第2話:白花朝姫
席替え。
友達がいない奴、又は少ない奴は総じて嫌いなイベントなんじゃないだろうか。
まあ歴戦のぼっちならどんな場所、席になっても自分には関係ないとばかりにATフィールド全開にして周りとの関係を遮断するのだろうが。
かくいう俺も中学の時は藤堂がいなかったので、クラスでは完全に歴戦のぼっちだった。
しかし、そんな理性の塊である歴戦のぼっちの張る拒絶オーラを、ぶった切れるただ一つの方法がある。
「あ、鷹宮くんが隣なんだ。よろしくね!」
「……はい」
美少女に話しかけられる。
それだけで脆くも俺が張ったバリアーは意味をなさず、更に名前を覚えてもらえているという事実に嬉しさと感動を持って、涙すら出てきそうになるほどだ。
だから美少女はぼっちの名前を覚えようね、みんなそれだけで嬉しくなっちゃうから。
……あれ、そういう話だっけ(錯乱)
こんな状態だからか、朝のホームルーム中に中津先生が何やら言っていたがあまり頭に入っていない。
ホームルームの終了を告げる予鈴と共に、先生が教室を出て行く。そうすると再びクラスは騒がしさに包まれる。
俺はこの時ばかりは藤堂の姿を探すが、彼はなんと俺とは真逆の廊下側一番前の龍前の後ろという不遇な席だった。
「おーい!」
藤堂はどうやら龍前の前に集まる女子たちに道を遮られ、通行の邪魔になっているようだ。俺と視線が合って困ったような顔をしている。
ともあれ龍前の近くには人だかり、藤堂の近くには誰もいないという対照的な図が離れてみていると面白い。
「鷹宮くんってば!」
俺は自分の近くをぐるっと見渡し、俺と同じ名字を持つ者がいないかどうか確認してから、隣で声を上げる白花と視線を合わせた。
近くで見ると、改めて顔はそこらのアイドルやモデルより余裕で整っていると分かる。
可愛い外見に反して、呆けたように口を半開きにしているため、年相応のあどけなさを感じとれた。
「なんでしょうか」
「いや、なんで今見渡したの?」
「近くの席に鷹宮がいないかどうか確認しました」
「当たり前じゃん、クラスで鷹宮くんは一人だけだよ」
そうなのか。基本的に俺はクラスメイトの名前を相当目立つ奴しか記憶していない。もしかして白花は全員の名前を覚えているのだろうか。
「でも俺に話しかけたわけじゃないのに返答したら勘違い野郎になるじゃないですか。俺はもう二度とあんな思いはしたくなかったので」
「経験者だったんだ……」
苦笑する白花に、何とも言えない面持ちで俺は視線を逸らした。しかし、会話はそこで終わらない。
彼女は持ち前の明るさを発揮してぐいぐい来る。
「というかなんで敬語? あたしたち同級生だよ!」
「……実は飛び級で」
「え、うそッ⁉」
ガタッと席を立つ白花にクラスの何人かが視線を向けるが、
「嘘ですけど」
真顔で返すと、白花は目を丸くした後に僅かに頬を朱に染め、居心地悪そうに席にゆっくりと座った。
その気まずそうな反応に、
「なんか、すいませんでした」
「……こいつ馬鹿なんじゃねって思ってる?」
「……すいませんでした」
「思ってるよね、思ったよね⁉」
もういいとばかりにプイッと顔を背けて、白花は席を立ちあがった。そうして女子の群れに帰還して、ひそひそと会話を広げているようだった。
あの中で俺の悪口が交わされているとしたら三回くらい死ぬ自信があるが、まあ彼女の性格からして大丈夫だろう。
白花朝姫は男女問わず好かれる。実際にこうして話をしてみると十分納得を得られた。
あの性格を作っている、つまり演技しているならそれはもう将来は女優で決まりだが、話してみた感じそんな事は一切感じられなかった。
