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第14話:妹と仲直り



 既に時刻は夜の九時を回っていた。

 自宅にあるリビングのソファに座って、俺は今日あった出来事を思い返す。


 白花に対して、ニセの恋人役を龍前に頼んで面倒な元恋人を追っ払うという計画は出だしで頓挫してしまった。

 代わりのニセ恋人には何故か俺がなる事になってしまい、休日には訳も分からない理由で出かける羽目となった。


 三沢兄に目を付けられるのは確実に俺になり、そうなると対処するのも俺になる。面倒事を早めに対処するか、それとも遅らせるか。

 どちらがリスクが高いか、しっかりと考える必要があるだろう。


 しかもニセの恋人になると、更にクラスメイト達から注目されてしまう。加えて、白花と関わるという事は必然的に仲が良い新川や川瀬たちとも関わる事になってしまうはずだ。

 昨日、今日と二日間行った勉強会が良い例だ。


 つまり、三沢くんにも再び絡まれる可能性が上がるし、龍前にも良い顔はされないだろう。

 悩み事が多数浮上するが、まあプラスに考えるとすれば白花の秘密が俺達の中でとどめて置けるという事くらいか。


 ちなみに勉強会の方は多少問題はあったが、今日も下校時刻まで真剣な様子の新川に付き合った。

 俺も復習になるから良いのだが、新川は今日も生真面目に感謝を告げてきた。


 そして上機嫌に揺れるポニーテールに和みながら別れて、現在に繋がるわけだ。


「兄ぃ、お風呂あがったよ……」


 タオルを首に巻き、黄色のパジャマ姿の紗由がリビングにやってきた。髪にはまだ水滴がついており、リビングに垂れそうになっている。


「紗由、ちゃんとドライヤーしてきなさい」


 注意すると、紗由は口を尖らせて、


「じゃあ兄ぃがして」


 今朝と同様に、まだご機嫌斜めな様子のお姫様は、どうやら俺に構ってほしいらしい。


 ふと思い出したのだが、そういえば母が病気で入院している時は、いつも俺が母の代わりに紗由の髪を乾かしたり、梳かしたりしてやった事を覚えている。

 最初は上手くできなくて、よく母が良いと怒られたものだ。


 懐かしさを感じて、偶にはしてやろうという気分になり俺は膝に手を置いて立ち上がった。

 紗由の手を取り洗面所まで引いて、鏡の前に立たせる。そして右手でドライヤーのスイッチを入れて、逆の手で髪を梳いていく。


「んぅ」


 頭をゆらゆらさせる紗由に目を細めつつ、その様を見て過去を懐かしんだ。


「……兄ぃ、さっきは何に悩んでたの? 女の子達と勉強会とかリア充イベントでしかないじゃん」


「え、何? ドライヤーの音で聞こえないんだけど」


「ーーバーカ、あーほ、間抜けー。陰キャ丸出し馬鹿兄ぃ。ふっ、どうせ聞こえないでしょ」


 無言でドライヤーを更に近付ける。


「あ、あっつい、兄ぃ!」


「あ、悪い」


「聞こえてたでしょ?」

 

「いいや、全く」


 鏡に写っている紗由が、ムッと頬を膨らませて俺を睨んだ。

 俺は彼女と眼を合わせ、少しだけ唇の端を吊り上げる。


 まだ母がいて、紗由が小さかったあの頃を思い出すこの時間が、素直に楽しいと感じた。しばらく無言でドライヤーをかける音が響く中、


「……兄ぃ、聞いてよ。今日紗由ね、兄ぃが帰ってくるまで勉強してたんだよ」


「お、偉いな。いや、受験生だから当たり前か。何を感心してるんだ俺は……」


「ねえ、そんな事より褒めて褒めて」


「……紗由、嘘はいけないぞ? ほんとに勉強したのか?」


「うわ、兄ぃ、こんな可愛い妹の事が信じられないの?」


「俺だって信じたいさ。だが日頃の行いを鑑みてだなーー」


 髪を優しく梳いてやると、紗由は気持ちよさそうに目を細めながら、


「でも今日頑張ったのは事実だよ。頑張ったからさ、ご褒美にマッサージもして?」


 こてんと首を横に傾けて尋ねてくる妹のあざと可愛さに、なすすべなく陥落した。


「分かった。今日は特別にしてやるよ、特別だからな?」


「はいはい。じゃあ兄ぃのベッドでやろ。紗由の部屋散らかってるから」


「……ちゃんと掃除しなさい」


「むりー」


 こんなんでお嫁に行けるのだろうか。

 いや、もう俺が養って二人でこのままマンションに住むという選択肢も良いかもしれない。


 ドライヤーを終え、サラサラになった髪を撫でつけ紗由は上機嫌にその場でくるっと回った。その後、俺の背中を押して行き、兄である俺の部屋の扉を勢いよく開け放って躊躇なく足を踏み入れた。


