プロローグ
『ウェザリア王国物語~グラスノース編~』の一人称ver、開始です。
パタン、と本を閉じる。
蝋燭の灯りに照らされた本のタイトルを見つめ、指でなぞる。
読んでいた本は物語にして、歴史書でもある。
窓の外に目を移せば、空には満月が浮かんでいる。
明日から起こるのは、長い長い伝説となるかもしれない歴史の一端。
今日はもう眠ろう。
☆★☆★☆
いつもと何一つ変わらずに授業を終え、部活も特に無いこともあり、運動部の練習する声を聞きながら、家へと帰るために校門に向かっていた。
「おーい、れーん!」
背後から俺――篠原廉を呼ぶ声が聞こえたので振り向けば、中学の時に知り合い、今では親友である天海大翔が「よ」と声を掛けてくる。
「早いな。どうした?」
彼にしては珍しいことだったので尋ねてみるのだが、答えを聞く前に、横から声を掛けられる。
「はろはろ」
「お前も一緒か。鷹森」
次に声を掛けてきたのは、軽く手を振る幼馴染である鷹森結理で、俺の責めるような視線を無視して、にこにこと笑顔を浮かべている。
その一方で、俺たちのやり取りを見ていた大翔が、相変わらずだな、と言いたげに返す。
「やっほー、みんなー」
「次は朱波か」
次に声を掛けてきたのは、結理の親友で俺の幼馴染と言ってもおかしくはないほどの付き合いがある、東雲朱波。
そして、そんな彼女の隣に居るのは、同じく結理の親友にして、こちらも俺の幼馴染と言ってもおかしくはないほどの付き合いがある笠鐘詩音である。
「どうしたの? みんな珍しく一緒じゃん」
「結理、もう私服?」
「ん? ああ……そうだね」
確かに、ここ最近はバラバラに帰っていたこともあり、こうして集まっていることを珍しそうに言う朱波とは逆に、結理の服装に気付いた詩音が尋ねれば、結理も自分の格好を思い出したのか、それを見ながら頷く。
まあ確かに、彼女の姿を改めて見てみれば、私服なのかを問われても不思議ではないのだが。
「そういや、何でだ?」
「この後、仕事」
「ああ……」
その理由を聞いてみれば、結理が短く返してきたので、納得した。
納得はしたが、結理はバイトをいくつか掛け持ちしている上に、そのバイトを『仕事』と言うこともあるため、この後の『仕事』というのも、多分そのうちの一つなのだろう。
「つーか、まだやってたんだな」
「一応、仕事だし」
納得した俺とは反対に、大翔が意外そうに言えば、結理もこればかりはね、と苦笑いしながら返す。
「けど、先輩いなくて良かったね」
「結理の仕事を聞かれたら、こっちの身が持たなそうだからな」
朱波の言葉に、同意する。
いくら(鷹森家の)事情を知ってるとはいえ、あんまり話せる内容でもなければ、問い詰められたりした場合、こちらが困ってしまう。
だから、この場に先輩が居たら居たで、内容を聞かれたら危ないだの何だのと言われかねないのだが。
「私たちをヒヤヒヤさせるのだけは、勘弁してほしいわね」
そう言いながら、朱波が溜め息を吐く。
本当にそれな。
「そういえば、今朝の風紀の奴らの顔、面白かったよな」
「確かに。生徒会まで乱入して、生徒会対風紀の図が出来た後、結理が何事もないかのように無視をして、教室に来てたもんねー」
「で、席を占領されていた鷹森の「邪魔」の一言で、ぎょっとしてさ。あれは笑ったな」
ふと思い出すのは、今朝のこと。
ラノベとかの物語かよ、と突っ込めるほどに、まさか存在するとは思っていなかった学校の(生徒側)二大組織とされる生徒会と風紀委員会が、何やら言い合いをしていたのだが――途中から見たので、言い合いになった経緯は知らない――、その隙をついて、何事もなかったかのように、結理が教室に入ったのだ。
もちろん、その時点で両者は気付かなかったのだが、問題はその後で、結理の席が何というか、微妙な位置にあり、地味に影響を及ぼしていた。
で、結果は大翔が言った通り、結理の『邪魔』の一言でぎょっとした二組が気まずそうにしながら、退散していったというわけだ。
中には、もう少し言い方を考えろという者も居たが、「そうですね」ぐらいであり、仮に突っかかられても、面倒くさいと思いはするだろうが、その程度で気を悪くするような結理ではない。
そんなことを話しているうちに、最後の一人が現れた。
「お、みんな揃ってるな」
そう声を掛けてきたのは、『先輩』である日燈棗。
俺たちの中では最年長で、一つ上の学年であり、先輩とは大翔と同様に、中学の時に知り合った仲である。
「それで、何を話してたんだ?」
「今朝のことですよ」
先輩が話の内容を聞きながら、俺たちの方へと近付いた途端、足元から光が現れる。
「え、何? 何なの?」
下からの光に、朱波が慌てたような声を出す。
「これはーー」
光に目を細め、見つめていた結理が呟く。
「何か嫌な予感しかしねーぞ」
大体、こういうときの俺の勘は当たる。
下からの光は、よく見ると何か細かい紋様的なものがある。
――あ、これ、召喚陣か。
そう思ったのと同時に、ぐわんと光の内部だけ消え、黒い穴が現れる。
もちろん、重力に逆らえないので、俺たちはそのまま落ちていく。
「「きゃああああ!!」」
「「うわああああ!!」」
どれが誰の悲鳴なのかは分からなかった。
だがそれは、ある程度落ちた後、唐突に止まり、落下速度が緩やかになっていく。そのことを不思議に思っていると――
ふわり。
「……?」
俺と同様に、頬に仄かな風が掠ったことで、それに気付いたのか、どこから吹いてきたのかと確認するかのように、結理が振り返るのだが、次の瞬間、こちらを吹き飛ばそうとするほどの強風が吹いてくる。
「ちょっ、横風!?」
受け身を取ろうにも、足場の無い場所で取れるはずもなく、気付けば、俺たちは離れ離れになる寸前だった。
(離れる!?)
きっとみんなそう思ったはずで、偶然か否か、俺はとっさに近くにいた結理に手を伸ばす。
「結理!」
「廉!?」
――が、風によって近づいたり、離れたりしながらも、その手は届くこともなく、結局俺たちはバラバラになってしまうのだった。