前が出るのか疑問だったが、手を当てながら頭を振る朱波に、思わず噛みついてしまった。
その声が聞こえたのか、俺たちの前にいたシルフィアがビクリと肩を揺らし、こちらに目を向けてくる。
「どうかされました?」
「いえ、すみません。いきなり叫んで」
シルフィアの問いに、何とか大丈夫と返せば、そうですか、と返される。
何とか誤魔化せたことに安堵しながらも、朱波はこちらをジト目で見てくる。
「もう、私に怒らないでよ。向こうが願い出てきたなら、私たちも何か願い出てもいいでしょ」
「私もそう思う。結理たちも捜さないといけないし」
今まで黙っていた詩音が口を開く。
「それは分かってるが……」
どこにいるのかなんて分からないが、今から捜しに行っても良いと許可されるなら、すぐにでも捜しに行きたいぐらいだ。
「あ、あの……」
恐る恐るといった様子で、どこか戸惑っているかのようにも見えるシルフィアが声を掛けてくる。
「ああ、えっと、すみません。魔王退治は引き受けます。ですが、条件が一つあります」
「条件?」
怪訝そうな王様に、軽く呼吸を整え、告げる。
「本来、俺たちと共に、ここへ召喚される予定だった友人三名を捜していただきたいのです」
「他にも居るのか?」
きっと他にも居るということに驚いたんだろう、王族以外の人々もざわつき始める。
そして、俺が引き受けついでに条件を提示したからなのだろう。後方からも驚いたかのような視線を感じる。
朱波たちの指摘もあったとはいえ――まるで、最初からそのつもりで、用意していたかのように装ってはみせたが。
「静かに! 騒がしくして済まないな。そのまま話を続けてくれ」
「あ、はい」
でも、そんな騒がしい場も王様が静め、続きを促してくる。
「その、何と説明しましょうか。どうやら、召喚される途中で、俺たちはその三人と逸れたみたいで……」
「そうだったのか。シルフィア、魔法陣に異常はあったのか?」
こんなんでいいのかと思いながら説明するが、それに頷きながら聞いていたであろう王様はシルフィアに確認をする。
「いえ、そんなはずはありません。魔法陣に問題はありませんでした。ミスが無いように、事前に何度も確認しましたし」
そんなシルフィアの言葉に思案し、王様は俺たちに告げた。
「そうか……。分かった。お前たちの友人三名を国内全土では捜すが、あまり期待しないでくれ。召喚途中で逸れたということは、こちらにすら辿り着けていない可能性もあるからな」
「ありがとうございます!」
――こちらにすら辿り着けていない。
それについては予想済みだし、覚悟はしている。
それでも、捜してもらえるだけありがたい。
「後で容姿などの詳しいことを聞かせてもらうが良いか?」
「はい」
そして、俺が頷いたことでその場は解散となり、俺たちはシルフィアとともに別室へ移動することになった。