第1話:席替えから始まる
高校に入学して早一か月、ぼんやりと授業を受けながら鷹宮仁は考える。
最近になってよく聞くスクールカーストとは、一体いつの時期で決まるのだろうか、と。
高校の入学式時点の振る舞いか、それとも終わった後のホームルームでの自己紹介か。または授業が始まる最初の一か月か。
一概には言えないが、現在のクラスでトップに立つ者達、すなわち”リア充”と呼ばれる者達を見れば、それは全てに当てはまると言えなくもない。
まず入学式で他とは一線を画す整った容姿を見せつけて注目を集め、クラス内の自己紹介で抜群のコミュニケーション能力を使って好印象を植え付け、更に授業の中で周りに自らの優秀さを際立たせる。
こういうと狙っているのかと思うが、彼らは別に狙ってやっているわけではないだろう。そもそも、それを自然と行うことがリア充をリア充たらしめている証拠だ。
そんな性格、人柄だからこそ、みんなに好かれるのだろうとも。
俺は陰キャでも、リア充をなにかと敵視する陰キャではないのだ。彼らの良さだって目に入っている。
そんなことを思っていると、教室の扉が勢いよく開けられた。
「おっはよー! みんな!」
「よーっすって、白花はいつも元気いいな」
「あ、龍前! と白花カップルじゃないっすか。今日も一緒に登校ですかー!」
元気よく挨拶する可愛らしい声に続き、落ち着いたイケメンボイスが続く。そして間髪入れずに茶化すような声が返される。
二人の生徒が入ってきた途端、一気に教室が騒がしくなった。たちまち彼らの周りには人が集まってくる。
その中心を遠くから俺は見つめる。
一人は女子生徒。金色に染めたサラサラのストレートロングの髪に、おでこにある髪をピンでとめて横に分けた髪型。顔立ちはくりっとした大きな瞳に整った鼻筋、そして柔らかそうな唇。
制服は緩く着崩し、スカートも周りより確実に短い。高校生とは思えないスタイルの良さで、何より健康的な太ももが眩しい。
可愛い系の容姿に、天真爛漫な性格。これで人気が出ないわけがない。
クラスのアイドル、白花朝姫である。
「もー猿谷しつこい! あたしたち、そんな関係じゃないってば。龍前にも迷惑じゃん」
「いや、俺は迷惑とか……思っちゃいねーけど」
「入学して一か月でカップル誕生かー」
再び茶化すような声はどうでもいいとして、頭を掻きながら白花を横目で見つめるイケメンの名は龍前奏多。
高身長で足はすらっと長いイケメン君である。
白花に比べて紹介が短いって? なんで男が男の容姿を詳しく褒めなくちゃならないの? そんなんどうでもいいだろ。
「あの二人、相変わらずすごい人気だな」
急にそう言ってどっかりと俺の机に腰を落ち着けたのは、金髪に三白眼、耳にはピアスとまるで不良のような容姿の少年、藤堂英虎だ。
彼こそ、唐揚げが大好きすぎて頭を刈り上げてしまった、頭の残念な俺のただ一人の友達である。
「なんだ、藤堂か。びっくりした」
「全くの無表情で言われてもよ。いつも思うが、ほんとに驚いてんのか?」
「まあな。ただ顔に出ないだけだ。俺は例え車にはねられた妊婦が道路の真ん中にいても無表情で対処できるから」
「いや、それはそれで怖いわ。もしかしたら車ではねた犯人より怖いわ」
「……少しツッコミが長いな。次からはもう少しコンパクトにまとめようか」
「余計なお世話だ」
気安いやり取りから分かる通り、藤堂とは幼少期からの付き合いだ。不本意だが幼馴染である。
幼馴染とは、将来結婚を約束していたり、毎日朝は家まで来て優しく起こしてくれて、一緒に朝食を食べて一緒に登校するような可愛い女子限定に使う単語だと思っていたが、この頃初めてそうじゃない事に気付いた。
幼いころからの付き合いがある者が幼馴染なのだ。常識だよね。
「はぁ、お前は顔も悪くねえし会話も面白い。だけど、教室では空気だもんな」
「別にいい。空気ってものはなくてはならないものだ。という事はこの教室全ての者を生かしているのが俺。つまり、俺が裏で教室を支配しているといっても過言ではない。影の実力者とは俺の事」
