閑話:その後
side藤堂英虎
勉強机に向かって、ひたすらシャープペンを握る手を動かす。
机に置かれたのは、綺麗な字でまとめられた精巧なノート。
これは俺、藤堂英虎が幼馴染である鷹宮仁から借りてきたものである。
今日は日曜日。
穏やかな天気と過ごしやすい気温も相まって、昼寝に丁度良い気分なのだが、そういうわけにもいかない理由があるのだ。
簡潔に言うと、明日から中間テストが始まるからである。
そのため、朝からこうして自分の部屋に籠り、机に広げたノートの内容をひたすら覚え、問題を解いていく時間を過ごしているわけだ。
中間テストがすぐだと言うのに、昨日は鷹宮に頼まれてわざわざ二つ分駅が離れた町の映画館の前に張り、いつ三沢竜司が来るか彼に教えるという警察や探偵みたいな真似事をさせられた。
ビルの影から監視したりしていると、街の人々からは不審げな眼差しで見られるなど、散々な目にあったわけだが。
なので、腹いせに彼の自学ノート全てを俺がぬすーーおほん、預かっている所である。
こんな事をしても、結局アイツはすまし顔で80点くらい余裕でとってくるのだ。
マジでイラっとする。
そう思って手に力を込めた瞬間、シャープペンの芯がポキリと音を立てて折れる。
思わずため息を吐きだし、時計を一度確認する。
集中力も途切れてきた事だし、少しばかり休憩しようと俺がスマホをいじりだした瞬間、
「ーー入るぞ、トラ!」
許可すらとらず、扉を蹴り開けて部屋に入ってきた人物を振り返って一応確認する。
我が家で俺の事をトラと呼ぶ存在は一人しかいないため、分かってはいるのだが。
というか、年頃の弟の部屋にノックすらしないで入るとかもう既に頭がおかしいと思う。何度もノックしろと言っているのだが、俺の言うことなど聞くはずがなく。
彼女は、本当に外見だけは完璧なのだ。身内の俺でさえそう思うのだから、世の男連中にとってはまさに高嶺の花に見えるだろう。
俺にとっては安値のブロッコリーでしかないが。
寝ぐせ頭でそこかしこが跳ねた茶髪の髪。そしてクールさを演出する切れ長の目にすっと整った鼻筋、男の視線を集めるプルッと色気溢れる唇。
加えて、体型は男の理想を具現化したボンキュッボンであるのだが、神様は完璧な人間というものを作らない主義らしい。
代わりに中身が非常に残念な俺の姉、藤堂暁葉がアイスの棒を片手に俺の部屋に入ってくる。
それを顔をしかめて眺めながら、
「……いい加減、トラって呼び方止めろ。動物じゃねえんだよ、俺は」
「じゃあ英虎だからヒ〇ラーになるぞ、いいんか? あ?」
「……もうそのままでいいです、はい」
勉強して疲れているのだ。
ツッコミを入れるのも面倒だと感じてしまう。
そうこうしている内に、彼女は部屋にどっかりと胡坐をかき腰を下ろした。
服装は薄手のシャツ一枚にショートパンツのみという部屋着であり、正直色々はみ出している気がするが特に何も感じない。
むしろその姿に嫌気がさした。
そもそも、彼女は何しに来たのか。昼飯を作れとでも言いに来たのだろうか。さっき作ったばかりなのに、全くしょうがない姉である。
そんな俺の考えも知らず、彼女は呑気にぺろぺろと舌でアイスを舐めながら、
「あんた昨日さ、アイツに会ったんだよな? い、いや、全然興味ねーけど……」
「……会ったと言えば会ったが……」
姉は興味ないと言いつつ、身体をそわそわと揺らしている。
分かりやすいにも程がある姉だが、残念ながら彼女は本人を目の前にするとツンデレが加速してしまい、今日に至るまで気持ちが全く伝わっていない。
だから少し焦らせる気持ちも込めて、つい余計な事を言ってしまった。
「……クラスのアイドルの問題を解決してきたんだよ」
「は……?」
意味が分からないと首を傾げる姉に、俺はほくそ笑み、
「いやー、アレは完全に落ちたね。鷹宮も結構モテるからなー、もちろん俺ほどじゃないが……もしかして既に連絡とか取り合ってたりして」
「……ふ、ふーん」
そっぽを向く姉だが、動揺が丸わかりだった。
なぜなら、既にアイス食べ終わっているのに、まだアイスの棒を舐め続けている。そして貧乏ゆすりも激しい。
「姉貴、この話に興味ないのか?」
「そ、そーだな。全く興味ねえけど……ま、まあ暇つぶしくらいにはなりそうだし? く、詳しく聞かせろ。何があったんだ?」
