第22話:月待紬
クラスで人気だからと言って、それがリア充に繋がるかと言ったら話は別なのだろうか。
ミステリアスな美貌を持つ少女、月待紬の正体が、ただのコミュ障女子だったという衝撃的な事が判明してから数分後。
動揺から未だ抜け切れていないが、時間は待ってくれない。
既に校舎周りのゴミ拾いを終えて、現在は他の美化委員と共に中庭にある花壇の方へ向かっている所である。
当然最後尾についていくのだが、そんな俺の隣を歩くのは”眠り姫”(笑)の異名を持つ色素の薄い髪をボブカットにした美少女である。
並び立って歩けば、俺に向けて他の美化委員たちから興味本位の視線がちらほら向けられる。
その視線に居心地悪そうに身体を縮め、月待は俺の背後に隠れるように歩いていた。
そんな様子を横目に、思わず眉間をぐにぐにと揉む。
彼女に自覚はなくとも、やはり容姿の美しさという一点で彼女は目立っている。
あの月待さんが誰かと歩いている。それだけでこうしてひそひそと話し声が聞こえるくらいには。
しかし、本当に人気者の自覚が本人にないのか気になった俺は、歩きながら確認のために指を一つ持ち上げ、
「……月待、もう一度、確認をいいか?」
「な、なに?」
「クラスメイトから見られて、ひそひそ話されてるって言ってたよな。それは本当なのか?」
やはりと言えばいいか、その問いに月待は悲し気に俯いた。
その姿に演技の気配は全く見えない。
「……そう。皆、わたしを影で根暗とか、ぼっちとか、嘲笑ってるに違いない……」
「なるほど。やっぱりそういう考えね……」
「ほ、ほら、あの美化委員さん達も……わたしを見てひそひそ……うぅ……」
ブルブル震える彼女の様子を若干呆れた眼で見ていると、顔を上げた月待が今度は俺に向けて質問してきた。
「……タ、タカは、同じような経験ないの?」
「ちょっと待った。タカ?」
質問を答える前に思わずツッコミを入れると、不満げに月待は唇を尖らし、薄らと頬を朱に染めた。
「……さ、さりげなく呼んだのに、流してくれなかった……」
「いや、さっき名前覚えたって言ってたよね? というか初対面だぞ、俺達。普通だったら名字で呼ぶだろ」
「……な、なるほど。タイミング、早かった……?」
「そうだな、今のは早すぎたな」
「……コミュニケーション、ムズい……」
首を捻って肩を落とす月待の姿に、思わずそっとため息を零す。
マイペースというか何というか、とにかく今まで会った事のないタイプの人間だった。
「じゃ、じゃあ、どのタイミングならあだ名で呼んでいい……?」
というか、まだこの会話続けるの?
「え、いや、そこは仲良くなってからだろ」
「な、仲良くなったっていう定義は、どこにあるの……?」
「て、定義? それは、多分だけど自然と話せるようになったらじゃないか……?」
「……じゃ、じゃあ自然と話せるの定義は……?」
「……」
「……ね。コミュニケーションって難しいよね」
わたしと同じだね、みたいにぽわっと笑いかけてくる月待に内心、イラっとする。君よりは絶対マシな自信があるわ。
そんな事を考えている内に中庭に足を踏み入れる。
中庭は正直、一学年には馴染みの薄い場所だ。
昼休みには開放されているが、基本は先輩方が使っているので一学年は利用していない。
だからか、目に映る光景が新鮮だった。
まず視界に飛び込んできたのは、周囲にある均等に並べられた木々である。
庭師の方々が手入れしているのか、木々以外の盆栽なども綺麗に整っていた。そして足場は敷石レンガに覆われていて歩きやすい。
その上、傍には芝生スペースもあるし、ベンチなんかもいくつか置いてあって休憩場所には丁度良いかもしれない。
そんな中庭の中で、花壇は端の方にあった。
「……草取りか……この暑い中でやるのは面倒だな……」
「……で、でも、花は、好き……」
俺のぼやきに対して、控えめに笑う月待に思わず見惚れる。
しかし、前を行く生徒達の話し声により我に返った。
「じゃあ取り掛かるか。ったく先輩方も手伝ってくれてもいいのに……」
「まあそう言うな。皆でやればすぐだろ。さっさと終わらせようぜ」
「はぁ、早く部活行きたーい……」
ぼやきながら花壇に足を踏み入れる美化委員たちの背に続き、俺と月待も早速作業にとり掛かった。
