異世界・ウェザリア王国にて①ー②
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歩きながら、シルフィアはこの世界について話してくれた。
「この世界は『グラスノース』と呼ばれています」
「グラスノース?」
シルフィアは頷き、説明を続ける。
「はい。誰が名付け、そう呼び出したのかは分かりませんが、その中にある一国が我が国、ウェザリア王国です」
俺たちが居るというこの国――ウェザリア王国は、北東西で他国と面している国ながらも、四季が豊かであり、その影響か、多種多様の料理が存在している国らしい。
さらに、国の南側は海に面していることもあり、農業や漁業などの産業も盛んなんだとか。
また、魔法ほどでは無いが、科学も存在はしており、日常生活にも役立っている。国民は穏やかで、基本的に差別はしないとのこと――それでも、例外はいるみたいだが。
「あの、王女様? 俺には平和そうに見えるんですが、勇者が必要なんですか?」
話を聞く限りだと、勇者が必要には見えないので、そう尋ねてみれば、彼女は首を横に振り、否定する。
「必要、かと聞かれれば、それは少し違います」
「違う?」
「はい。貴方がたの召喚は、ある意味では準備のようなものです」
この世界には、魔物やモンスターと呼ばれる生き物がいる。
以前、確認した時、魔物たちは例年通り、数は一定だった。
だが、ある時を境に、魔物の数が増え始め、魔族の姿の目撃数も増え始めた。
「それを聞いたある国の上層部が、魔王の復活の予兆ではないか、と言い出したのです」
――魔王の復活。
新たなキーワードが出た。
「それはすぐに他国に知れ渡りました」
ですが、とシルフィアは続ける。
「魔王直属の配下である者たちが姿を見せないために、その真偽も怪しくなってきたのです」
「だから、準備か」
もしもの為の対策。
魔王復活と同時に召喚して強化するよりは、前もって召喚し、強化していた方が、いざ魔王が復活したところで慌てたり、焦る必要も減るということなんだろう。
「本来ならば、異世界の人である貴方がたに押しつけるべきではないのですが、我が国は先代勇者の出身国でもあります。国王陛下を含め、私たち王族と国の上層部は、悩んだ末に異世界から勇者を召喚することになったのです」
これが、召喚までの経緯。
先代勇者の出身国だからと、何もしないわけにはいかなかった。
他国の出方は未だ不明。かといって、下手に手出しをすれば、国民たちに飛び火しかねない。それだけは防ぎたかった。
そう、シルフィアは説明する。
「王女様」
「何でしょうか?」
ここまで話を黙って聞いていた朱波が、シルフィアに話し掛ける。
「私たちを召喚できたということは、この世界には魔法が存在するんですか?」
「確かにありますが……皆さんの世界には無かったのですか?」
朱波の問いに答えつつ、首を傾げ、シルフィアは聞き返す。
「私たちの場合は、魔法は架空の存在のものでしたから、一概に無いとは言い切れません」
二人の話を聞きながら、俺は頭の中でここまで聞いた情報を纏めながら考える。
俺たちが喚ばれた場所は異世界であり、ウェザリア王国と呼ばれる国で、着いた場所は、城からかなり離れた場所。
――勇者を喚ぶのに、王女が来る必要があったのか?
正直、物語とかでは出会いの場面だったりするので、仕方がないとしても、実際のところ一国の王女が護衛付きとはいえ、あんな場所に居て良かったのかという疑問が浮かぶ。
――いや、それは今考えることじゃないか。
が、俺としては過ぎたことをいつまでもあーだこーだと文句を言う気は無いので、軽く頭を振って思考を切り替えると、近付くに連れ、次第に大きくなっていくように見える城の外壁に目を向ける。
「デカっ……」
まるでこちらを見下ろしてくるかのような存在感に思わず呟けば、ふふっ、とシルフィアが笑う。
「今から、城の中に入りますが、迷わないように、しっかり付いてきて下さいね?」
引率の先生のように告げるシルフィアに俺たちが頷けば、大理石のような白石で出来た通路を通り、城の内部に入る。
「凄っ……」
「さすがというか、何というか……」
「凄い……」
あまりの凄さに、俺たちの感想などさっきから『凄い』としか出てこない。
あー、あれだな。今の俺たちって、多分、自分の中の許容量が一定値越えると語彙が無くなるっていう、あの現象が起きてるんだと思う。
「そんなに凄いですか?」
「凄いも何も、城とか見たの初めてで……」
尋ねてきたシルフィアにはそう答えたが、これは少し正確ではない。実際は、洋風の城の中で、という注釈が付くが、今はどうでもいいことだろう。
「ねぇ、廉」
「ん? どうした?」
朱波に話しかけられ、普段と変わらずに返事をしたのだが、それがマズかった。
「結理たち、一緒じゃなかったの?」
その問いに、俺は固まった。
あの場で最初に起きたのは俺であり、そんな俺なら何か知っているのでは、というのを聞いてきた朱波でなくとも思い付くのは当たり前だし、それでもその考えは時間を置かなくとも、俺たちの会話にあの三人が混ざって来ないどころか姿が見えない時点で、それが不自然なことぐらいすぐに気付ける。
「一緒じゃ、なかった」
「そう、やっぱりね」
言い訳しても無駄そうなので、正直に言えば、朱波は納得したように頷く。
その答えに、俺は目を見開いた。
「やっぱり、って……!」
「もしかしたら、同じ場所に居たんじゃないのかと思ったんだけどね」
どうやら朱波も、「運良く同じ場所に落ちたのでは?」と思っていたらしいが、シルフィアを除く三人で行動し始めていたことで、結理たちが別行動なのではなく、最初からいないことが薄々分かっていたらしい。
「どうかしましたか?」
少しばかり遅れていたのか、こちらを振り向いたシルフィアが不思議そうに尋ねる。
「何でもないですよ」
そう返し、彼女の元へと駆け寄る。
「そうですか?」
なら、いいのですが、とシルフィアは案内を再開するのだがーー少し歩いたところで、ある部屋の前で止まる。
「申し訳ありません。勇者様はお一人だというご予定でしたので、用意したお部屋が一つしか無いんです。お二人の分も至急用意させますので、少々こちらでお待ち下さい」
それではお先に中へどうぞ、とシルフィアに促される。
「さて……何となく、予想はしていたが……」
中に入れば、広い部屋に出迎えられた。
きっと部屋を用意したところで、配置とかはそんなに変わらないだろうからと、朱波と詩音と共に風呂や洗面台などを順番に確認していく。
ちなみにシルフィアは、二人の部屋の確保に向かうために部屋を出たのか、気付けばいなくなっており、不在である。
そして、あらかた部屋を見終えて出た結論は、というと――
「広い。広すぎる」
「朱波ん所と、どっちが広いかな?」
感覚が麻痺したのか、詩音が尋ねてくる。
良いとこのお嬢様である朱波の家もそれなりに広かったが、そことどちらが広いかなど、比べられるはずもない。
まあ、詩音も詩音で分かっていながらの質問だったのだろうが。
そして――……
「ちょっ、現実に返ってきてよ。二人とも!」
唯一、広い部屋に慣れていた朱波は、そんな俺たちの様子に一人、慌てていたのである。