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第26話:風邪



 雨の日に傘も差さず帰った翌日。


 俺が朝起きると、まず最初に感じたのは怠さだった。

 起き上がるのも一苦労。


 身体を動かすのがとにかく億劫に感じて、更に自分の意識にまるで靄がかかっているように朦朧とする。


 頭がガンガン痛くて、何だか身体が熱い。


 もしかして俺は……。


「このまま……死ぬのか……?」


「……いや、馬鹿なの?」


 近くから冷めた声が耳に届き、ふと薄く眼を開けると、既に制服を纏った愛する妹の紗由が呆れたような眼で俺を見ていた。


「馬鹿って何……馬鹿って……」


「ただの風邪でしょ。兄ぃ、昨日ずぶ濡れで帰ってきたから」


「……こ、これがただの風邪って……だって鼻水は出るし喉は痛いし頭痛いし熱はあるし……」


「うん、全部風邪の症状だから」


 紗由はそのまま俺の額に冷たい手を置き、反対の手で自分のおでこを触って温度を比べる。

 ひんやりとした手が心地よく、思わず眼を閉じる。


「あっついよ、兄ぃ。今日は学校休むべきだね」


「……いや、行く」


 白花に月待の事を頼んでおいて、自分だけ学校を休むのは嫌だ。というか、俺がクラスにいなかったら月待は二組の教室に来るか分からない。

 まあ別に今日でなくても良いのだろうが、昨日の件が脳裏をよぎる。


 昨日、月待は傘を持ってきていたはず。だとすると、何故帰りの時間には紛失していたのか。

 答えは一つしか浮かばない。


 俺が休んでいる間も、彼女に嫌がらせが続いているかもしれない。傘が無くなった時の月待の沈んだ表情を思い出すと、何となく行かなければという思いになってしまう。


「絶対ダメ。何なら紗由が看病するくらいの案件だから」


「それこそ、ダメだ……お前は学校行け」


 妹に看病してもらいたい気持ちは山々だが、内申点などを考えると休ませるべきではないだろう。

 そんな兄の思いとは裏腹に、むうと口を尖らせる紗由は、眉根を寄せて不満げに口を開いた。


「風邪の時学校行くのはクラスの人達にも迷惑だよ。もうそれは一種のテロ行為だから」


「……なら俺はテロリストか。世界に革命を」


「こわッ」


 素で引いた反応をする紗由に軽くイラっとしつつ、重い身体を動かして起き上がる。


「ちょ、ほんとに行くの?」


 紗由が背中を支えてくれる。

 彼女と眼を合わすと、本当に心配そうに目尻を下げている妹が確認できた。


 しかし、それでも俺は行く。


「……はぁ、行きたくねぇ……」


「じゃあ何で行くの?」


 その問いに返す言葉は持ち合わせていない。






*    *    *






 