まあ俺の観察眼がバグってた可能性もあるが、入学一か月でスクールカーストトップに君臨するアイドルの凄さをまざまざと見せつけられた感じである。
しかし、親しく接してくるのも今だけだ。例えるなら、引っ越ししたばかりで隣の部屋に挨拶している段階なのだろう。
少し時間が経てば、きっと俺に絡むことはなくなるはずだ。
一限目の授業は数学。
数字を見るだけで眠くなってくる俺にとって、この時間は本当に眠気との勝負。昼食を食べ終わった後の五限目よりはマシだが、それでも溢れ出る眠気は抑えることができない。
ウトウトと舟をこいでいる俺の右肩に、ちょんちょんと刺激が届いた。
横をぼんやりと見れば、綺麗な八重歯を覗かせて白花がニヤッと笑っていた。
「ダメだぞー、寝てちゃ。次、当てられるの鷹宮くんだったでしょ」
そういえば数学の堀越先生は出席番号順で当てにくる先生なので、一か月で既にた行に到着していた事を思い出した。
「ノートも取ってないでしょ。このままじゃ、あたしを馬鹿にした鷹宮くんがみんなから馬鹿にされるぞー」
「別にいいです。俺はクラスでもキングオブぼっち。失うモノなどなにもないので」
「いや、かっこいい事言ってるようだけど悲しすぎるから」
残念なモノを見るような眼差しで見られ、俺は頬を掻いて誤魔化した。
「良かったら見せてあげよっか?」
再び視線を向ければ、今度はニヨニヨといやらしい笑みを浮かべる白花の姿が。
どうやらさっきの仕返しのつもりなのだろう。
そんな時、
「--えーでは、この問題は鷹宮くんにお願いしましょうか」
教壇に立つ堀越先生が眼鏡をくいっと押し上げ、教室内を見渡した。席替えしたために俺がどこに座っているか分からないのだろう。
俺は手を挙げて、
「あ、後ろでしたか。では、答えをどうぞ」
立ち上がって黒板を見れば、書かれてあるのはなんてことのない方程式の問題。隣でふふんと得意げな様子でノートを差し出そうとする白花を無視して、
「……X=-3」
「正解です、着席していいですよ」
ぴたりと止まった白花。椅子に座ってちらりと横を見れば、白花は何やら不満げに唇を尖らせている様子。
「くっ、できるんかい」
「眠いだけで、できないとは一言も言ってませんから」
「……な、何でだろう。敬語が妙に腹立たしくなってきたっ」
再びつーんとそっぽを向く白花の子供っぽさに、俺は妹を思い出した。すると、横目で俺を見ていた白花が眼を見開き、薄らと頬を赤く染めた。
「……ふ、ふーん……」
「……どうかしました?」
「いや、笑うんだなーって」
「……俺は人形じゃないです」
「知ってるわ、そんな事!」
それっきり白花は会話を打ち切った。少しだけ白花の様子が気になったものの、自分から尋ねる程ではない。
会話が終わると、俺も再び眠気との戦いに戻る。
その後、二限、三限、四限と無事に眠気との戦いを何とか乗り切った俺は、ついに昼休みになった。カバンから弁当を取り出して机に置き、身体をグッと伸ばしながら欠伸を噛み殺す。
授業では度々、白花に邪魔されてあまり眠れなかった。だが、授業で眠るのは俺が悪いのでそれに関しては何も言えない。ただ、意趣返しなのか定規の尖った所で起こすのはやめて欲しいものだ。
俺が定規で刺された跡をさすっていると、
「鷹宮んとこで食わせてくれ」
「藤堂か。なるほど、あっちは龍前がいるからか」
目付きの悪い金髪の不良がオレンジ色の布に包まれた弁当箱を持ってくる。周囲からは既に驚愕の眼差しはない。
不良然とした姿に似合わず、藤堂がこの一か月間、毎日弁当を持ってきているからだ。
俺の前の席の男子は、やってきた藤堂に怯えて席を立った。しかし、藤堂はラッキーとでも言わんばかりに空いた席にどっかりと座った。
