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第9話:図書館で勉強



 授業を終えて放課後。


 ホームルームが終わると、綾瀬達は龍前や三沢くんと連れ立って教室を出て行き。隣では白花が勉強の準備をする傍ら。

 俺も教科書類をカバンに仕舞って準備を始める。


 図書館で勉強など学生っぽいが、教える相手が不良なのはどうなのだろう。


 ともかく、俺が放課後、家に真っすぐ帰らないのは随分と久しぶりだ。休日なら紗由と一緒に暇なときは藤堂の家にお邪魔したりするが、平日で帰りが遅くなるのは本当に久しぶりだった。


 小さいころに母を亡くし、父も仕事で家を空ける事が多かったので、必然的に家には紗由と俺しかいなかった。


 小学校低学年の時、俺が藤堂の家に遊びに行き、家を空けた時、紗由は家に一人で、それが彼女にとって耐えられなかったのだろう。

 夕方俺が家に帰ってもいなくて、焦った俺は警察に連絡する事を考えられず、夜中まで街中を走り回った。

 そしてやっと見つけたと思ったら、公園のドカンの中でずっとめそめそ泣いていたのだ。


 その時の安堵と、胸が締め付けられるような言葉はずっと俺の胸にしこりとして残っている。


ーーお兄ちゃんまで……お兄ちゃんまでいなくなっちゃやだぁ!


 泣きながら縋り付いてきた妹を、ただ抱きしめるしかなくて。


 それ以来、俺は紗由よりなるべく早く家に帰る事が習慣化した。更に、紗由は休日に俺が遊びに行くときも一緒についてきたがるようになった。


 だが、それは過去の話。考えてみれば、紗由は来年高校生になり、精神的にも成長しているはずである。

 一人でも今なら大丈夫だろう。


 という訳で紗由にメッセージを送り、帰りが遅れる事を告げる。


 鷹宮仁:放課後、藤堂と勉強するから。帰るの遅くなるので何か食べてていいぞ。


 しばらくスマホを眺めるが、既読はつかない。いつもならすぐにつくので、少し気がかりに思う。不安な気持ちが沸き上がってくるが、流石に過保護すぎると思い直した。


「ねね、やっぱどうせなら一緒に勉強しよ?」


「……」


 ふと、気が付けば俺の机に綺麗な指が乗っていた。スマホの画面から顔を上げると、白花が机を手の甲でコンコンとノックする。


「おーい、鷹宮くんってば!」


「え、俺に話しかけてたの?」


「……こんなに近くにいて気付かないとか。大丈夫?」


 スマホを仕舞い、少し考える仕草をする。


「新川や川瀬たちが嫌がるだろ。俺と藤堂は離れたとこで勉強するよ」


「えー、そんな事ないけどね。了承もらってるし。鷹宮くんも藤堂くんも、勉強を邪魔するタイプじゃないでしょ? 鷹宮くんが何を気にしてるか分からないけど、あたしたちは気にしないよ」


 真っすぐに俺を見る白花に、俺は肩を竦める。善意で言ってくれるのは分かるが、クラスの美少女たちと共に、陰キャに不良が並んで勉強するのはどう思われるだろう。

 しかし白花から歩み寄ってきたのを、無下にできる程の度胸はない。


 ここはまだ教室で、俺を羨ましそうに見る男子の視線がある。結局、一緒に勉強しようがしまいが、鬱陶しい視線の嵐は収まらない。


 誘われる程仲が良くなったという意味で、既に手遅れなのかもしれない。


「……分かった。藤堂にも聞いてみないとだが、一緒にやるか」


「うん! じゃ、行こ?」


 花のように微笑む白花に思わず見惚れる。やはり、俺たちとは住む世界が違うと感じる華やかさだ。

 その向日葵のような笑顔が眩しくて、俺は視線を逸らして席を立った。


 当然のように隣に並ぶ白花と連れ立って、合流してきた藤堂、更に女子から新川や川瀬を交えて図書館へ向かった。





*   *   *   *




 令賀丘高等学校は、生徒在籍人数が県内でも多い方だ。だからそれに比例して、図書館や食堂などは広く、そして大きく作られている。

 

 教室を出て、複雑な廊下を抜けた先に図書館はある。蔵書数も結構あるため、本を読む者もいれば調べものをしている人、またはテスト期間だから俺たちと同じく勉強に励む生徒の姿もあり、いずれも目的は違くとも皆静かに過ごしていた。


 扉を開けて、俺たちは空いている席に腰を落ち着けた。席順は俺の隣が藤堂で、向かいに白花が座り、その隣に新川、川瀬の順で並ぶ。


 そして周りがカバンから勉強道具を取り出す中、


「藤堂はこれやっとけ。数学と英語のテスト範囲、まとめた問題だから。化学と物理は明日持ってくる。分からないとこあったら呼んでくれ。俺はその辺の本を読みながら時間潰してくる」


「分かった」


 カバンからノートを二冊取り出し、藤堂に渡す。これは俺が自学しているノートで、重要な所だけまとめた物だ。数学と英語、それぞれあって、テストに出そうな問題が入っている。


