第8話:選択の自由
朝のホームルーム。
今日も担任の中津先生が怠そうに連絡事項を述べていく。
いつもと違う主な連絡事項としては、今日から中間テスト一週間前という事で、部活動停止期間となった事。
しかし、それも部活に入っていない俺には関係ないだろう。
ホームルームが終わると、白花の席を囲って女子の輪ができる。先ほどの件もあって、何人かに視線を向けられるので居心地が悪い。
しかし、スルースキルを極めた俺は机に突っ伏し、寝てるから話しかけるなオーラ全開にする。これで防御は完璧なはずだ。
「おい、起きてんだろ鷹宮」
聞き覚えのある声に顔を上げれば、俺の机の右横に藤堂が立っていた。
俺が窓際の一番後ろの席であるのに対し、藤堂は廊下側の二番目の席なのでここまでわざわざやってくるのは珍しい。
基本的に藤堂とは昼休みまで会話はないのだ。
彼は俺が顔を上げた隙を見計らい、俺の机にどっかりと腰を下ろして、
「悪いんだが、頼みがある」
「頼みがあるなら机から降りたら?」
その言葉をスルーして、藤堂は俺を悠々と見下ろす。そして、いつも通り何てことないように口を開いた。
「勉強教えてくれ」
「……嫌だ」
「断る」
「何をだよ」
「お前が断るのを断る」
「じゃあ俺は断るのを断るのを断ーー」
「俺だって断るのを断るのを断るのを断るのをーー」
小学生のようにしょうもないやり取りをして、ふと我に返って二人して肩を落とした。
藤堂は友達がいない。いや、俺もだが。だから頼める相手が俺しかいないのだろう。このままだとずっと言われるので、結局は教えるしかない。あれ、実質選択肢が一つしかないな。
「分かった。どこが分からないんだ?」
藤堂は基本的に要領は悪くない。不良然とした見た目に反して、進学校であるこの令賀丘高校に入学できたのだ。
きっとそう時間をかからずに教える事ができるはず。
ちなみに俺は授業は寝てばかりだが、家ではしっかりと勉強している。だったら授業も受けたらいいじゃんと言われそうだが、何だか授業は”受けさせられている”という感覚で身が入らないのだ。
その点、自主的に勉強するのは自分の意思でするからいい。
「英語と数学。あと化学と物理。理数系は意味わからんわ」
「……お前、文系の見た目でもないけど、理系でもないよな」
「うっせ。俺は姉貴と賭けをしてるんだよ。今回のテスト、赤点取ったらお前を家に連れていく。取らなかったら連れて行かない」
「まさかの俺が争点だった」
藤堂の姉は家事を藤堂に全て押し付ける程のダメ人間だ。俺が家に来ても、テレビゲームしてる所しか見たことない。
ずっとテレビゲームしてるからさぞ強いんだろうなと思って勝負したが、俺が圧勝して居たたまれなくなったことを覚えている。後、どうでもいい情報だがクリスマスはずっと家にいるらしい。
「分かった。場所は学校の図書館でいいか」
「おう。じゃ、放課後な」
手をひらひらと振る藤堂を見送った後、再び机に突っ伏して寝ようかと思ったが、直前で思いとどまる。ここにさっきまで藤堂の尻があったと考えると、何だか寝にくい。
肘をつき、窓の外の景色を見る事に切り替える。何もせずぼーっとしていると、否が応でも隣の席の会話が聞こえてきた。
「ーー今日カラオケ行くんだけど、来る人いるかな?」
この声は確か男子のリーダー的存在、龍前だ。リア充の会話に少し興味を引かれて、気付かれない程度に視線を向ける。
「え、今日の放課後?」
「そ。猿谷が遊びたいってうるさくてな。テスト期間で部活がないから、どうせなら久しぶりに女子も含めて遊びたいって」
苦笑する龍前の横で、白花はうーんとしばらく悩むが、その横で真っ先に綾瀬が手を挙げた。
「えーいいじゃん! あたし行くわ!」
「お、綾瀬は来てくれるか。他の皆はどうかな?」
「じゃああーしも行くー」
「お、サンキュ、栗原」