そして彼は俺と対面になるように椅子の向きを変え、俺の机に弁当を置いた。
「いやー、外見だけで萎縮されるなんざ最初はうっとおしいと思ってたが、最近は便利な使い方もできるもんだな」
「お前も大概ポジティブだな」
二人そろって弁当箱を開ける。しかし、藤堂は何やら気になったようで左を見ながら眉をひそめて、
「龍前の近くは近くでやかましいが、こっちも大概だったか」
白花の席の周りでは多くの女子が集まって弁当や購買で買ったパンを広げている。当然、大人数が集まると総じて話し声も大きくなるので、隣に座る俺にとってはやかましく感じる。
本来なら学校には食堂があるのだが、春休みに改修工事をしていて現在は利用できない。
来月からは使用可能になるという噂で、現在は多くの学生が弁当や購買で食事を用意していた。
ちなみに教室で食べる者が多いのは、中庭や屋上などは二年や三年の先輩方が使っているかららしい。それが学校の伝統的な風習なのかもしれない。
二人して弁当を広げ、中身を開けるとそこには色とりどりの多彩なおかずが用意されていた。俺や藤堂にとってはそれがいつも通りなので、二人共大して気にせずに箸を持ってごはんの蓋を取り、さあ食べようと言う時に、
「ほー、何とも美味しそうな弁当ですな。それ手づくり?」
購買で買ったパンを片手に、白花が覗き込んできた。彼女の近くにいた女子たちが彼女の行動に呆気に取られる中、俺たちは顔を見合わせて、
「……まあそうです」
「やっぱりか! えっと、もしかして藤堂くんもだったり……」
「そうだな。意外かもしれんが、手作りだぞ」
藤堂が気負いなく肯定したその瞬間、白花の背後で聞き耳を立てていた女子たちがきゃあと盛り上がった。
「えー嘘でしょ。藤堂くん、見た目に反して料理好きとか!」
「ウケるんですけど!」
白花の友達なのか、二人のギャルっぽい見た目の女子が笑い声をあげ、そのまた後ろの童顔で小柄な美少女と身長が高いタレ目をした黒髪美人な女子もまた意外そうに目を見開いていた。
「藤堂、お前のせいで俺のインパクトが下がった」
「そりゃ悪かったな」
女子たちの喧騒を他所に、二人は弁当を口に運ぼうとするが、
「ちょいちょい! 二人して何を食べようとしているか!」
白花が手を差し込んで食事を止めると、それが合図のように女子たちが興味深そうに俺ーーではなく藤堂を見つめる。
「ちょっと興味あるわー、特に藤堂くんの弁当とか」
「うん、あーしもそっち。怖いイメージしかなかったけど、なんかちょっとありかも」
今までは彼女らと席が離れていたため、注目されなかったし、何より白花に目を付けられていなかったので二人共誰にも邪魔されず弁当を食べていたのだが。
藤堂の方を見れば、既にギャルっぽい女子に弁当をつつかれていた。
あれはもう手遅れだ。俺の方は誰も注目していないはず。再び箸を進めようとすると、
「はい、ストップ。注目度が薄い鷹宮くんもちょーだい!」
「……」
「ほら、メロンパン、半分あげるから」
「……」
「由愛ちゃんと静流も食べたいよねー?」
「え、いや、あたしは別にいらんけど。というかちゃん付けやめろ」
「えっと、わ、わたしも……」
あっけらかんと断ったポニーテールの童顔の美少女に、少し遠慮気味に断るゆるふわパーマのタレ目美人。
しかし、白花は関係ないと言わんばかりに俺に手を伸ばしてくる。
「でもあたしは欲しいのです! ほらほら、箸ぷりーず」
いつまでも俺が答えないと、聞き分けのない子供を言い含めるような眼で箸を取り上げられた。
「愛想がないぞー。全く、そんなんだから友達少ないんだよ」
「……クリティカルヒットした」
その呟きは、無情にも白花に無視された。