「……興味ないならいいんじゃね、聞かなくても。この話は結構重い話でなー、あまり他人に言いたくないし」
「いやいや、大丈夫じゃねえか。きっとその子も話して楽になるだろ?」
「話すのは俺だから楽もクソもねーんだよ。あー、うざってぇ。聞きたいなら聞かせて下さいって素直に言えや! だからあんたはーー」
「うるっせえなぁ! 大体、そのノートってアイツのだろうが! う、うわ、字、相変わらず超綺麗じゃん。ちょ、ちょっと貸せよ! 見せろよ!」
「おい、どうすんだよ、それ! おい、止めろ! 破けるって、おま、あっーー」
とにもかくにも、こっちの姉弟も仲良しである。
そして何より賑やかだった。
sideout
* * * *
休み明けの学校。
中間テストにより、皆わいわいとぼやく声が聞こえだす昇降口。登校した生徒達の多くが、学校の玄関とも言えるそこで会話を広げながら校舎へ入っていく。
そんな中、校舎の裏手では静かに。
二人の男子生徒が向かい合っていた。
「それで。兄の様子はその後どうだ?」
「……大人しくしている」
三沢くんは静かにそう言い、静かにほっと息を吐いた。
そんな彼の様子を見て俺も確信した。やはり、自分の考え通りだったようだ。
「……やっぱり三沢くんは白花と三沢先輩が付き合っていた事を知ってたんだな?」
「……な、何故そう思う……?」
眼を見開く三沢くんに、俺は校舎の壁から背を離して歩き始める。
そんな俺の様子を三沢くんは怪訝そうに見ながら、二人並んで校舎の方へ歩き出した。
「ここで俺が三沢くんに絡まれた時、一つ俺から質問した事あっただろう?」
「……」
「俺が白花の情報を兄に流せって言った時、三沢くんは驚いたよな。”なんでお前が兄貴の事を”って」
「……それがなんだ?」
「あの驚きを最初、俺は”何故俺に兄がいる事を知っているんだ”ってそっちの驚きだと思ったが」
しかし、違っていたのだ。
だからこそ、彼はここまで俺に協力してくれた。
「アレは”なんでお前が兄貴の事情を知っている”っていうそっちの驚きだったんだろう?」
「……」
歩き続けていた足が止まった三沢くんに、俺は振り返って推論を述べる。
「三沢くんは困るよな。このまま放っておいたら、いつか兄が令賀丘に通う白花を突き止めて、学校まで来てしまう」
「……」
「そうなると当然、学校側に知れ渡るし問題が大きくなる。身内の恥でもあるし、何より君の想い人の新川に嫌われると思った。実の兄が親友の白花のストーカーにでもなってしまえば、君の信用さえなくなるわけだし」
そこまで言うと、彼は俺を見て一歩下がり声を震わせた。
「お前……どこまで……」
そんなに驚く事でもないのだ。少し考えれば分かる。
「……これは君の行動から推測しただけだ。兄の行動、仲間、時間帯。俺にとって都合が良い情報を実の弟である三沢くんが次々と流してくれたおかげで対処できたわけだ」
そう、都合が良すぎたのだ。
いくら想い人である新川に近付かない、そう条件を出した所で、よく知りもしない俺に家族の情報をほいほい渡すのは不自然だ。
それが不仲である家族であっても。
「……仕方なかったんだ。今回はお前に頼む他なかった」
俯く三沢くんに、俺は一つの可能性が脳裏をよぎり尋ねる。
「……まさかと思うが、誰かに俺を紹介されたか?」
「っ……ま、まあな。だが、誰かは言えない。ただヒントなら与えていいと言われた」
つまり、その言い方だと俺が三沢くんの背後に潜む人物に辿り着くと気付いていたわけだ。
そしてその人物は学校の将来的な問題事を、俺を利用する事で解決に導いた事になる。
別にそれは良いのだ。
途中から利用されてやろうと思ってやっていたわけだし。その事に関して腹は立っていない。
しかし、黒幕探しは暇つぶしとして面白いと思った。
藤堂が喜びそうな案件だ。
六月からは、謎解きとでもしてみようかとすら思う。
「そのヒントってやつを、教えてくれるか?」
「……あ、ああ。クラスの中心。それが……ヒントだ」
「……随分と優しいヒントだな。もっと難しくしても良かったんだが」
という事は、その黒幕は俺に早く辿り着いて欲しいわけだ。つまり、今度は俺が嫌がらせとして無視するという選択肢も出てきた。
適当なお遊びに付き合って黒幕探しをするか、無視するか。
それも含めて検討していくとしよう。
時期は未だ五月の下旬。
高校生活は、始まったばかりなのだから。
 




