第23話:悪意
二章について、納得いかない部分があって書き直し中です。24話以降をお読みになった方は大変申し訳ないのですが、また新しい話を今度はもっと面白くなるよう頑張りますので、お許しください。
突然の事で、本当に申し訳ないです。
既に校庭で活動を始めたのか、野球部やサッカー部の掛け声が中庭に届いてくる。
そんな中、目の前には頬をパンパンに膨らませ、涙目で憤りを露にした美少女がいる。
その色素の薄い髪色をした美少女、月待紬は両手で身体を抱きしめて地面にしゃがみ、震えながら俺を睨んでいた。
「み、見ないで……!」
「いや、もちろん見ませんけど、このままって訳にもいかないだろ?」
「……つーかどういうこと?」
俺と藤堂は後ろを向いて会話を続けようとするが、背後からは「うー」と唸り続ける声しか聞こえてこない。
未だ混乱している様子の月待を伺っていると、隣で困惑する藤堂が小声で話しかけてきた。
「……鷹宮、まずあの滅茶苦茶可愛い子誰?」
「知らないのか、お前。さっき川瀬が言ってただろ。この子が中間トップの天才、月待紬さんだ」
「……お前、また美少女と……」
「な、なんだ、その眼は……?」
藤堂は鋭い眼付きを細め、胡乱気な視線を俺に送る。
しかしまた美少女と言われても、これは偶然に奇跡が重なっただけであって、俺から何かして知り合ったわけではない。
「うー、み、見られた、絶対見られた……」
「いや、見てないって。大丈夫だ」
「う、うそ……絶対見た……」
沈んだ声が耳に届く。確かに水色の下着がバッチリ見えてしまったが、この場では言わない方が賢明なので嘘をつく。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかないだろう。
「とりあえず月待、着替え持ってるか?」
状況を打破するための疑問を発するが、中々返答は来ない。
しばらく無言の時間が過ぎるが、やっと落ち着いたのか背後からおずおずと声を返ってきた。
「……あ、ある、けど……体育着」
「なら話は早い。俺と藤堂が着替え取ってくるよ」
「は? 俺もか?」
「……俺だけ行ったらここで二人っきりだぞ。お前、襲うだろ?」
「馬鹿か! 犯罪になるわ!」
「ひぅ……ふ、不良、怖い……」
「おい、違っ、んな事するわけねえだろっ!」
弁明のためか、勢い余って藤堂が後ろに振り返ろうとするが、肩を掴んで止める。
「とりあえずそれでいいな、月待。自分で取りに行ってもいいが、その恰好で校舎の中、歩くの嫌だろ?」
「あ、そ、それはそう。あ、ありがとう……」
納得した気配を感じ、一先ず安堵で息を吐く。そもそも、この光景を見られたら何だか勘違いされそうで非常に嫌なのだ。
早くこの状況を脱したい気持ちが強まる。
「それで、体育着はどこにあるんだ?」
「……つ、机に置いてあると思う。あ、じゃ、じゃあついでにカバンも持ってきて欲しい。それもわたしの机の脇にかかってるから」
「分かった。机の場所は?」
「ま、窓際の一番前の席、だから。よ、よろしく、ね?」
「……了解」
それから俺は藤堂の背を叩き、行くぞと声をかける。
彼は渋々といった様子で顔をしかめたが、結局ため息を吐きつつ歩き始めた。
二人で中庭を抜け、速足で昇降口まで戻り。下駄箱で靴を履き替え、急ぎ一年一組の教室へ向かう。
廊下を数人の生徒とすれ違いつつ、階段を上る最中に藤堂が苦い顔で口を開いた。
「おい、鷹宮。体育着を取りに行くのはいいが。もし教室に誰かいたらどうするんだ……?」
それは俺も考えていた。
状況を客観的に見ると、女子の体育着を漁る他クラスの男子生徒の図。
教室に誰かいた場合、高確率で厄介な事態になる事明白な状況だ。
「……その時は……変態の汚名を一緒に被ろうな?」
「……まさか、それ狙って俺も連れて来たんじゃねえだろうな?」
「いや、それ狙って連れてきたに決まってるだろ」
「ふざけんなよ! 俺は嫌だぞ、お前だけで行け」
「ここまで来たら行くしかないんだ。諦めろ」
「不良で変態とか、更に煙たがられるに決まってるだろ! 折角、話しかけてくれるようになった綾瀬や栗原からも絶対嫌われるぞ⁉ もう帰る、俺は」
階段の途中で足を止めた藤堂を振り返り、俺は上の段から彼を余裕に満ちた態度で見下ろす。
「いいのか、それで。もう勉強教えてやらないぞ? ノートも貸してやらん。宿題だって見せない」
「ぐっ、い、痛い所を突きやがって……」
「……お前に選択肢はないんだよ。さっさと行くぞ」
「……ちっ、しょうがねえ。誰もいない事を祈るしかないか」
舌打ちをしつつ、藤堂は暗い顔でそう呟いた。
いや、そんな悲壮的にならなくても、きちんと事情を説明すればいいだけだろうと思わなくもない。
が、これ以上、無駄な問答をしている場合でもない。
二人そろって階段を昇り終え、一学年の教室がある廊下に着いた。
急いできたため、二人そろって汗ばんだ額をシャツで拭う。これからが夏本番だと言うのに、今からこれではキツイ。
そして、俺達はまず二組により、自分達のカバンを回収してから手前にある一年一組に向かった。
廊下自体は放課後という事もあり、人通りがほとんどない。
「俺らの教室には誰もいなかったな」
「……白花とかいたら彼女に取って来てもらう作戦もあったんだが」
