第15話:デート<前編>
ついに迎えた土曜日の朝。
いつもなら紗由とダラダラ過ごすだけの休日だが、今日は一味違う。
何とびっくり女子と街に出かけて遊びに行くのだ。
一般的にデートと呼ばれるそれを、まさかクラスで空気の俺が経験する事になるとは思わなかった。
時計を見れば時刻は朝の9時。
次にカレンダーに視線を向けると、今日の日付の欄には妹の字で”兄ぃの初デート”と書かれている。
昨日、夜遅くに帰宅した父がカレンダーを見て、怪訝そうな顔で本当なのかと疑っていたが、正直俺も信じられない。
まさか休日にクラスのアイドルと出かける事になるとは。
しかし、ポケットに入ったスマホから電子音が響き、届いたメッセージの差出人を見て、これが夢ではないのだと実感した。
白花朝姫:待ち合わせは今日の十時です。決して遅れないように!
その後、ラノベヒロインが親指をグッとしているスタンプが送られてきた。
いよいよアニメ好き、というかオタク趣味を自重しなくなってきたなと少し呆れてしまう。
過去を知っているとはいえ、こうもあからさまだとクラスのアイドルとしてのイメージが少しずつ崩れてきた。
了解の文言を打ってスマホを仕舞うが、傍で俺のベッドに座り、様子を確認している紗由が興味津々といったふうに尋ねてきた。
「ねー、なんて返したの?」
「……了解とだけ」
「うわー、淡泊ー」
ベッドの上で足をプラプラさせた後、紗由は俺のベッドの中に入った。
そして彼女はほうと息を吐きながら、俺のベッドから頭だけ出した状態でスマホをいじり始めた。
「とりあえず策は練った。上手くいくかは分からないがな」
「……そういえば昨日の夜にデートプラン考えてたよね? というか、そもそも何でデートすることになったんだっけ」
「それは俺も知りたい」
白花が言うにはこのデートは俺をリア充にすべく行うものらしいが、今回は白花に無理を言って、とある目的のために今日のデートだけは俺に任せてほしいと伝えてある。
紆余曲折はあったものの、白花は何とかその申し出を了承してくれた。
これで一先ず、俺の目的を遂げる土台は用意できた。
最初に提案した俺のニセ恋人計画は崩れたが、代わりとなる新たな策をこのデートを使って実行する。
結局の所、ニセ恋人案は白花の元恋人に仲の良さをアピールして、諦めさせるという手法だ。
その相手が陰キャの俺では、きっと相手も諦めがつかないはず。
つまりこうなっては、遅かれ早かれ白花の元カレに俺が絡まれる事になる。
相手は中学時代、あの藤堂に勝つほどの不良だ。純粋な喧嘩の腕という意味では測れないが、少なくとも言える事は相当な武闘派であるという事。
そんな相手に目を付けられれば、確実に学園生活にも支障が出てしまう。
やはり俺としては、このまま白花とニセ恋人になるわけにはいかない。
勝負はこの週末、そして今日中にケリをつけるのがベストだ。来週から落ち着いて中間テストを受けられるようにするために、次の布石を打っておくとしよう。
スマホのグループRINEから一人の男子生徒を友達追加する。そして自分の頭の中に入っているデートプランを確認し、時刻と共にある情報も付け加えて送信した。
しばらく待ち、相手が既読した事を確認してスマホを閉じる。
今回の一件で、白花はコントロール不能という事が分かった。だったら、違う当人をコントロールすれば良い。
「……面倒事は早期解決に限るな。ふっ、皆、俺の手のひらの上で踊り狂うが良い」
「かっこつけてるとこ悪いけど、兄ぃ、そんな格好で出かけるとかアホなの?」
「……え、パーカーとデニムじゃダメか?」
「いや、それ部屋着のやつじゃん。はぁ、もう紗由に貸して。兄ぃは服装とかに無頓着すぎだから」
ため息を吐いた紗由は、すぐにてきぱきと動き出した。
俺の部屋のクローゼットを勢いよく開け放ち、服を取って俺と合わせていく。
そんな紗由に圧倒され、しばらく人形のようにじっとしてされるがままになった。
* * * *
待ち合わせ時間15分前にやってきたのは近くの駅だ。
正直、二人の家から一番近い場所はスーパーマーケットなのだが、締まらないという理由で駅になった。
ちなみに待ち合わせ場所は改札を出たすぐの所にある大きな時計がある所。
しばらく待って、時計を見上げれば時刻は10時ぴったり。
待ち合わせ時間に指定したはずの時間だが、まだ白花は来ていない。
駅周辺は行き交う人々で混雑している中、遠くから煌びやかな金色の髪が迫ってきたので白花かなと思ったら、別のギャルだった。
令賀丘では見たことがないので、他所の高校だろう。
そんなどうでもいい事を考えていた時、
「ご、ごめ、ん! はぁ、はぁ、ま、待った……?」
息切れした声が背後から聞こえ、俺は振り返って思わず「遅い」と反射的に言おうとしたが、瞬間言葉に詰まった。