 藤堂が早速ノートを開いて目を通し始める横で、俺は本でも読もうと本棚の方に向かおうとするが、白花に話しかけられて立ち止まる。


「……え? まさか鷹宮くんは勉強しないの?」


「俺は教える側だから。それに、勉強は自分のしたい時にする。折角図書館に来たんだから、今は本を読みたい」


 すると、俺の返答に白花だけでなく新川や川瀬までもポカンとした顔で俺を見た。


「ちょ、ちょっとそのノート見せて!」


「え、いや、いいけどーー」


 藤堂からスッとノートを取り上げると、白花は俺のノートをふむふむと頷き読み始める。興味をそそられたのか、新川や川瀬まで覗き込み、次第に瞳を大きく見開いた。


「す、すご……字、めっちゃ綺麗で見やすいし、何より分かりやすくまとめられてる……」


 呆然と呟く白花の横で、新川は決意を固めた眼差しで俺の所まで来て、ぺこりと頭を下げた。


「あ、あたしにもこのノート貸して欲しい。図々しいのは分かるけど、親から中間で赤点取ったら塾に入れって言われて。部活に集中したいから、何としても赤点だけは回避したいんだ!」


 その気持ちの熱量は、俺への距離で表されている。ぶっちゃけ近い。彼女から良い匂いが漂ってきて、流石に一歩離れる。


「全然いいけど。でも、テストに役立つかは保証できない。個人的に重要だと思ったやつをまとめただけだから」


「いいよ、そんなの!」


 新川は笑みを浮かべて礼を言った。普段、新川の笑った顔を見たことなかったが、笑うとえくぼが出て可愛い。

 ポニーテールを揺らして席に帰っていった新川を見送り、今度こそ暇つぶしのために本を探しに行く間際。


「……ゆ、由愛ちゃんが取られた……く、くそぅ、鷹宮くん、いっつも授業で寝てるくせに……な、なんか悔しい」


「馬鹿言ってないで、朝姫も勉強しなさい」


「……でも由愛ちゃん。今は藤堂くんがノート使っているから、今日は貸してもらえないんじゃない?」


 川瀬の言葉に、新川はうーんと悩む。その様子を見て、藤堂が口を挟んだ。


「俺は一緒に使ってもいいけどな」


「……い、いやあたしは後で使うよ。邪魔になると悪いし」


 新川は遠慮するが、それを見た川瀬がポンと手を叩いた。


「じゃあじゃあ、藤堂くんはノートを使って勉強して、由愛ちゃんは鷹宮くんに教えてもらえばいいんじゃない?」


「「え?」」


 俺と新川が同時に困惑を見せるが、川瀬はふわふわした口調でにこっと笑いながら続けた。


「だってノートを作ったのは鷹宮くんでしょう? 内容は全部理解しているはずだよ」


「そ、そっか!」


 新川は顔を明るくするが、それで納得しちゃうのか。


 だとしたら俺の隣に新川が座る事になる。百歩譲って一緒の場所で勉強するのは良いとして、勉強を教えるのは面倒ーーいや、光栄だが緊張してしまう。

 陰キャには難易度が高いイベントである。


 しかし、断るのは流石に良心が痛む。新川はただでさえ小っちゃくて、保護欲を誘う見た目をしているのだ。口調はつっけんどんだが、それが背伸びしている感を出して可愛い。


「それはいいな。新川、鷹宮の右隣に来ればいいんじゃないか?」


「あ、ああ。だな」


 余計な事を言う藤堂を睨むも、彼は俺を無視してノートを読み込む。だが、口元が薄らとにやけているのを俺は見逃さない。

 完全に面白がっている。


 新川が移動するのに白花が駄々を捏ねるが、新川は無視して俺の隣に来た。席にちょこんと座り、上目遣いで俺を見つめた。


「よ、よろしくな?」


「……俺でよければ。全力で教えさせていただきます」


「す、すごい気合入ってるな……」


 俺も席に座り、姿勢を正す。

 女子の上目遣いは紗由が一番使いこなせているとばかり思っていたが、ここにも極めし者がいたらしい。腰が重い俺を、こうも簡単に動かして見せるとは。


 その後は、新川が分からないという問題を解説していく。彼女のためになっているかは分からないが、驚くほど真剣な横顔が目の前にあるので、俺も力が入る。


 ちなみに、向かいの席に座る白花が新川を取られた事で不機嫌なのか、頬を膨らませてむくれているが誰もそれに触れなかった。

 




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― 新着の感想 ―
[気になる点] 名も無き図書委員ちゃん「私のフラグは何処へ…。」
[一言] いいですねぇ。 こういう系の小説好きなので、どんどん書いていって下さい!!
[良い点] 着々と実力を知る人が増えていってる! そして由愛かわいい。 鷹宮としても教える為に図書館に来たわけだし、教えることに抵抗はないだろうけど、後日カラオケ組の反応が少し面倒臭いことになるのかも…
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