第7話:朝にバッタリ
次の日の朝。
弁当を紗由と自分の二人分用意してから、いつものように朝食を紗由に食べさせ、彼女を中学に送り出した。
それから俺はマンションを出て、藤堂と合流して登校する。特に待ち合わせしている訳じゃないが、二人共出る時間が一緒なのでこうしてよく一緒に学校に行くことが多い。
ちなみに藤堂は住宅街にある一軒家に住んでいて、父と母と姉と四人で暮らしている。
片親である俺の家を見かねてか、藤堂の家族は小さい頃から俺と紗由を気にかけてくれた。藤堂の例にもれず、両親とも厳つい風貌だが優しい人達だ。
そんな幼少期からの付き合いである藤堂英虎と、俺は昨日家に帰ってから起こった事を会話のネタにしていた。
「じゃあ誤解は解けたんだな?」
「ま、直前まで妹が操作してたんだ。そこまで大事にはならなかった」
「だが、今日は流石に気まずいだろ?」
「まあな」
何とか昨日の内に紗由が送った告白? のメッセージは白花に誤解だと弁明する事に成功した。しかし誤解は解けたが、何となく普通に接する自信がない。
「紗由はいつまで兄離れができないのか。全く嘆かわしい」
「そう言いつつ、世話してやるのがダメなんじゃ……」
横でぼそっと言う藤堂の言葉を無視する。結局何だかんだ言って、俺だって妹が自分から離れると寂しいのかもしれない。
それからも通学路を通り、他愛ない話を続けているとやがて学校の校門を抜けて校舎に着いた。
昇降口を通ると、下駄箱には丁度会話のネタにしていたクラスのアイドル、白花の姿があった。
昨日の件があり、俺は思わず目を逸らしたが、白花は気にした様子はなくいつも通り朗らかに接してきた。
「あ、おはよ、鷹宮くん」
「お、おう」
「……ふふ、もしかして緊張してる?」
今日も制服を緩く着崩し、八重歯を覗かせて笑う白花に少し見惚れつつ、
「いや、違う。元々俺は仲良くなっても明日には関係がリセットされているほど人見知りな性格なんだ」
「うんうん、その様子だと緊張も取れたかな」
そして白花は下駄箱を開け、上靴を取って履く。
短いスカートから覗く綺麗だがどこか肉感的な足に再び見惚れながらも、理性を総動員して俺は視線を逸らした。
しかし、靴を履いても白花はその場を動かない。
「どうかしたか?」
「いや、待ってるんだよ」
「ああ、なるほど。他の女子と下駄箱で待ち合わせか」
「……この状況ならどう考えても鷹宮くんたちでしょ」
呆れたとばかりに目を細める白花に、俺は若干驚きの気持ちを抱く。そして同時に、クラスに入った時の男子の眼差しを想像すると避けた方が良い気がする。
「いやいや、陰キャの俺がクラスのアイドルと並んで教室入るなんてできないっす。どうぞ、先に行ってください」
「……ア、アイドルとか、そんなことないし」
自覚がなかったのか、頬を薄ら染めた白花はジトッとした眼で俺を見る。そんな事されても可愛いだけなのだが。
「というか陰キャとか陽キャとか。リア充とか非リアとかそんなくだらない区分ないし」
「尤もな意見だが、昨日俺の事を陰キャぼっちって言ったのお前だよね?」
「……馬鹿な事言ってないで、行こ」
眼が世界水泳並みに泳いだまま、白花は顔を背けた。
ほら早くと言って先導する白花。
勢いよく歩き出したからか、スカートがふわっと揺れて視線が引き寄せられるが、何とか鋼の精神で耐えた。
しかし俺の涙ぐましい努力を無視するように、横で藤堂がぼそりと、
「惜しい」
その呟きを無視して、
「……はぁ」
何となくため息を吐いてから、俺は白花の隣に並んだ。
* * * *
白花と並んで廊下を通ると、彼女の人気の凄さが良く分かった。
やはり学年でも有名なのか、白花は男女問わず多くの声をかけられている。美少女で性格も良いとくれば、必然的に人気になるのだろう。
すれ違う同級生らしき通行人達に隣の誰? 的な視線で見られるのが鬱陶しい。俺だって同学年の大半は知らないので、まあ気にしないのだが。
渦中の白花は俺の気持ちなど露知らず、教室に着くと元気よく挨拶しながら固まっている女子の輪の中に入っていく。
