剣と魔法と勉強と③
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「皆さん、似合ってますね」
今日は汚れるから、とフィアから渡された服に俺たちが着替えれば、それを見た彼女がそう告げる。
「そういえば、今日は使用武器を決めるんだっけ」
「はい」
言われていたことを思い出すかのような朱波の問いに、シルフィアは頷く。
異世界に召喚されて三日目。
俺たちはフィアに連れられ、王国騎士団がいる訓練場に向かっていた。
「レガート」
「殿下!? 何かあったのですか!?」
フィアが目的の人物を見かけたのか、声を掛ける。
一方で、話しかけられた相手――レガートと呼ばれた男性は驚いたらしい。
「ふふ、騎士団の面々は元気ですか?」
「はぁ、何とか。それで、何かご用でも?」
フィアが尋ねれば、相手は頷き、尋ね返す。
そんな彼に肯定するかのように頷いたフィアは、俺たちに彼を紹介する。
「こちら、我が国の騎士団団長、レガート・レオンハルトです」
次にシルフィアは彼――レガートさんに対して、俺たちを紹介する。
「レガート。今から紹介する彼らは、我が国の勇者として召喚された方々です。失礼の無いように」
「勇者?」
レガートさんが首を傾げる。
俺が『勇者』という点について、疑問を持つのは分からなくはないが、勇者召喚について、騎士団長なのに話が通ってないのはおかしい気もするが、今はとりあえず挨拶である。
「篠原……じゃない、レン・シノハラです」
「アケハ・シノノメです」
「シオン・カサガネ」
それぞれ自己紹介する。
「お、おう。レガート・レオンハルトだ。よろしく」
レガートさんもどこか戸惑いながら、名乗ってくれる。
「それで、貴方に頼みたい事があるのですが」
「何でしょうか」
フィアの言葉に、レガートさんが彼女に目を向ける。
「彼らに、指導をしてもらえませんか?」
「えっと……何故、私が?」
疑問は尤もで、レガートさんが尋ねれば、フィアは彼に説明する。
「彼らの世界には、魔法が無いらしいのです」
「魔法が、無い……?」
怪訝そうなレガートさんに、フィアは頷いて、説明を続ける。
「魔法だけではありません。彼らの居た世界には、剣も無いらしいのです」
「いや、王女様。本当に無いわけじゃないですって。剣は昔に存在してましたし、魔法は架空のものですけど」
フィアの説明に不安になった……というわけではないけど、補足しておかないといけない気がしたので、横から口を挟んでおく。
正直、フィアの説明を少しだけ遮るように発言したためか、不敬罪とか言われるかと思っていたけど、どうやら大丈夫だったらしい。
「なるほど、それで?」
「ですから……」
「あのですね。私たちは貴方たちのように、戦いや戦争を知らない平和な世界から来たんです」
フィアの説明とレガートさんの反応から、焦れったくなったのだろう。横から朱波が説明する。
「もちろん、武器の種類やその扱い方、何が有利で不利なのかさえ知らないんです」
「そんな私たちのために、王女様はここへ案内してくれた」
詩音が援護に加わる。
「戦いの最前線のプロである、貴方たちの所に」
一歩踏み出す。
「ですから」
頭を下げる。
「彼や私たちに、武器の扱い方を教えて下さい」
「ちょ、ちょっと待て」
「ほら、廉も。あんたが一番、使えるようにならないといけないんだから」
「あ、ああ………」
レガートさんの制止も聞かず、朱波は横目で俺を確認すると、頭を下げるように促してくる。
いや、うん……間違ってはいないんだが……。
「レガート。私からもお願いします」
ついには、フィアまでもが頭を下げる。
ここまで来ると、何だかレガートさんが可哀想になってくる。
「殿下まで!? あーもう! 分かりました! 指導しますから! 頭を上げてください!」
さすがに、フィアに頭を下げさせたままでは、自分の身が危ないとでも思ったのだろう、レガートさんが叫ぶようにして指導を引き受けることを告げる。
「私たち、ちゃんと聞いたわよ?」
「言霊取った」
隣でニヤリと笑みを浮かべる朱波と詩音に、もしかしなくても、最初からそのつもりだったな、と気づく。
フィアはフィアで、にこにこと笑みを浮かべているし、レガートさんはレガートさんで、嵌められたことに愕然としているっぽい。
だが、さすがは騎士団長というべき人なのだろう。
