閑話 白花(姉)
私の名は白花夕姫。
近くの大学に通う花の大学一年生である。自分で言うのも何だが、百年に一人の奇跡(自称)と呼ばれる程の美女だ。
突然だが、私の話を聞いてほしい。
今日大学から帰ると、世界で2番目に可愛いと言っても過言ではない(1番は私)妹の様子がおかしい事に気付いた。
彼女の名は白花朝姫。
というか夕姫に朝姫、両親も適当に名付けたなーと思うが、今はそんな事どうでもいい。
とにかく、可愛い可愛い私の妹の朝姫が、夜の7時くらいに帰宅してからずっと奇行を繰り返しているのだ。
例を挙げると、妙に赤い顔のままぼーっとしていたり、かと思えば急にベッドにダイブしたり、両手で頭を抱え込んだり。
更には何かを思い出すように自分の髪を梳いてみたり。
ベッドの上でバタバタして暴れてみたり。
その様子に、目ざとい私は気付いたのだ。
やっと妹に本当の春が来たのだ、と。
妹の中学時代の最初の彼氏は最悪だった。
付き合ってすぐに馴れ馴れしくべたべた触ってきて、最初はそういうものだと我慢していた朝姫だったけど、私が送ったアドバイスによって晴れてバレー部直伝のビンタを喰らわせて振ったのだ。
しかし、まさか逆ギレされて殴られるとは思わなかった。
私も女を殴るような、そんなクソみたいな男だとは流石に思わなかったし、その後は妹に男に対して苦手意識を植え付けてしまったのではないかと私も落ち込んだ。
そんな私の懸念通りに朝姫は不登校になってしまって、普段の明るい姿も見なくなってしまった。ついにはその最低な元カレが卒業しても学校には行きたくないと言うので、何とかしてあげたい一心だった。
だから姉として、何より大切な妹の為にこのままではいけないと部屋を訪ねて説得を試みようとしたのだが、彼女の部屋を開けるとそこには。
ヘッドフォンをつけてテレビゲームをしている朝姫の姿が。
その日は見間違いだと思ってそっと部屋を閉めた。
そして再度、次の日に部屋を開けてみると、今度はパソコンで美少女アニメを一日中見ている朝姫の姿が。
もうこの辺りからキラキラと輝いていた妹には戻れないのかもしれないと思い始めていたが。
今度こそと涙をぬぐい、扉を開けるとベッドに寝転びながら熱心にラノベを読む妹の姿があった。
そのままガクッと膝をつき、気付かれないよう扉を閉めた。
更に次の日も、雨の日も、風の日も、雷の日も。隣の隣の家が火事の日でも、妹はオタク道をひたすら歩んでいた。
元はと言えば、私のアドバイスが発端だ。軽い気持ちでビンタを喰らわせてやれと言ってしまったのが原因。
結果的には私がリア充の仮面を被った悲しいオタクを作りだしてしまったのだ。
このままでは二次元のイケメンに恋したとか言う未来まであると思っていたのだが、寸前で大丈夫だったらしい。
とはいえ妹が好きになった人間が、一体どんな人物なのか非常に気になる。また最低な男に引っかかったら、下手したら再び朝姫が不登校になり、今度こそオタク道を極めし者となるかもしれないのだ。
部屋の扉をそーっと開けて、まだベッドでバタバタ手足を動かしている朝姫に、私は直球で声をかけてみる事にした。
「……あさひー。好きな人できたでしょー?」
「ーーうわぉ! い、いたんかい、お姉ちゃん!」
飛び上がった後、いきなりベッドの上で正座になる朝姫。
「いやいや、何を言ってるのかさっぱりですわね!」
「なんでお嬢様口調?」
ほほほと誤魔化すように口元を隠す朝姫。
「お姉ちゃんに隠し事ができると思うなよ? 好きな人できたでしょー?」
「で、できてにゃいって……!」
「噛んでるし、可愛いなー朝姫は」
顔を赤らめる朝姫に勢いよく抱き着くと、朝姫はフグっ! と声を出して二人してベッドに倒れ込んだ。
「すぐ顔赤くなるねー朝姫は」
「……ちょ、胸を揉むな! 変態か、あんたは!」
嫌がりながら必死に朝姫は私の手から逃れようとするが、逃がさないとばかりにガシッとしがみつく。
そして揉み続け、また胸が大きくなったなと内心イラっとしたが、感情を表には出さない。
あくまで私は妹にとって優しい姉なのだから。
「で、どんな人?」
すると、朝姫はムッツリと黙り込み、枕を抱えて抱きしめた。そんな妹の顔を覗き込み、
「ねね、どんな人? あ、じゃあ好きな人じゃなくても、気になっている人の事でもいいよ!」
「……そう。あ、でもあくまで気になってる人でしかないから! 断じてまだ好きじゃないし……ま、まあ触られても嫌じゃなかった人、ではあったけど……」
「ほほー、お父さん以外でも大丈夫だったん?」
「……う、うん。大丈夫だった……」
女の子座りに頬を赤らめ、枕をギュッと抱きしめる妹は物凄く可愛い。
あくまで私の次にだが。
「……それで、どんな人なの?」
「……うーん、不思議な人、かな……」
「不思議くんかー」
あれか、何か机の上で牛乳パックでも使って創作したりしている人なのだろうか。
「……表情筋は死んでて、それで顔つきはまあまあ整っているんだけど、印象に残りにくいというか……」
「ふーん、無表情キャラかー、朝姫そういう男子好きって前に言ってたもんね!」
「あ、あれは二次元キャラの話だから! 現実での好みとはまた違うし……」
「ほーん、そんなもんか」
「あ、あと授業中はいっつも寝てて、だけど授業の受け答えとかバッチリでさー、それ見てるとなんかズルくて……」
ここからスイッチが入ったように、朝姫は頬を赤らめながらしゃべり続ける。
「それとね、クラスでは完全に空気なんだけど、妙にスペックが高い所があってね! 料理とか上手だし勉強教えるの上手いし、あとあとーー」
段々聞いていると、どこか既視感を感じた。
朝姫の話を他所に、思い出そうと眉間を揉んでいると、脳裏に電流が流れたようにビビッと来た。
「あ、思い出した! なんか既視感感じるなーと思ったら、この前、私が聞いてもいないのに朝姫がかっこいいかっこいいってバカみたいに言ってたラノベのキャラに驚く程似てるんだ、その人!」
「ーーぐはっ!」
朝姫は枕を抱きしめたままベッドに倒れ込んだ。
耳まで真っ赤にして悶えている我が妹の姿は誰が見ても可愛いと思う。
だがしかし。
現実的に考えて、無表情で顔立ちはまあまあ整っててクラスでは空気、でも本当はスペックが高いとかそんな奴いるわけねえだろと思ってしまう。
もしや二次元と三次元の境界が分からなくなったのではあるまいなと思うが、まあ本人が幸せそうなので今は良いかと一先ず納得することにした。
朝姫には随分と辛い思いをさせてしまったので、今度は本当に好きになった人と結ばれて欲しいのが姉である私の願いなのだ。
だが、彼氏は画面の中から出てこれる存在であればいいな、ふとそんな事を考えて悶える朝姫を生暖かい眼で見守った。