異世界・ウェザリア王国にて①ー③
☆★☆
――数分後。
「部屋が用意できました……ので……」
ドアをノックし、中に入ってきたシルフィアは、きっと顔を引きつらせていることだろう。
ぼんやりする俺たちに、何故かボロボロの朱波がシルフィアの目の前に居たのだから。
「い、一体、何が……」
シルフィアが呟けば、彼女が来たのに朱波が気付いたらしい。
「王女様、ご苦労様です」
「それより、この状況は……」
ああ、と朱波が答える。
「広い広いって言うから、現実に戻したら、ああなった」
何をやったかはご想像にお任せします、と言うと、朱波は顔を伏せてしまった。
「……ハッ!」
そして、やっと正気に戻った(というか、ぼんやりしていただけなんだが)俺はというと――
「……あ、王女様」
周囲を見回し、シルフィアがいたことに気付いて、声を掛ける。
「ど、どうも」
ただ、先程までの状況を知りながら、いきなり声を掛けられた彼女が若干引いているのは、まあ……しょうがないと思う。
「あの、お部屋の用意が出来ましたので……」
「ああ……」
そういえば、シルフィアは部屋を用意しに行ってくれてたんだった、と思い出して頷くと、詩音と朱波を起こす。
「詩音、起きろ。朱波、お前もだ」
先程の――召喚された時の状況を思い出したのか、シルフィアはくすり、と笑い、そんな彼女を俺と起き上がった朱波と詩音が不思議そうな顔で目を向ける。
「では、お部屋への案内も兼ねて、昼食に参りましょうか」
それを聞き、一度顔を見合わせ、三人で立ち上がれば、それを見たシルフィアも俺たちが出てくるのを待つかのように、ドアの外に出る。
「昼食か」
「どんなのが出てくるのか楽しみね」
「……どっちも『昼食』に触れないんだね」
あれこれ話しながら、俺たち三人はシルフィアに連れられ、昼食を食べるために、食堂へと向かい始める。
どうやら城にはいくつかの食事専用の場所があるらしく、シルフィアたち王族専用の食事場所、騎士団などが利用するための食事場所(つまり食堂)、お客様用の食事場所などが存在しているらしく、俺たちが向かっているのはお客様用の食事場所――食堂とのこと。
それじゃ、何故シルフィアが把握しているのかと聞いてみれば、内緒なのだと言われてしまった。きっとこっそり部屋を抜け出してからの城内探索とかで知ったのではないのかというのが、朱波の意見であるが、本当のことはシルフィア本人にしか分からないことなのだろう。
「あ、言い忘れてました」
思い出したかのように、シルフィアが立ち止まったので、怪訝そうな顔を向ければ、彼女は振り返って爆弾を投下してきた。
「明日の午前中、お父様――国王陛下に面会してもらいます」
その言葉で俺たちは固まった。
「い、今、何て……?」
幻聴ではないのなら、「今、国王と会うと言わなかった?」と疑いながら、尋ねる。
「ですから、明日の朝、国王陛下と面会してもらいます」
聞き間違いではなかった。
――マジですか……?
そう思いながら、俺は肩を落とした。
元の世界でも、国家の代表など中継で見るぐらいだとというのに、こちらに来てからその国のトップと面会とか……胃が痛くなりそうだ。
こんな時に、側にいない幼馴染や親友たちが恨ましく思えてくる。
「廉、諦めなよ」
「私たちも一緒だから大丈夫」
右肩を朱波が、左肩を詩音がポン、と叩いてくる。
まあ確かに、一人よりはマシだろう。
だがな、励まされてる気がしないのは何故だろうか。
「まあ、いざとなったら、任せなさい!」
「何で自信満々なのかは知らんが、期待せずにいるからな」
朱波の気合いが感じ取れそうな言い分にそう返し、詩音は詩音で俺たちのやり取りをスルーして、足は食堂へと進んでいく。
さて、どんな料理が出てくることやら。
☆★☆
率直に言えば、料理は美味しかった。
だが――
「あれは量ありすぎだろうが!!」
部屋に戻って、そう感想を言ってみれば、うるさそうな視線を朱波と詩音から向けられる。
「あのさ。最後はちゃんと片付いたから良かったじゃん。あんまりしつこいと、鋼鉄のハリセンを与えるよ?」
それはある意味、言外に静かにしろ、と言っていた。
朱波さん、笑顔が怖い。
「いや、鋼鉄のハリセンだけは止めてくれ」
『鋼鉄のハリセン』と聞いただけで、動きが止まるのはもう、反射神経だろう。
『鋼鉄のハリセン』。
元々は結理の所持品で、悪ふざけがすぎると、よく彼女から飛んできていた。
静かにしろだの、空気読めだの……と言ったのが大体の理由だが、その被害者の筆頭は、主に俺と結理の双子の兄だった。
「夕食も多分、一緒だと思う」
詩音の言葉に、朱波とともに振り向く。
今、何て言った?
