第3話:弁当交換イベント
スクールカースト上位組の女子たちとの弁当交換イベント。
それは教室内にいる男子や女子の眼に入り、無駄に注目を集めてしまう。
再び俺の近くに座る事になった図書委員さんが右斜め前に座っているのだが、彼女もちらちらとこちらを気にしているのが見える。
龍前達男子も何やら遠くから窺うような視線を向けてきて、思わずこの状況にめんどくささを感じてしまう。
「うわ、美味しんだけど! このだし巻き卵!」
「出汁の味かなー、これ。あーし甘いのよりこっちの方が好きかも」
茶髪ロングのギャルっぽい女子と栗色の髪をボブカットにした二人の女子は、藤堂の弁当に満足気に声を上げていた。
それもそのはず、藤堂はこう見えて女子力が高い。誰得だよという感じだが、昔から藤堂は実の姉に虐げられてーーこほん、やらされていたせいで家事全般は得意なのだ。
藤堂家に邪魔した時も彼の両親は仕事で忙しいためか、料理の担当は彼なので幾度も手料理をごちそうになった。だから、料理のレベルが高い事は知っていた。
「ふふん、次は唐揚げ貰うねー」
「……」
「ほら、杏達は藤堂くんの貰ってるから、由愛ちゃんと静流は鷹宮くんで我慢しようねー!」
「いや、だからあたしは別にいらんと言ってるのに」
「……聞いてないよ、朝姫ちゃん……」
ぶっきらぼうに断りを入れる童顔美少女、というかもはやロリっ子美少女に、苦笑して続けたゆるふわタレ目美人。そんな二人を無視して俺の弁当を味わう可愛さ100点、図々しさも100点の白花さん。
美味そうに頬を緩め、目を細める姿を見れただけで許してやろうという気持ちになる。可愛いは正義という言葉が何だか分かった気がした。
「うまうまーだぞー、二人も食べよ食べよ」
しかし、ほくほく顔で人の弁当を食べ続ける白花の姿に、いい加減俺は呆れたような視線を向けざるを得ない。
ここで、そんな白花の様子から流石に興味を持ったのか、隣にいるロリっ子は俺に視線を向けて、
「……いいのか?」
「あ、大丈夫っす」
基本的に目立ちたくはないが、すでに手遅れであることは事実。だったら、少しでも美少女たちと絡むことが最善なはず。
それに白花は良くて他はダメというのも体裁が悪い。
ロリっ子美少女はぶっきらぼうに謝ってから、俺のハンバーグを自分の弁当に取り、そこで二つに切り分けてその一つをぱくりと口に運んだ。
自分が作った弁当が他人にどう評価されるか見物していると、童顔美少女は瞬間、目を見開き、
「……う、美味い」
動揺する彼女と俺の視線がかち合うと、
「……っ」
思わず恥ずかしそうに視線を下げた。その姿を横目で見ていたタレ目美人は、ロリっ子美少女の弁当から箸で残ったハンバーグを口に運び、
「お、おいしい……」
口元を押さえて目尻を柔らかくする彼女から、どこかにじみ出る優し気な雰囲気。
彼女はグループの僧侶枠というわけだ。
すると、今度は二人共俺に向かって自分の弁当を差し出してきた。ロリっ子美少女の方は片手で、タレ目美人は両手で弁当を持って、
「……やるよ。えっと、味は保証しないけど」
「……ふふ、ならわたしのもあげます。ひじきは自信作なんですよー」
なるほど。そういうことか。
俺はカバンに手を入れ、財布を取り出す。そして中から一枚の野口さんを手に、
「これで足りますか?」
「え、いやいやなんでお金⁉」
「……こ、これただのお返しなんです、けど……」
美少女たちの戸惑いに割って入るように、白花がクスクス笑いながら口を開いた。
「鷹宮くーん、美少女の弁当にお金払いたくなる気持ちは分かるけどー、これはお礼の気持ちだから」
「……なるほど。俺は選択肢を間違ったのか」
「うわ、選択肢とかギャルゲーっぽい! オタクだ、オタクー!」
「……ギャルゲー知ってるんですね……」
思わず俺の口から洩れた小さな呟きは、結局誰の耳にも入らなかったようだ。
俺と白花のやり取りに焦れたのか、仕切り直すようにロリっ子美少女がずいっと椅子を近付けてくる。
「とりあえずほら。肉じゃがやる。自信作……だって母さんが言ってた」
「えっと、取りにくいなら、わたしが分けてあげますねー」
「ほれほれ、じゃああたしのメロンパンもやるってば」
白花が差し出すパンを無視して、俺は弁当におかずを分けてくれる垂れ目美人をぼんやりと見つめる。
そしてこの後の展開を脳内に思い描く。
とりあえず美味いと言っておけば、この場はしのげるだろうという結論に達した。
しかし弁当を食べ終わっても、昼休みが終わるわけじゃない。
クラスメイトとの弁当交換イベントというリア充的なイベントの末、俺は何とか凌ぎ昼食を終えた。そして弁当を片付けて一段落つくと、白花が何気なく、といった口調で呟いた。
「そういやーさ。鷹宮くんと藤堂くんて仲良しなんだよね?」
その質問に興味を引かれたのか、スマホをいじっていた茶髪のギャル風少女、綾瀬杏と栗色の髪をボブカットにしている栗原莉子が同意の声を漏らした。
ちなみに二人の名前は先ほどまで分からなかったが、彼女達が交わす会話から聞き取りに成功した。
「それな。見てて思ったけど、ふつーに友達っぽい?」
「分かるわー、鷹宮くんてみんな不良に絡まれてる可哀想な生徒だと思ってたけどさー」
それは寝耳に水だった。藤堂とは幼少期から隣にいるのが当たり前だからか、高校生になった今俺達二人が周りにどう見えているか分からなかった。
「……一応藤堂とは幼馴染だな」
「え、うそー! なんか面白いね。根暗な陰キャと不良で正反対じゃん」
いや、白花さん。そういう事は思ってても口に出しちゃダメですよ。
「……マジか、じゃあお前が友達できないの俺のせいだった?」
対面の椅子に座る藤堂は、意外そうに眉を上げて俺を見つめた。そんな彼をフォローしようと俺が声をかける前に、
「いや、それは鷹宮くんのコミュ力の問題だから」
「……」
白花が慰めの言葉をかけるが、藤堂の代わりに今度は俺が傷ついた。
そして間髪入れず、ロリっ子、新川由愛とタレ目美人、川瀬静流が口を開いた。
「確かに。こうして接してみるとユニークな所とか分かるけど。パッと見、鷹宮って陰キャっぽいよね。笑ったとこみたことないし」
「ちょ、ちょっと由愛ちゃん……確かにそうだけど、はっきり言い過ぎだよぉ」
いや、もうその言葉でとどめ刺されましたけど。というか君ら、絶対俺の事嫌いだよね?