その後、鬼教官とも言うべきか、レガートさんを主とする騎士団員たちとの厳しい特訓の末に、俺たちは何とか剣を持てるようになった。
その際、俺たちの間で「こういうのはチートで片付くんだろ!?」とか「チートは言語や規格外の魔力のみだったらしいわね」という会話をしたような、してなかったような。
さらに、それを見たレガートさんが、俺たちの会話内容に怪訝そうな顔をしていたらしく、その表情に副団長や団員たちが怯えていたらしいのだが、それについては本人たちだけの秘密らしい。
☆★☆
異世界生活四、五、六飛んで七日目。
先に言えば、やっていたことはあまり変わっていない。
四日目。
俺たちは、午前に魔法の練習し、午後に騎士団に交じり、剣の特訓。
その際、
『ふふ、何か面白いことやってるわね』
と姿を見せた精霊に驚き、とっさに朱波が契約してしまい、朱波は精霊に関しての勉強のため、一人図書室で籠り、詩音は魔法の先生から防御魔法と相性が良いかもしれん、と告げられ、防御魔法の練習をすることになった。
五、六日目。
魔法の練習に朱波が戻り、通常の魔法と精霊魔法を撃ち合っていた。
俺の場合、午後はいつも通り、騎士団での訓練に参加。
仲の良い騎士の友人も出来た。
そして、七日目。
「冒険者ギルド、ですか?」
「この国に無いの?」
今では物語に無くてはならない施設と行ってもいい『例の場所』について尋ねれば、フィアが困ったような顔をする。
「一応、あるけど……あんまりお勧めしたくないかな」
「何で?」
フィアの言葉に、首を傾げる。
危険だとか言うのなら、ある意味予想通りではあるのだが。
「冒険者は荒くれ者が多いって、言われてるの」
「だろうな」
その点については予想済みだ。
「後は、レン様たちがまだ剣や魔法に慣れていない、っていう理由もあるのだけど……」
「あー、それも納得できるわ」
痛い所を突かれたとは思う。
一通り出来ないと、ギルドに行ったとしても、依頼すら受けられない可能性もある。
「けどさ、多分だけど、冒険者として動き回れば、結理たちも見つけられると思うんだよね」
腕を組んで言う朱波に、同意するように俺は頷く。
「確かに一理あるな」
「そう思うなら、真面目に剣や魔法の練習をしてください。アケハ様たちは、もう応用まで出来る様になったんですから」
「なっ、本当か!?」
フィアの言葉に驚くしかない。
俺、まだ合格点出されてないんだけど!?
「あんた、変な時に真面目なくせして、こういう時は不真面目だからいけないのよ」
「悪かったな」
いつもの癖で返してしまったが、あれ、と思う。
今回は自分の命にも関わるため、比較的真面目にやってるはずだったんだけどな、とは思っていたのだが、朱波たちから見れば、不真面目に見えたのだろうか?
「なぁ」
「何?」
「どうしたの」
「何ですか?」
話し掛ければ、三者三様に返ってくる。
「……その、俺はそんなに不真面目に見えたか?」
間が出来る。
「……ぷっ」
それは、誰が噴き出したのか。
「あー、うん。ごめんごめん」
「まさか、そこまで真面目に考えるとは思わなかった」
「すみません」
謝る朱波に、苦笑いする詩音とフィア。
何なんだ。
「ほら、最近の廉って、部屋戻っても力抜いてないように見えたしさ」
「必死なのは分かったけど、違和感があった」
「それで、冗談の一つでも言ってみよう、ということになったんです」
朱波、詩音、フィアの順に説明する。
それを聞き、ああそうか、と理解した。
俺自身が倒れたら元も子もないのだと。
『死なないで』
泣き叫ぶような幼馴染の声が頭の中で響く。
「そう、だよな。倒れたら意味ないもんな」
拳を握りしめ、気合いを入れる。
「そうそう。再会前に倒れられてたまるもんですか」
「うん」
「はい、私も早くお会いしたいですし」
そう言いながらも、朱波たちは笑みを浮かべた。
そして、そんな俺たちを見ていた騎士団員たちは、というと――
「レンの奴、許せん……」
「羨ましくないぞ、コノヤロー!」
「俺だって俺だって……」
「これは、詳しく事情を聞く必要がありそうだな」
と、怒ったり、泣いたりしていた。
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「これが、この一週間にあったこと」
暗闇に蝋燭の灯りで浮かび上がる影の主。
影の主は窓を開け、風を感じる。
「明日から、また楽しい一日になるといいわね。勇者様」
影の主は窓を閉め、灯りを消し、部屋を出る。
金の髪を靡かせて。