見るからに気合が入っていると分かる服装の数々に目を奪われたのだ。
少し裾が広がり、ぶかっとなっている純白の上着に、下はデニムショートパンツ。綺麗でありながら、どこか艶めかしい生足がよく見えて思わず生唾を飲み込んだ。
そして頭にチョンと乗った可愛らしい黒のベレー帽。
加えて、小さな肩掛けバックに足元は大人っぽさを適度に抑えたヒール。
何より、いつもストレートロングの髪は毛先にウェーブがかかっており、顔には薄く化粧が施されている。
普段は可愛さ百点といった感じだが、今は美しさと可愛さが半々といった所だ。
子供の明るさと、大人の魅力が丁度良く混じり合っている感じ。
「……」
「あ、あの……鷹宮くん……?」
戸惑いの視線を向ける白花にハッと我に返った。
ぼーっとしている場合じゃなかった。
今こそ、アニメやラノベでデートについて予習してきた知識を活かす時だ。
美少女とデートする時は、一番初めに絶対と言ってもいい確率で主人公は相手ヒロインの服装を褒めるだろう。
アレの必要性を俺は全く理解できないが、ここはラブコメ主人公に倣って褒めるとしよう。
「ど、どこか変だった? い、いま走ってきたから……ちょっと乱れてるかもだけど……!」
あわあわしながら髪やらなにやらを確かめている様子の白花に、俺は安心させるように言葉を選んで口を開いた。
「大丈夫。すごい似合っている。めちゃくちゃ可愛いぞ、白花」
「……っ!」
「服が」
「……へ?」
頬を真っ赤にした白花は、急にキョトンとして目をぱちぱちと瞬きさせる。そして自分の服装に視線を向け、
「ふ、ふく……」
「ああ、とても似合ってる。特にそのふわっとした上の服」
「……ラグランスリーブカットソーね」
「え? ラグナロクカットソー? なにその壮大な名前」
「何でもない! というかボケるならもう少し似てるやつに言い換えて!」
何故か疲れたように肩を落とした様子の白花に首を捻る。
そんなに正式名称知らなかったのがいけないのだろうか。ボケに関しては、咄嗟に口から出たのがアレだったのだからしょうがないだろう。
対して、気を取り直したように白花も俺のつま先から頭の天辺まで見て、ふむふむと頷き始めた。
「……い、意外と鷹宮くんも似合ってるね。黒のコーチジャケットに白のパーカーと。下はデニムにスニーカーか……」
しげしげと見つめる白花の視線が、何だか居心地が悪い。とはいえ、妹の力を借りてチョイスした服装だったが、どうやら合格だったらしく一先ず安堵した。
あとで紗由には感謝の印としてプリンでも買って帰るか。
「意外とは余計だ。どうだ、服装的にはリア充に見えるか?」
「うーん、でもよく見るとなんか背伸びしたっぽい雰囲気出てるわー」
「……君は俺を落とさないと気が済まないの?」
しかしここで会話をするうちに、ある事に気付いた。
今、俺達がいる場所は駅の改札入り口付近だ。
当然ながら下車、乗車する利用者でこの場は混む。そんな所で長く会話しているとどうなるか。
一気に下車してきた利用者が改札を出て行き、俺達はそれに巻き込まれてしまった。白花は人込みに押されて、慣れないヒールだからか倒れそうになる。
寸前、俺は咄嗟に手を伸ばして白花を自分の方に引き寄せて抱えた。
「ご、ごめ……っ!」
「……大丈夫か?」
「……う、うん……あり、がと」
俺の懐にすっぽりと収まった白花は、しばらく俺の顔を見てぼーっとしていたが、人波を引いた所でそっと離すと「あっ」と名残惜しそうな声を出して俯いた。
その仕草に思わずドキッとするが、誤魔化すように咳払いをして続ける。
「……おほん。早速だが、デートプラン1を実行に移しても?」
「そ、その言い方止めてくれる? もっとさりげなくエスコートしてよ」
白花は頬を赤らめつつ、後ろで手を組み、唇を突き出して不満を露にする。
「なら映画館に行くぞ」
「またベタなとこきたな、おい」
「金はかかるが、長時間拘束されるし、何より座っているだけで良いからな」
「だから、言・い・方!」
白花に怒られつつ、切符を買って改札を抜ける。
とりあえず映画館は二駅先にしかないので、電車に乗って移動する。
「ふふっ、まあ、でも鷹宮くんだから仕方ないか。じゃあ早く行こ!」
ぼそっと小さく呟いたため、前半部分は聞こえなかった。
だが、出だしはまずまずと言っていいだろうか。
白花はご機嫌な様子で俺の前を歩き、手招きしながら俺を急かしてくる。
そんなに早く行っても電車が来るのはあと15分後なので、急ぐ必要はないと思うのだが。
とは言え、俺もこのデートを前半までは純粋に楽しむとしよう。こんな機会、もう二度とないかもしれないのだから。
天真爛漫な美少女に振り回される日々も、これで終わりだと思うと少し寂しいが、白花の一件を解決しなければ平穏な学校生活はないのだ。
俺は俺のやり方で問題に対処するとしよう。