「……まあその通りだからいいんですけどね」
「あー、もしかして拗ねちゃった?」
顔を寄せてくる白花から香水の匂いなのか、柑橘系の香りがふわっと鼻に入ってきて俺は思わず顔を背けた。
「でも、あたしさっき鷹宮くんの笑顔見たんだよねー」
「ふーん、鷹宮って笑うんだ」
「……そういや、鷹宮が笑うのは妹と接する時が多いな」
思わず余計な事を言う藤堂を睨むと、今度は藤堂が相手をしていた綾瀬や栗原まで会話に入ってくるようになる。
そして白花がこのシスコンめーとふざけて肩を叩いてきた時、俺は誰かの視線を感じてそっと視線を向ける。
「……」
龍前のグループにいる一人の男子生徒が、こちらをじっと睨みつけていた。俺と視線が合うと、すぐに逸らされる。
だが、確実に俺を睨んでいた。
正直、昼休みになってから彼女らと話していた間、何度かこちらを見ている事に気付いてはいた。
しかし、心配しないでほしい。俺は自分の分をわきまえている。
彼女らと俺がどうこうなるはずないが、彼女らが好きな男子にとっては接するだけで嫌なのだろう。
余計な面倒ごとは嫌いだ。
「悪い」
一言言って席を立つ。
それから昼休みが終わるまで、俺は席に戻る事はせずトイレで過ごした。
* * * *
五限目は英語だ。
春の穏やかな空気と食後にやってくる眠気が皆を襲い、英語の音読練習が先生の発音練習に変わっていた。
そして最後の六限目は体育。眠気を吹っ飛ばすには丁度良いが、できるだけ動きたくない俺にとっては面倒でしかない。
女子は専用の更衣室が用意されているため、着替えを持って教室を出て行く。
そんな中、藤堂が荷物を片手に近付いてきた。
声を潜めて、ある一人の生徒に視線を向ける。
「おい、昼の事。気付いてるか?」
「……まあ」
その質問と視線の向きだけで、俺はある程度察する事ができた。
「アイツの名は、三沢陽大」
龍前と親し気に会話をする、鋭い目付きの少年を見つめる。
龍前は柔らかな顔立ちの王子様タイプのイケメンだが、三沢くんはクール系で少し顔付きが藤堂よりと言えばいいか、とにかく鋭い眼付きが特徴のイケメンだ。
「……」
「どうせ知らなかったんだろ。ラブコメでいう恋のライバルになるかもしれない奴の名前だ。覚えておけよ?」
「……黙ってろ。何がラブコメだ。そういうのはね、一部のリア充のみが実現できる夢物語だから。浴衣でデートとか、俺にとっては雲を掴むような話だ」
ともかく藤堂の冗談は一旦置いておくとして。
三沢君とやらは女子の上位カーストの内の誰かが好きなのだろう。他の男子が、それもクラスで目立たない者が彼女らと親し気にしていれば負の感情も溜まっていく。
しかしそれも、俺が接触を控えればいいだけの話だ。
そんな考えに至った時、藤堂が顔をしかめて口を開いた。
「……それにしても三沢か。嫌な名字だな」
「何かあるのか?」
「……お前、覚えてないのか?」
そんな事を言われても覚えていない。隣で眉根を寄せて考え込む藤堂には、何やら三沢という名字の者と因縁があるらしい。
俺と藤堂は中学は別々だったので、彼の中学時代にどういう出来事があったのかよくわからない。それでも家が近いので頻繁に会っていたが。
ただ覚えているのは、中学の時に彼が大勢と喧嘩して大怪我を負ったというのは記憶にある。しかしその件とは関係ないだろう。
俺は軽く考え、体育着へ着替えて藤堂と一緒に体育館に向かった。