綾瀬に続き、栗原は参加を表明。
「あたしはパス。勉強するから」
「ま、普通はそうだよな」
ぶっきらぼうに断りを入れる新川に対して、爽やかに笑って龍前は頷いた。
何というか、慣れてる感じが半端ない。流石はイケメンリア充、そのスキルを間近で見れるのは幸運かもしれない。
見たとしても、そのスキルを使うかどうかは絶対ないと言い切れるが。
「白花と川瀬はどう?」
「……わたしもごめんね、勉強するから……あ、じゃあ由愛ちゃん、一緒に図書館で勉強しよ?」
ふふっと笑う川瀬に、面食らったのか新川は目をパチクリとさせて頷いた。龍前の誘いを断ってすぐに、しかも目の前で予定を入れるのは正直どうなのだろう。
川瀬はもしかしなくとも天然さんなのかもしれない。そしてそれを見ても一切動じない龍前は流石だ。女子の輪に平然と入り、カラオケに誘うとか常人なら震えて声すら出せないというのに。
そんな川瀬と新川のやり取りを横目で見た白花が、腕を組んで唸りながら悩む。
というか、腕組みすると大きな胸が強調されるのだが。流石に白花の席の横に立つ龍前は、僅かに目を逸らしていた。まあそうだよね。
「うーん、由愛ちゃんと静流は勉強かー」
「ちなみに男子のメンバーは俺と猿谷。それに三沢と柏木だ」
「ね、いこーよ朝姫」
渋る白花に、じれったくなったのか綾瀬が催促するが、
「うーん、ごめん。あたしも図書館で勉強しようと思う。いいよね、由愛ちゃん!」
ギュッと抱きしめ、自分の膝に新川を腰かけさせた白花はご満悦なのかドヤ顔をしている。
「ちょ、朝姫、やめい。恥ずいから……!」
「良いではないか、良いではないか!」
頬っぺた同士を擦り付ける美少女同士に、ごくりと生唾を飲み込む。
「静流もいいでしょ? あたしが教えてやるから!」
「えー、でも朝姫ちゃんは凡ミスが多いからねー」
「ぐッ、静流まで鷹宮くんみたいな酷い事いうの?」
急に鷹宮という単語を出すのはやめて欲しい。鷹宮という言葉はフィクションであり、実在の人物団体とは一切関係ないのだから。
しかし、白花が言った言葉は確実に波紋のように広がり、龍前がこちらを見つめる。そんな中、白花は俺に微笑みかけ、
「さっき話してるの聞いたけど、鷹宮くんたちも図書館で勉強なんでしょ?」
白花は人の気持ちをもう少し考えた方がいいと思う。
少しは龍前の気持ちを察してほしい。カラオケに誘ってそれを断られ、違う男子がいる図書館で勉強をするという意味を。
ただ単に白花は勉強したいだけだろうが、違う意味にもとれてしまう。俺にとって都合が悪い方に龍前が勘違いしなければいいが。
「……まあな」
「ふふーん、ならあたしに教えを乞うてもいいのだよ」
袖をまくり、唇をペロッと舐めて白花は得意げな顔をするが、何というか彼女を見ていると能天気すぎて自分の悩みなんて小さいことを実感できる。
でもこの現象って、空とか見て感じる事であって人を見てそう思うのは異常なのだろうか。
「そ、そっかぁ、わ、分かった。白花は図書館で勉強するのかー。じゃ、じゃあ俺ーー」
「うん、ごめんね龍前。今度また誘って?」
「……あ、ああ、了解」
ひきつった笑みを浮かべる龍前には、先ほどの爽やかな微笑みが跡形もなかった。俺は心の中で、イケメンリア充の龍前に対して一度合掌した。
声を大にして言いたい。
ドンマイと。
「ま、綾瀬にとっては良かったんじゃない?」
「う、うっさい、莉子。いいから」
小声で会話する綾瀬と栗原は、二人して顔を上げて。
「そっかー。じゃ、放課後は勉強組と遊び組に綺麗に分かれたってわけね」
「うむ。由愛ちゃんは分からないとこあったらどんどんあたしに聞いてねー?」
「いや、自分でできるし」
プイッとそっぽを向く新川に、ガーンと擬音が出るような顔をする白花。それを見てクスクスと微笑む川瀬。
まとめると、今日もクラスは平和なようだ。一部を除いて。