「確かに。だがもうほとんどの委員会は終わってる。お前んとこの美化委員が最後の方だったんだ。これなら皆、部活に行くか下校してるかのどっちかなはず」
「フラグを立てるな。そういう事を言ってるといたりするんだよ」
雑談をしつつ、五組の教室にやってきた俺達は扉に備え付けてある窓から人の有無を確認する。しかし運の良い事に、教室には誰の姿もなかった。
「ふぅ、良かった。安心、安心」
「……確か席は窓際の一番前、だったよな」
「そうだ。ほらアレだろ、早く取ってこい」
藤堂が指を差して促した先は月待に確認した彼女の席、窓際の一番前の席だ。
机の脇にカバンと体操着が入った袋がある。どうやら間違いないようだ。
そのまま机に近寄り、カバンと袋を手に取る。
「袋の中身、広げなくていいのか? 本当にあの女子の物か確認したらどうだ?」
「そうやって俺を女子の私物を調べる変態に仕立てようとするな」
「ちっ」
舌打ちをする藤堂に思わず呆れた眼を向ける。先ほどのやり取りを根に持っているのだろう。
そもそも、カバンには綺麗な字でわざわざ”月待紬”と書いてある。体操着の方だって確認しなくても、大方彼女の物のはずだ。
というか、彼女はカバンに毎日教科書を詰め込むタイプなのだろうか。
妙にカバンが重いのだ。
俺や藤堂はテスト前にしか教科書持って帰らないので、基本机に入れっぱなしなのだが。
「真面目だな月待は……って、これは……?」
そんな真面目な彼女の机の中に、見えるように紙切れがはみ出して入ってあった。もらったプリントを仕舞い忘れたのだろうか。
思わず手に取り、広げてみると、
「おい、鷹宮。こいつは……」
「……」
女子の字だ。
その紙切れには、悪口が書いてあった。
調子に乗るな、ブス、男子に色目使うな、キモイ。
このまま俺達が気付かなければ、明日の朝に登校してきた月待が見る事になったであろう物。
「イジメられてるのか、アイツは……」
首を傾げ、顎に手を添えて考える藤堂に対して、俺は月待に対する他の生徒達の反応を思い出す。
「いや、違うな。多分だが、月待を気に入らない誰か一人の仕業だろう。美化委員で活動中、周囲の生徒が彼女を見る眼は随分と好意的だった」
憧れの女子、そういう存在に向ける視線だった。
決してイジメの対象に向ける憐みや嫌悪、そういった悪意ある眼には見えなかった。本人は嫌われていると思い込んでいたようだが。
そう、その思い込みを勘違いだと証明していけばよかった。
本当は皆に好かれていたのだと。
そうすれば彼女はすぐに周りと打ち解け、仲良くなれるはずなのだ。
しかしその思い込みが事実になったとすると、彼女は一体どういう反応をとるか。
「もしこの悪口を書いた人物が、クラスである程度発言権のある奴だと厄介な事になるぞ」
「……でもよ、月待っつったか? あれ相当な美少女だったろ。ならアイツだって多くの友達がーー」
「それがいないらしい、一人も」
「は?」
口を開けたまま固まる藤堂に内心苦笑する。
その反応は数十分前の自分とおそらくそっくりなはずだから。
「とにかく。これは一旦、俺が預かる」
「……鷹宮、どうする気なんだ?」
悪口を書いた犯人を探すのは、俺だけの力では不可能だ。
筆跡から割り出そうにも、他クラスの女子、それに知り合いもいないクラスに俺が入るわけにもいかない。
誰かに相談もしたくない。
事を大きくしたくないのだ。
月待の耳に、この件を入れるつもりはない。だから犯人捜しはしない。する必要もない。
あのコミュ障女子は思い込みをしている。
本当は人から好かれているのに。彼女は自虐的に自分を見すぎている。
これが事実で良いのだ。
本当に陰で悪口を言われていた、などそんな状況には俺がさせない。
同じ陰キャ同士、ここは一肌脱ごうではないか。
「……藤堂、月待はきっと一人だから狙われたんだ」
「一人だから?」
「ああ。彼女が友達、それも学校で超イケイケな面々と仲良くなれば、迂闊にこんな方法取れなくなる」
「……なるほど、読めたぞ鷹宮」
俺だってもしかしたら、隣に不良である藤堂がいなければクラスでイジメられていたかもしれない。
集団を相手するのと、一人を相手するのではやはり手の出しづらさが違ってくる。
これは予想だが、犯人の動機を男子に人気な月待への嫉妬である、と仮定する。
そして手紙という手段で嫌がらせしてきた。
しかしぼっちの月待には相談する相手もいないし、誹謗中傷に立ち向かう勇気もあるかどうか。いや、おそらくないだろう。
一人で抱え込み、やがて周囲の人を避ける。
周りがみんな敵に見え、最終的に行き着く先は……。
「その未来を回避するために。あのコミュ障女子には二組で一番輝きに溢れるあのリア充(笑)と友達になってもらおう」
「……そーだな。お前の頼みだったら協力してくれるかもな。でも、あっちは結構複雑な気持ちになると思うが、それも込みで面白そうだ」
「……どういう意味?」
「なんでもねえよ」
ニヤリと笑みを浮かべる藤堂の様子に疑問が浮かぶが、とにかくまずは月待に体育着を届けるとしよう。
そして明日から月待を多少強引にでも二組のリア充グループに入れる。月待のコミュ力のレベルアップも測れるし、まさに一石二鳥だ。
そして仲良くなった暁には、二組のトップカーストの女子たちに彼女の後ろ盾になってもらえば良い。
例えこの方法が根本的な解決にならなくとも、ある程度の抑止力は期待できるはずだ。