 心配してくれる紗由を何とか言い宥め、俺は家を出た。


 とは言え、具合が悪い中身体を動かすのは辛い。朝の登校時間が酷く面倒に感じる。


 どんよりとした雨模様の空は今日も変わらず。

 小雨が降る空に向かって傘を差し、怠い身体を意思の力で強引に動かしていく。


 いつもの時間に出たため、通学路の途中バッタリ藤堂と出会いそのまま並んで学校へ通う中。


 俺は一つ、幼馴染でもある彼にしか頼めないお願いをしてみる事にした。


「……藤堂君藤堂君」


「絶対嫌だ」


「いや、まだ何も言ってないんだけど……」


 俺の隣を面倒そうに顔をしかめて歩く藤堂は、明後日の方に視線を向けてため息を零す。


「じゃあなんて言おうとしてたか言ってみろ」


「……肩、貸してくんない?」


「だから絶対嫌だって断っただろ」


 信号待ちの途中、勢いよく水たまりを跳ねていく車にイラっとしつつ、自身の頭を傘を支える手とは逆の手で押さえる。


「その様子だと俺が追試を受けてる間、お前はお前で災難に見舞われたようだな」


「……」 


「……風邪、ひいたんだろ?」


「……」


 藤堂に一瞬で看破される。

 俺の状態は目に見えて分かる程悪いのだろうか。


 いや、幼馴染だからこそ俺の状態の変化が手に取るように分かるだけなのか。だとしたら普通に怖くて引くが。


「昨日、お前傘持っていったよな? もしかして誰かに貸して雨の中走って帰ったとか?」


「……何で分かる?」


「……マジかよお前……」


 少女漫画のヒーローかよと言いつつ、藤堂は胡乱気な眼差しで横目に見てくる。


「つーか風邪の時は学校休むだろ普通。何で学校来てんだ。もう一種のテロリストだよ、お前」


「……俺の妹と、同じボケをするんじゃねえ」


「いや、知らねーよ。つーか俺に移すなよ? まあ俺は病原菌なんかには負けないだろうが」


「……そりゃあ病原菌が病原菌に負けるわけないだろ。だって病原菌だから同族だもん。仲良くしてるわけだ」


「……俺が病原菌だって言いたいわけ?」


 拳をグーにして俺に見せながら首を傾げる藤堂に、俺は疲れたように肩を落とすだけ。

 風邪の時は軽口を叩き合うのも一苦労だ。


「……体力を消耗してしまった。今の会話で今日の分のエネルギーを全て使ったわ」


「速攻保健室ルートだな、これは」


 それではダメだ。

 せめて昼休みに白花と月待に関わりを持たせてから保健室に行く。


 今後について考えつつ、藤堂と適当に会話をしながら歩いていると見慣れた校舎を見えてきてホッと一安心。

 校門前では車で送られてくる学生も中にはいて少し恨めしい気持ちになる。


 とは言え、俺だって家と学校までの距離が近いわけで。今日ほどその事に感謝した日はない。


 しかし人が入り乱れる校門前で、立ち止まっている人物は目立つ。それが人目を引くほどの美少女だと特に。

 色素の薄い髪を持つ少女が一人、右手に自分の折り畳み傘、左手に昨日俺が貸した傘を手に持って立っていた。


「……あれ、お前の傘じゃね。という事は……」


「……察しの通りだ。けど、律儀に登校時間に俺が来るのを待ってたとは……」


 色素の薄い髪を持つ美少女ーー月待に近付くと、彼女はすぐに俺達に気付いてパッと顔を明るくする。


「あ、タカ。お、おはよう」


「ああ。もしかしなくても待ってたのか?」


「う、うん。だって早く返さないとって」


「……別に帰りでも良かったんだが」


「気持ち的に早く安心したいから」


「……いや、そんなに返却したかったの?」


「そ、そんなつもりじゃなくてっ」


 フルフルと首を振る月待の仕草はどこか小動物を彷彿とさせ、心が和む。


「お礼、言いたくて、待ってた……だから。昨日は、ありがとう……」


「……ああ。まあそれは、当然というかね……」


 正面から言われたら、少し照れ臭くて頬を掻く。

 月待も照れたように頬を赤らめ、話題を急いで変えた。


「そ、それにしても昨日は風邪とかひかなかった?」


「……いやひいてないから。ひくわけないから。何なら真冬に寒中水泳とか鷹宮家の基本だから風邪とかひいた事ないんだよな」


「……嘘をつくな、嘘を」


 横でぼそりと呟いた藤堂の言葉に、


「え、嘘? 風邪、ひいたの?」


 不安そうな顔で首を傾げた月待に俺は早口でまくし立てた。


「いや、大丈夫っすよ。嘘なのは当然真冬に寒中水泳の方だよ。藤堂君は言葉足らずだなぁもう」


「……クク」


 俺の方を見て笑いをこらえて居る藤堂に怒りを抱くが、この場では何も言えない。

 というか、いつまでも校門前で喋っているのは目立つ。


 さっさと教室に行くべきだ。


「さ、教室行くぞ」


「……う、うん」


 僅かに心配そうに俺を横目で見てくる月待に、内心はドキドキしている。具合が悪い事を悟られたのではないか。

 大体かっこつけて自分から傘を貸したのに、次の日に風邪をひいて学校へ登校してくるとか恥ずかしすぎる。


 それを貸した当人に心配されて申し訳なさそうにされるのはもっと恥ずかしい。


 中学の時、合唱コンクールで音痴なのにめっちゃでかい声で歌っていた唐沢君くらい恥ずかしい。


「い、一限目さ。今日選択授業だよ」


「……選択授業……?」


 校門を抜け、昇降口に辿り着き。


 校舎内に足を踏み入れ、そのまま並んで月待と藤堂と三人で教室に向かっている時。

 雑談として珍しく月待の方から会話の種を蒔いてくれた。


「う、うん。芸術の授業。音楽と美術」

 

 珍しく嬉し気に声を弾ませる月待の様子に目を瞬きつつ、藤堂と視線を通わせる。


「……俺らは美術、だったな」


「まあな。音楽とか皆の前で歌うとかありそうで怠いし」


「やっぱり。そうだった……」


 嬉し気に目尻を垂れさせる月待に、何故喜んでいるのか鈍い頭で理解するのに時間がかかったが。


「……そういえば一組と二組、合同授業か」


「そ、そう……」

 

「ハハッ、なんだ月待、俺らに会えるのがそんなに嬉しいのか?」


「ち、違うしッ……ふ、不良さんとは別に……」


 頬を膨らませつつ朱に染める月待に再び藤堂がからかう声を入れる。

 その掛け合いを横で聞きつつ、俺はどうにか体調が悪い事をバレないようにしなければと気を引き締める。


 ズキズキと痛む頭を左右に振りつつ、教室がある二階へ続く階段に足をかけた。


 


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