「……相変わらず殺風景な部屋。本棚と勉強机しか置いてないし」


「いいんだよ、これで」


 余計なものは生活の邪魔になるだけだ。

 紗由と遊ぶときに使うゲーム機などの場所を取るものは、リビングにあるので自室には置いていない。


「ふわぁ……じゃあ早くマッサージしてー」


 俺のベッドに躊躇いなくダイブして、うつ伏せになった妹は欠伸を噛み殺しながら目を閉じた。完全に寝落ちする気満々なのだが、俺のベッドの上でそれは止めて欲しい。


「なんでこんなに奉仕してるんだろ、俺」


「紗由もマッサージやってあげるから。足で」


「マジでか」


「なんでちょっと嬉しそうなの? 気持ち悪いよ、兄ぃ」


「……気持ち悪いって、キモイって言われるより心にダメージが来るな……」

 

 感情を排して無心となり、俺は妹の背中を優しくさすっていく。パジャマ一枚という薄着だからか、妹の柔らかな身体を直接感じるが、やはり肉親だから特に何も感じなかった。


 両手で肩の筋肉を広げるように撫でさすっていく。

 

「どうだ?」


「ちょーきもちぃ」


 舌足らずな声になった紗由の様子を確かめて柔らかな笑みを浮かべる。


 次に左右の肩甲骨の僅かな間や肩の上部、それから首元のツボを刺激していく。

 下がって腰まで行ったら再び肩までぐいーっと戻り、更に円を描くような動きで二の腕をもみ、手首までほぐしていく。


 母が家にいた頃は、よくこうしてマッサージをしていたものだ。だから人よりは手慣れていると思う。


「……あしもやってー」


「ここで眠るなよ?」


「ぅん」


 要望に素直に応える。

 まずは足裏から。

 

 指を軽く引っ張ったり、指の下を指圧したりしていく。それから足先を揉み、かかとは強く指圧した。黙々とマッサージをしていくと、部屋には紗由の僅かな息遣いしか聞こえなくなった。


 そんな静かな空間が出来上がる中、その空気を壊さないように紗由が自然に口を開いた。


「……ほんとはねー、兄ぃが友達に取られちゃうの嫌なの」


「……」


「お母さんが亡くなってから、お父さんは一層仕事を頑張るようになったでしょ?」


「……ああ」


「紗由には、兄ぃしかいないから……」


 一度言葉を切ってから、紗由は透明な声で告げた。


「でも、そうやって自分の弱さで兄ぃを縛りたくないって思う紗由もいるの……」


 言葉を聞きながら、俺はマッサージを続けていく。


「朝はごめん……折角作ってくれた美味しい朝食を残しちゃって……」


「……夕食のときに食べてくれただろ。それに、俺だって同じだ。お前が夜遅くまで友達と遊ぶようになったら、しばらくへこむと思う。寂しくてな」


 その言葉に、紗由は嬉しそうに目元を細めた。そしてベッドから起き上がって、


「……そろそろ交代しよっか。今度は紗由が兄ぃにマッサージしてあげるね」


「ちゃんと力加減は考えろよ?」


「このか弱い乙女のどこが心配なのですか。さあ、寝てください」


 上着を脱いでTシャツ一枚とスウェットの薄着になった俺は、言われるがままうつ伏せになった。

 そして紗由はおっかなびっくりだが、優しく俺の背中を擦ってくれた。

 

「……や、やっぱり……友達と遊ぶのも良いけど、偶には紗由とも遊んでね……?」


「今更だな。俺は紗由のお兄ちゃんだぞ? 遊びたい時はいつでも言ってくれて構わない。俺だって同じ気持ちなんだから」


 俺も母が亡くなった時は結構荒れた。

 いつも台所で優しく笑い、美味しい食事を作ってくれたあの人がいなくなってしまったのだ。そりゃ悲しむし落ち込んだ。


 でも、荒んだ俺の心を支えてくれたのは、目の前の大切な家族だった。

 ただ傍にいてくれるだけで、物凄く助かったものだ。


 そんな大切な妹から背中に優しい刺激が届くと同時に、頭上で彼女の場違いにも聞こえる酷く明るい声が耳に届いた。


「ふっふっふ、その言葉を待ってた!」


「え?」


「今度の土曜は白花さん? とデートするんでしょ? じゃあじゃあ日曜は紗由に付き合ってね? 

いつでも言えって言ったんだから、もちろん良いでしょ?」


「……もしかして今の言葉を引き出すために?」


「さあーどーかなー」


 その後、終始上機嫌な様子で紗由は俺の背中をもみほぐしてくれた。

 小悪魔な妹に騙される事は、きっとこの先も幾度となく経験していくのだろう。


 別に嫌な感情は沸かないので、むしろ俺も案外楽しんでいるのかもしれない。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 仲の良い兄妹だなあ。無言でドライヤーを近づけるシーンは面白かったです。 兄とは妹に敵わない存在のことですね。まあ妹ちゃんは可愛いから何度でもわがままに付き合うことになりそうですね。
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