第17話:デート<後編>
映画を見終わり、館内アナウンスに従ってシアター内から退出する間際。
はしゃぐ白花を横目に、俺は凝った肩を片手をグーにしてトントンと叩く。
結局、最後まで俺のジュースを飲んでいるとは気付かず、白花は現在、能天気に映画の感想をペラペラ喋っていた。
「いやー、面白かったね! 特にラストのバトルと歴代のヒーロー達が集結する場面はーー」
ジュースなどのゴミを捨てながら、早口で言う白花の話を適度に相槌を打ち、スマホを確認しながら歩く。
時刻は正午を過ぎているが、映画館で間食を挟んだためかそこまで腹は減っていない。かといって、昼食を食べられない程、腹は膨れていない。
順当に行くとここで昼食なのだが、そこは流れもある。
とりあえず外に出てから考えるかと思い、エスカレーターに乗って一階に降りた。
そして館内の外に出ようと足を向けるが、その瞬間、ポケットに仕舞ったスマホが震える。
「む、連絡ですか……」
「……悪い」
スマホを取り出し、画面を確認する。
内容を見て、すぐに俺はスマホを閉じて白花の方を向く。小首をかしげる白花に、一つ提案をした。
「……昼食べる前に、先にゲーセンで少し遊んでいくか」
「え、急にどうしたの? まあいいけど……」
「映画館で間食挟んだだろ。そこまで腹減ってないんだ」
「なるほど。言われてみれば確かに」
頷いた白花はそれから自分のお腹を擦った。
しかし、その動作によって視線が下に引き寄せられる。すると男としての本能なのか、彼女のデニムショートパンツから覗く艶めかしい生足が視界に入ってくる。
今までそんなに気にしてこなかったが、一度意識してしまうとどうしても目がいく。
流石にジロジロ見るわけにもいかないので、スナイパーの如く眉間だけを見るようにしよう。
「悪いな。我儘言って」
「ううん、大丈夫だよ。あたしも遊びたかったしね!」
快く了承した白花はそれからたたたと走り、ゲーセンにあるユーフォーキャッチャーの前に行く。
切り替えが早いというか、やる事が決まればすぐに取り掛かるタイプと言えばいいか。
とにかく、今はそういう彼女の性格は都合が良い。
俺も僅かに遅れてつつ、白花の後を追って彼女の隣に並んだ。
ガラス越しに商品を順に見ていく白花は、
「ま、こんなもん、あたしにかかればいちころですよ!」
「……何狙いなんだ?」
聞くと、白花が指で示したのは、端の方にある異様なサングラスをかけたゴリラの小さなぬいぐるみ。
「この”無双ゴリラ”狙い」
「……それさっきの映画に出てきたヴィランだろ。普通、女子で選ぶ人いるのこれ」
思わず呆れるが、既に白花は俺の言葉が耳に入っていないようだ。
彼女は袖をまくって舌で唇をペロッと舐め、ガラスの中を真剣な顔で観察する。黙っていればおしとやかにも見えるが、彼女にはやはり明るい笑顔が似合う。
そして白花は「よし!」と頷き、財布から百円硬貨を取り出して入れた。
ゲームの開始を告げる音声が流れ、前かがみになりながら白花はボタンを押してアームを操作していく。
そしてアームで掴み、ぬいぐるみを持ち上げた所ですぐに”無双ゴリラ”がぽろっと零れ落ちた。その瞬間、白花は目を見開き、
「い、今掴んだじゃん⁉ なんでよ、なんでよ⁉」
思いっきり悔しがった。いや、子供かよ。
地団太を踏んで不満を露にする白花。
それから何回か挑戦するが結局、全部ダメだった。ズーンと沈む彼女を横目に見て、
「そんなに欲しいのか、これ」
「……欲しい」
「おい、期待に満ちた目を向けるな」
「……あたしだけ挑戦するのは不公平だよ。鷹宮くんも恥かいて」
「はぁ」
昔、紗由にせがまれてゲーム自体はやった事がある。
というか、今でも時々ゲーセンに一緒に行くとプレイすることはあった。その時の要領でやればいいだろう。
百円硬貨を入れ、ボタンを押して的確にアームを操作していく。
最初は薄笑いだった白花だが、俺の真剣な様子を見て彼女も段々と生唾を飲み、緊張し始めた。
「ここか」
絶妙な角度でアームを挿入。無事にぬいぐるみを掴み、空中まで持っていく。
その様子をガラスに顔を近付けて見つめる白花は、怪訝そうに口を尖らせる。
「えー、でもその角度じゃあすぐに落ちーー」
「はい、取った」
「は……?」
カタンと音がして、無事にぬいぐるみをゲットすることができた。
下から取り出して、それを白花に手渡す。
「え……?」
「プレゼントだ。ゴリラでも許してくれよ? お前が良いって言ったんだから」
すると、白花はきょとんとした後、じわじわと頬を赤らめ、ぬいぐるみをゆっくりと胸に抱え込んだ。
「……プ、プレゼント……なんだ。そっか、うん……じゃあ……大切にするね……」
「ああ、そうしろ」
目を細め、嬉しそうに笑う白花に、これが本当に欲しかったのだなと思う。
奇抜なサングラスをかけたゴリラのどこが良いのか、俺には全く理解できないが。
一通り嬉しそうにぬいぐるみを眺めた白花は、それを肩掛けバックに入れた。そして、大事そうにバックの表面を撫でた。
そんな彼女の様子を確認していた時、再び俺のポケットに入れたスマホが震える。
その直後。