しかし黙々と喋らず、作業をするというのは高校生にとっては辛いものがあるのだろう。
一人の生徒が話始めた事がきっかけで、周囲はにわかに騒がしくなってくる。
そんな中、無心で草取りをする者が一人。
「んしょ、んしょ……」
小さく掛け声を呟き、雑草を引っこ抜く月待を見つめる。
「……ほんとに人見知りなんだな」
皆と話さず、俺のそばにいるのは同情でも何でもなくただ友達がいないからか。
「え、う、うん。でも、タカもそうでしょ?」
「……そのあだ名でこれからいくの?」
「ダ、ダメ……?」
「……いや、ダメじゃないが……」
「あ、あだ名ってちょっと憧れてたの……なんか親しい感じ、するから……」
ぽわっと力が抜ける笑みを浮かべた月待を見ていると、何だかそれで良い気がしてくる。
あだ名なんて正直、高校生にもなって付けられるのは少々恥ずかしい。
しかし、それを伝えると悲し気な顔になるのは明白なので、心中にとどめておく。
それから俺達の間では会話もなく、草を取り続けて十数分で花壇は綺麗になった。
しかし、暑い中でそれだけしていれば汗をかかない方が不思議だ。
頬から滴り落ちる汗をシャツで拭い、一息に立ち上がる。
隣を見れば、ワイシャツが汗で張り付き、僅かに下着が透けて見える月待の姿が。
薄い青色の下着が、その大きな果実を包んでいるのが薄らと見える。理性に抗い、目を逸らそうとしても引き寄せられるのは男の性なのか。
「……ふぅ、終わったね?」
「あ、ああ」
しかも彼女、全く自分の状態に気付いていないようである。
「……お、おい、あれ……」
「うわ、えっろ……」
「ちょ、男子!」
流石にその様子を見た他の女子が月待に状態を伝えようと駆け寄ってくるが、月待は驚いて俺の背後に隠れてしまう。
「……あ、えっと……つ、月待さん……?」
「……は、はひ……」
動揺して首をこくこくと振る彼女の様子を見て、俺と状態を知らせに来てくれた女子は目で話し合う。
(そんなに仲良いならどうにかして、月待さんの事)
(……異性の方からこういう事を伝えるのはですね、非常に気まずいと言いますかーー)
しかし、無言の反論を取り合わずあっさり彼女は俺から視線を切り、背を向け離れていく。
他の美化委員たちもこちらを気にしつつ、委員会が終わってそれぞれ部活に行く者や下校の準備に入る中。
俺は必死に頭を回転させ、どうやって彼女に今の状態を気付かせるか考える。
しかし人もいなくなったので、ここはもう素直に直接伝えた方が良いかと思い、
「おい、月待。その、言いにくいんだが……」
「ひい……!」
声をかけたのだが。
突然、脅えたように俺の背後に回ってシャツを握りしめ、ギュッと身体を寄せてくる月待にドキッと心臓が跳ねる。
柔らかな感触が背中に当たり、ふわりと香る汗と女子の甘い香りが混ざり合って生々しい。
「お、おい、ちょ、ど、どうした、月待ーー」
「おい、鷹宮。お前、何やってんの?」
「……ふ、不良……だよ、タカ……ど、どうしよう、お、お金、持ってません……す、すいません、ゆ、許して下さい……!」
委員会が早く終わって迎えに来たのだろう。
「と、藤堂……」
やってきた藤堂はポケットに両手を突っ込み、背後であわあわしている月待を見て、くいっと眉を上げて尋ねてきた。
「どういう状況?」
「……それは俺が知りたい」
無力感が自身を包む。
俺は額を手で押さえた後、未だに怯える少女に向けてとりあえず彼を紹介した。
「どどどうしよう、お、お金、今は、そのーー」
「落ち着け、月待。これは俺の幼馴染、いや友達……知り合いの藤堂英虎くんだ」
「ども」
くいっと軽く頭を下げる彼を見て、ビシッと固まった月待は次にさっと俺から身体を離してぎこちなく首を向け、
「へ? じゃ、じゃあタカも、ふ、不良なの……?」
「違うわ。もうアレだな、とりあえず順に話していきますから。で、その前にまずは目のやり場に困るのでソレ、何とかできませんか?」
「え?」
そこでやっと自身の恰好に目を向けた月待は、頬を一瞬で真っ赤に染めて、
「ふぎゃああああああああ!」
勢いよくしゃがみ込む彼女に対して、俺は両手を耳に当ててそっとため息を吐いた。




