第25話:雨の中
本日からちょくちょく活動再開していきます。
それとご報告となりますが、おかげさまで席替えの第一巻が発売されました。
興味がある方は活動報告をご覧いただけると幸いです。
帰りのホームルーム。
中津先生の話を適当に聞き流しながら、俺は外を確認する。
今朝見た天気予報通り、空に展開された分厚い雲からしとしとと雨が降り出していた。
外の部活動に所属している生徒はもろに影響を受けるが、俺は帰宅部だ。空が晴れていようが雨だろうが関係ない。
むしろ俺の好みで言ったら雨の方が好きだ。
授業中、窓に当たる雨音が耳朶に心地よく響いてよく眠れるからである。
「ーー最後、今日の放課後から中間の補修が始まる。中間で赤点取った奴は教室に残るように。その他の者は速やかに帰宅するか部活に行け。以上」
強くもない弱くもない雨音に紛れて、教師の声が耳に届く。
そしてその言葉にクラスメイトの何人かからため息が漏れる。
白花の友人である綾瀬などはあからさまに不満げな声を上げるが、担任の中津先生はそれらを黙殺してホームルームを終わらせた。
俺の唯一の友人である藤堂も補修がある。
彼が放課後の時間に拘束されるという事は、今日俺は一人で家に帰宅する事になるだろう。
偶には人と関わらずに雨の中、静かに帰るのも悪くない。
ホームルームの後、隣の白花は新川達と部活へ。
藤堂はそのまま教室に残り。
俺は一人、昇降口に向けて足を運んだ。
廊下を通るときに一組の生徒が既に廊下に出ていた。
どうやら一足先に一組はホームルームが終わっているようだ。
同じ帰宅部というか、部活に所属していない者達はクラスにいても数人程度。
それは他のクラスも同じのようで、廊下の人通りは少ない。
昇降口にも人の気配は僅かで、だからこそ挙動不審な動きをする人物は目立ってしまう。
俺は目を僅かに細める。
傘立ての付近で見覚えのあるシルエットがオロオロしていた。
俺は靴を履き替えた後、色素の薄い髪を持つ少女の背後に立って、
「どうしたんだ、月待」
「ーーふわっ!」
大袈裟に肩を揺らし、振り返って俺と視線を通わせる少女の反応は小動物みたいで少し面白い。
しかし、
「あ、タカ……」
振り返った彼女の表情は悲しげで、俺は嫌な予感がよぎって尋ねてみる。
「……どうかしたか?」
「……い、いや……」
言い淀む月待の表情はやはり陰りを帯びている。
俺はもしかしてと思い、傘立てに目を向け、次に月待へと視線を戻して確信する。
今日の天気予報は雨の予報だった。
学校に登校した朝の時間帯から天気が悪く、いつ降り出してもおかしくない空模様だった。
傘立てを見ると生徒の傘で埋め尽くされている。
それなのに彼女の手には傘がない。
「……傘、忘れたのか?」
その問いに、月待は無言で首を横に振る。
「じゃあ……なくなったのか?」
「……う、うん。誰かが間違えて持っていっちゃったのかな……」
シュンとする月待に、俺はどう言葉をかけようか迷っている時に、
「……で、でも大丈夫。お気に入りじゃなかったし」
「……そうか」
澄ました顔をしているが、無理に表情を作っている感が否めない。
俺は昨日の出来事を思い出す。
机に入っていた紙。アレを彼女は読んでいない。
もし今回の件が嫌がらせだったとしたら、これからもこうした出来事が続くかもしれない。
何回も続けば、彼女は気付いてしまう。自分に向けられている悪意に。
「……」
「ど、どうしたの怖い顔して……」
「……何でもない」
今考える事はこれからどういった行動を取るべきか、だろう。
俺は昇降口を出て空を見上げる。変わらず雨が降り続いている事を確認してから彼女の方を振り返って、
「……傘、貸すから。立ち往生してても始まらない。お気に召すかは置いておいて、傘があれば帰れるだろ?」
「……へ?」
呆けている月待の手に、俺は傘立てから自身の傘を手に取り彼女に持たせようとするが、
「だ、だめ……わたし電車だから、た、多少濡れても大丈夫だよ」
「……電車通学だったら余計に貸す。降りたら歩くだろ? 元々傘を持ってきているという事は自転車の線は消えるし、駅が家からまあまあ遠いという可能性も考えられる」
「そ、そんなことないよ?」
図星を突かれたように目を泳がせる月待だったが、それでも首を縦に振らない。
「タカは歩きでしょ? わたしは予備の傘持ってるから」
「嘘つくな。だったらもっと早く帰ってるだろ」
「……ぬ、濡れても平気だもん」
「……頑なだな」
思わず内心で苦笑する。
ただ、俺としてもこのまま月待を帰らせるわけにはいかない。
傘を貸さずに知り合いの女子を置いて、自分だけ悠々と帰るのは後々後悔する事になるわけで。
月待が抱く遠慮という名の壁を取り払う必要があるだろう。
「……月待、俺達友達だろ?」
「……え?」
月待は目をぱちぱちと何度か瞬き、キョトンとした顔で俺を見つめた。
そんな彼女と視線を合わせ、俺は次の言葉を言い聞かせる。
「貸し借りは友達の基本だ。受け取っておいた方が良いはず」
「と、友達の、基本……」
ふむふむと頷く月待の様子に内心ちょろいなと思いつつ、俺は彼女の手に自分が持ってきたビニール傘を握らせる。
そして月待がまたごね始める前に、
「……明日返してくれればそれでいい。それじゃ」
「ーーえ? い、いやいや、ちょ、ちょっとっ!」
俺はそのまま雨の中をカバンを頭の上に掲げて走り出す。
何故だが藤堂の姉が中学生の時に読んでいた少女漫画を思い出した。
確かアレは物静かな性格の変わったイケメンの少年がヒーローで、不良の女子が主人公の少女漫画だった気がする。
雨の日、主人公が傘を忘れてきてしまい、ぼーっとしている時に傘を背中越しに当てられ、
『使えば?』
とそう耳元で囁かれ、キュンとときめく主人公の描写があったはず。そしてごねる前にヒーローも一人走って帰り、ヒロインは「……もうっ」と言いながら嬉しそうに相好を崩す。
何故今、それを思い出したのかも分からない。
だが、実際に俺も漫画を見せてもらった時ーー横で藤堂姉は一人盛り上がっていた気がするがーー俺としては作中の二人に「なんだこいつら」としか思わなかった事だけははっきり覚えている。
だってただ傘を貸しただけで何故ドキッとするか意味が分からないし、なんでヒーローがわざわざ耳元で囁いたのかも理解できない。
ちゃんと向き合って言いなさい、全く。
「……と現実逃避しつつも、やっぱり雨の中走るのはキツイな……」
大雨、とは言えないが小雨とも言えない天気の中。
ワイシャツがどんどん肌に張り付いていく感触が気持ち悪い。
久しぶりに走って、走って。
ずっと家と学校を往復するだけの日常の中で、帰宅部の全力を出してみたのだが。
俺は運動不足を痛感してしまった。
「大分息切れ、するなぁっ……」
体育祭も近い事だし、少しは鍛え直したりしようかと悩んだ。