確認しようとポケットに伸ばした手を止め、店の入り口付近に視線を向ける。
自動ドアを潜ってやってきた三人の男達は、そのまま店内をぐるっと見渡して。
なごやかな雰囲気の店内に、一気に冷水を浴びせるような声が響いた。
それと同時に、隣の白花が背筋をブルッと震わせたのが分かる。
「おい、竜司。本当にいたぞ、白花が!」
「うわ、マジだ。しかも中学時代より余裕で可愛いじゃん」
「……隣の男、誰だ?」
俺たちに向かって歩いてきたのは、三人組の青年達だ。
皆、チャラついた服装に加えて、全員同じようにガラが悪い。
一人目はロン毛を後ろで一つに縛った男。顔立ちは厳つく、身長も180を優に超えているであろう大男だ。
二人目は尖った金髪に細い眼が特徴の男。
身体も細身だが、見ればしなやかな筋肉を確認できた。
最後の三人目。
真ん中に立つ男、彼が一番、顔立ちは整っている。ただし目付きが鋭く、人によって好みが分かれる容姿だ。
そして何より、彼の眼差しはクラスメイトのある人物を連想させる。
しかし、今向かってきている彼の方がより鋭く、荒々しい雰囲気を纏っていた。
両方のポケットにそれぞれの手を突っ込み、不敵な笑みを浮かべるその男と視線を合わせる。
「よう、朝姫。一年ぶりだな?」
「あ……うぁ……み、三沢、せんぱい……」
青い顔で小さくなる白花に、金髪の糸目の青年が鋭い目付きのイケメンを軽く小突いた。
「はは、怖がられてんじゃん、竜司」
「……天馬、少し黙ってろ」
鋭い目付きのイケメンが軽く睨むと、金髪の男は青い顔で身を引いた。
そこには、明確な上下関係があるように見える。
「お、おう。そんなマジになることねーだろ……」
「ふっ、雨傘はお喋りだからな、竜司が怒るのも無理はない。それより白花。隣の男は誰だ? 俺たちに紹介してくれよ」
「俺も気になるな。ぼーっと突っ立ってんじゃねえ。お前だ、お前」
大柄な青年と、鋭い目付きの青年から視線を向けられる。
おそらくだが、鋭い目付きのイケメンが三沢パイセンだろう。下の名前は会話の流れから推測すると竜司か。
ともかく、尋ねられたら答えるのが道理だろう。
「……俺は白花の恋人ですが」
「……!」
俺の返答に驚いたのか、白花が俺の袖を掴んで首を左右に振る。
涙目で何かを訴えようとするが、言葉にしなければ伝わらない。
すると、三沢パイセンとやらは俺達二人を不思議そうに見比べ、薄く唇の端を吊り上げて嘲笑した。
「ク、ハハハハハッ、笑わすなよ。彼氏? 随分と釣り合ってねえカップルだなぁ、おい」
「……白花、荷物持ちの間違えだろ、訂正したらどうだ?」
腹を抱えて笑う三沢先輩に、その連れの大柄な男が俺の肩を組んで耳元で薄く笑う。
「なあ、荷物持ち。名前はなんて言うんだ?」
「鷹宮」
「ほう、下の名前は?」
「……すいません。口が臭いので離れてくれませんか?」
瞬間、大男の眉間にビキッと青筋が浮かんだ。
それを無視して、肩に置かれた男の手を振り払い、
「あんたらこそ、白花とはどんな関係なんだ?」
「はは。おいおい、彼氏面か?」
「随分と威勢がいいな、こいつ。好きな女の前だからか。ま、かっこつけたくなる気持ちは分かるが」
金髪糸目の男ーー会話から察すると、名は雨傘天馬ーーが馬鹿にするようにヒューと口笛を吹いた。続いて、彼は三沢パイセンの方を向いて、親指で背後にある店の出口を指し、
「竜司。お前は白花と積る話でもあるでしょ? 自称彼氏君は俺らと少し話し合いをしてるから、二人で楽しんで来いよ」
すると、ニヤッと笑った三沢パイセンが白花の手を強引に握った。白花は身を引いて嫌がるが、男の力で捕まれた手は、女性の力では決して振りほどく事はできない。
「な、なんで……い、今更……!」
「今更? クク、朝姫よぉ。俺にとってはまだ終わってねぇんだよ。俺達はただの一回喧嘩した程度だろ? そんなカップルそこら中にいるぞ。だからお前が何に悩んで不登校になったのか、今でも俺は疑問に思うな」
「い、いや、助けーー」
大声を出そうとした瞬間、白花の耳元に三沢パイセンが何事か呟いた。
口の形から言って、”目の前の男がどうなってもいいのか”、そう告げられたのだろう。
青い顔で頷いた白花は、俺の方を向いて無理に笑みを浮かべた。
歪で複雑な感情が入り混じったその表情は、いつも白花が浮かべる、名前通り一番に皆を照らす太陽のような笑顔ではなかった。
「じゃ、じゃあたかみやくん。あの、昔の、その、お世話になった先輩と話してくる、から。だ、だいじょうぶ、だから」
「……分かった」
ククと笑う三沢パイセンは、俺とすれ違う間際、
「だっせえなぁ、口ほどにもねえ。これに懲りたら、お前は身の丈に合った女を選んでおけよ」
ギュッと顔を俯かせ去っていく白花を見送ると、残った二人の男達が俺の視界に入ってくる。
「ははッ、実力行使に出られれば何もできない、か。竜司の言う通り、所詮口だけの男だったね」
「……俺を馬鹿にした分はコイツで支払ってもらうか。さ、楽しい楽しい肉体の話し合いと行こうぜ」
金髪の糸目は酷薄な笑みを浮かべ、大男は硬く握った拳を俺に見えるように掲げた。