「え?」
「理由、聞いてもいい?」
不思議そうにする俺たちに、詩音は溜め息を吐いた。
何やら考えてるっぽいし、どこか思うところが合ったのかもしれない。
「まあ、行けば分かるよ」
だが、説明を聞くより、実際に見た方が理解すると思ったのだろう。
詩音はそれだけ言うと、立ち上がるのだった。
☆★☆
そして、夕食の時間。
「ね?」
言ったとおりでしょ、と詩音は首を傾げる。
「恐るべき霊感ね」
「霊感関係ないから」
驚いたように言う朱波に対し、冷静にツッコみつつ、詩音は料理を見渡す。
「これ、余ったらどうなるんだろう」
純粋に疑問に思ったのだろう、朱波が呟く。
俺たちの中では料理担当でもあるからか、きっとその点が気になったのだろう。
余ったら、余った分だけ、材料を無駄にしたことになる。
そして、ここは城で、たくさんの人が働いている。それでも、余ったら――
「朱波」
「大丈夫」
詩音とともに朱波の肩を、安心させるようにと軽く叩く。
「二人とも……」
「感動してるとこ悪いけど、早く夕食食べて、明日に備えないとね」
何をどう感動したのか、涙を浮かべる朱波だが、それをスルーするのが詩音である。
その詩音が促してきたこともあり、「うん」、「ああ」と返すと、俺たちは明日の王様との面会に備え、夕食をきちんと食べるために、料理を取りに行く。
「全く……食べ過ぎないようにね」
そう注意しながら、詩音も俺たちに続くかのように、料理を受け取りに来るのだった。
☆★☆
――夕食後。
「あー、食べた食べた」
腹を擦りながらそう言えば、昼食後とは違って、朱波と詩音が苦笑いでこちらを見ていた。
「廉、たくさん食べてたもんね」
「朝になって、「動けない」とか言わないでよ?」
それを聞いて、「それはねぇよ」と返す。
「ならいいけど」
俺たちの中で、もし代表者を聞かれた場合、その役目はきっと俺なのだろう。
結理や先輩が居てくれたら、代わりにその役目を引き受けてくれたのかもしれないが、今この場に居るのは俺たち三人であって、居ない人に頼っても意味が無い。
それに、王様に会うと分かっていながら体調不良になるとか、せっかく貴重な時間を割いてくれる王様たちにも悪いし、何より俺自身が迷惑を掛けたことを気にすることだろう。
「つか、お前ら。部屋まで来る気か?」
確かに、部屋には向かっていた。
昼食の後、シルフィアに案内されて、朱波と詩音は部屋を貰うことが出来た。最初に通された部屋は結局俺がそのまま使用することになり、朱波と詩音の二人の部屋の位置はというと、俺の部屋の隣が朱波、さらにその隣を詩音が使用することになった。
シルフィア曰く、友人なら近い方が良いとのことだったのだが、可能な限り近くにしてくれたのではないのかと、俺は考えている。
「良いじゃん。作戦会議はリーダーの部屋、ってね」
「それに、結理たちが合流すれば、嫌でも使わなくなるよ」
二人の言い分に黙る。
たとえ今は俺の部屋に集まっていたとしても、作戦的なものを考えるのは結理の担当だろうから、あいつが来たら、あいつの部屋に集まることになるは想像しやすい。
別に寂しいとかそういうことではないのだが、賑やかだった場所がいきなり静かになると何というか……うん、説明しにくいな。何しろ、そんな感じになるのも想像しやすい。
「ちょっ、何黙ってるの」
俺が黙っていれば、慌てた様子の朱波が聞いてくる。
「それに、まだ廉の部屋を使わないと決まったわけじゃないでしょ?」
詩音も言ってくる。
そう、まだ決まったわけではない。
それに、結理ではなく俺の部屋に集まり続ける可能性もあるわけで。
「まさか。そんなこと気にしてねーよ」
本当に気にしてない俺の言葉にポカンとした二人は、一言告げる。
「廉」
「何だ?」
「結理たち、早く見つけようね」
「あ、ああ」
そんなの当たり前なのだが、二人には俺がいつも通りには見えていないのだろうか。
出来る限り、いつも通りにしていたつもりではいたが、付き合いの長い二人には誤魔化しきれず、気を使わせた可能性もある。
「じゃあ、今日は早く休もう」
と言った詩音に頷き、部屋に入るために俺がドアを開ければ、朱波たちも、自室となった部屋のドアを開ける。
「じゃあ、次は明日の朝ね」
「ああ」
三人はそれぞれ中に入る。
そして改めて、部屋を見渡す。
こんなに広ければ、いつものメンバーで雑魚寝とかも出来てしまいそうだと思う自分は間違っているのだろう。
「そういや、こういう光景を生で見るのは初めてだな」
窓に近づけば、真下に広がるのは城下なのか、街灯の明かりらしき光が点々と点いている。
そして、空に目を向ければ、藍色と紫色に染まった空に、星が輝いている。
きっと、下が暗いから、明るく見えるのだろう。
今は珍しくても、そのうち見慣れて当たり前になるのだろう。
「あいつらが無事にこの世界に辿り着いて、俺たちと合流できますように」
この世界に、無事に結理たちがこの世界に辿り着いていること、そして合流できるようにと、居るのか居ないのか分からない神様に祈る。
――召喚に失敗して、この世界にすらたどり着いてないのではないのか。
そういう不安はずっとある。
けれど、俺たちは捜し始めてすらいない。
この世界の知識もない。
きっとすべては、明日の謁見に掛かっていると思った方がいいのかもしれない。
「早く寝よう」
特にやるべきこともないので、軽く浴室のシャワーを利用したあと、就寝準備に入る。
きっと、朱波も詩音も同じ感じなのだろう。
――可能であれば、六人で過ごしている夢が見たい。
どうやら俺は、自分で思っている以上に寂しがり屋らしい、と部屋の天井を見ながら思う。
「明日は、知らない天井で当たり前なんだからな?」
ある意味テンプレな台詞を言わないよう、そう自分に言い聞かせて、目を閉じた。
☆★☆
暗い部屋を蝋燭の火が照らす。
その中に影が一つ。
「まだ物語は再生されない、か」
前と同じように、机の上にあった本のタイトルを指でなぞる。
『こうして、勇者は四人の仲間を連れ、魔王を倒した。と――』
本の一番最後に記された一文。
影の主はそっと目を閉じ、これから起こることを想像する。
そして、数秒後に目を開き、本をしまう。
「あなたたちに、女神たちの加護を」
影の主はそう呟き、部屋を出た。