俺と藤堂は白花が入った後ろの扉からではなく、わざと前にある扉から教室内に入ってそそくさと自身の席に着いた。これなら一緒に来たと思われないし目立たずに済む。
机に頬杖をつき、しばらく窓を見ながらぼーっとしていると、隣の席が引かれて白花が座った。
そして彼女はカバンから教科書類を取り出し、
「鷹宮くん、鷹宮くん。英語の宿題やってきた?」
「……宿題?」
初耳だった。
正直、授業は話半分でよく聞いていない。昨日の英語は確か先生の音読練習だった気がするが。
首を捻る俺を見て、白花は一度頷いてからニンマリと笑い、
「そうだと思った。見せてあげよっか?」
「いや、いい。そういうのは自分の力でしないと意味ないから」
「……真面目だけど、それは授業で寝てる人の発言ではないね。でも、いいの? もうすぐ中間テストも近いし、課題やってないと先生に怒られるよ?」
「……藤堂に見せてもらうか」
皆の前で怒られるのは目立つ。ここは最終兵器である藤堂に聞くしかあるまい。彼に頭を下げるのは癪だが、仕方ないだろう。
しかし俺が席を立とうとすると、白花は拗ねたように唇を尖らせた。
「そんなにあたしに見せてもらうのが嫌なの?」
「いや、違くて。答え間違ってると嫌だから」
俺の返しに呆気にとられた後、白花はムッとしたのか頬を膨らませ、
「し、失礼だぞ! あたしだってやる時はやるの」
「本当か?」
じっと目を見ると、視線が重なってすぐ白花の目が泳いだ。彼女の頬が赤く染まっている。
やはり己の答えに自信がないのだろう。
「やっぱり嘘か」
「い、今のはズルでしょ! というか、女の子の顔をじっと見ないの!」
「……女の子の顔は、ね」
「おい、喧嘩なら買うぞ?」
「冗談だ」
白花は意外とノリが良い。それが妹の紗由を思い出し、話していて楽しいと感じる。
「ふん、意地悪する鷹宮くんは嫌いですー」
白花は鼻を鳴らして、俺から顔をプイッと背けた。
だが、しばらくするとチラチラと視線を向けてくる。
もしかしなくとも構ってちゃんなのだろうか。とはいえ、俺が付き合う義理はない。構わず無視し続けていると、焦れたのか白花が話しかけてきた。
伺うように、大きな目を伏し目がちにして。
「あ、あの、冗談だからね?」
「……俺は白花の事、結構好きだけどな」
「え⁉」
一瞬にして顔を真っ赤に染めた白花を見て、
「冗談だから、な?」
白花は口を開けて呆けた後、次の瞬間には怒りに顔を染めて力強く拳を握り俺の肩を叩いてくる。
なんというか、昨日のメッセージでの告白には動じていないくせに、一瞬、顔を真っ赤に染めて照れたのは何故なのだろう。このくらい余裕で流すと思ったが。
ともかく白花の手を捕まえ、宥めるために言葉をかける。
「どうどう、白花」
「ぐ、このっ! あたしは馬かっ!」
殴りかかってくる手を取り握りしめて、身動きを取れないようにする。
例え美少女でも、誰だって殴られるのは嫌なのだ。ご褒美という者も中にはいるだろうが、俺はそっちじゃない。
加えて、この状況は物凄い居心地が悪い。
「周りを見てみろ。物凄い注目されてるぞ」
俺がぐっと顔を寄せ、小声で呟くとすぐに白花は一度パチクリと瞬きした。そして俺に握られている手と、周りのクラスメイトからの視線、それを首を順に捻って確認する。
その瞬間、火が出るんじゃないかという程、耳まで赤く染まり、大人しくなった彼女の手をそっと離す。静かに席に戻る白花を他所に、俺は他のクラスメイト、特に男子からの嫉妬交じりの視線を多く感じた。
俺としても目立つのは不本意だ。できれば白花とは関わり合いになりたくないが、それを本人に言えるわけがない。
彼女は俺のような陰キャにも心優しく接する人格者だが、やはり俺としてはクラス内の居心地が悪いと困る。ただでさえぼっち気味の俺が、クラスでヘイトを集めれば苛めに発展するかもしれない。
今の所、実害は特にないが、白花に明らかに好意を持つ龍前や三沢君に目を付けられるのは嫌だ。どうにか、ヘイトを回避する方法を模索する必要があるだろう。