「意味わかんねえよ」
こんなアホみたいなやり取りができるのは、悔しいが藤堂の前だけである。
ちなみに幼い頃は藤堂の事を英虎と普通に名前で呼んでいたが、高校から周りに合わせて名字で呼ぶことにした。
理由は恥ずかしいから。
「おい、今日も藤堂、絡んでるぞ。えっと、なんだっけ、あいつ、そう、た、たかみやくんだ……」
「あまり見ない方がいいぞ。今度はこっちが標的にされる」
周りから何だか視線が向けられるが、きっと藤堂を見ているのだろう。
彼は見た目はバカ丸出しのヤンキーみたいだが、よく見ると意外と顔立ちは整っている。
だから俺に構わず周囲のクラスメイトと親交を深めれば、藤堂なら彼女持ちのリア充になれるはずだ。俺とは違って。
「で、そういや藤堂はわざわざ何しに来たの?」
空気を切り替えるように俺が問うと、藤堂は顔を寄せて小さく呟いた。やけに真剣な顔で。
「喋る奴がいないから来ただけだが」
「……真顔で悲しい事言うな。ツッコミ難いだろ」
「いや、そもそもツッコミ求めてねえから」
藤堂は切り替えるように咳払いして、男女問わず皆の中心にいる白花の方を向いた。
「それにしても人気だよな。まさに俺たちとは真逆の存在だ」
「女子はともかく、男子は下心満載だろうな。きっと天真爛漫な性格がいいんだろ。男はみんな優しくて可愛い子が好き。これが鉄板」
頬杖を突きながら言い終わると、俺の右隣の席に座る図書委員の子が居心地悪そうに身じろぎした。すいませんでした、少し声が大きくなったかな。もう少し声を潜めよう。
「確かに性格はあるだろうぜ。だが男はもっと単純だ。やっぱりあれだよな、何と言っても……」
「胸」
俺が答えると同時に、再び隣に座る図書委員の子が今度はガタッと不自然に椅子を揺らした。
俺は隣の子の様子が気になりつつも、藤堂が意外そうに目を寄せてくるのに気付いて、
「……なんだ?」
「いや、お前も男なんだなって」
「俺はお前の思考に沿って答えただけだから。どっちかというと俺は太もーー」
「けほけほ! うぐ」
言葉の途中、図書委員の子がむせ始めた。そういえば彼女、さっきから呼んでいる本のページが進んでいない気がするが、多分気のせいだろう。
それから程なくして、予鈴がなってこのクラス、一年二組の担任が入ってくる。
朝のホームルームが始まる。先生の姿を見た藤堂は、ヤンキーな外見に反して意外と素直に席に戻っていく。
「おーっす。今日も元気だなー、お前らー」
間延びした声と共に教室へ入室したのは、ぼさぼさ頭に眼鏡に白衣、我らが担任中津先生である。愛称はナカツーだとどっかの女子が言っていたような言ってないような。
というかこの男、白衣を着てるのに現国の先生という意味が分からない仕様である。どうなってんだ、この高校。
ちなみに俺こと鷹宮仁が通う高校の名は令賀丘高等学校。県内有数の、なんて肩書はないが一応進学校である。
閑話休題。
中津先生は脇に箱のような物を抱えていて、何やら面倒な予感がプンプン漂ってきている。
彼は持っていた箱を教卓に置き、それと同時にクラスの中でお調子者枠の、名前なんだっけ?
とにかく、とある生徒が声を張り上げた。
「せんせー! も、もしやその箱って……!」
「落ち着け、猿谷。今、説明するから」
先生がそう言うと、猿谷はどこかわくわくした顔で頷いて着席した。というか彼の名は猿谷だったか?初めて聞いたな。
俺の戸惑いを他所に、周囲でひそひそと小声でやり取りを交わされる。きっとみんなもアイツって猿谷っていう名字だっけ? と思っているに違いない。
しかし、そんな空気をものともせず、いつも通りの気怠そうな眼差しで中津先生は背後にある黒板にチョークででかでかと、
『席替え』
と文字を書いた。
その瞬間、教室から歓声が沸く。いや、よく耳を澄ませると他クラスからも歓声が聞こえてきた。どうやら一か月経ったのが目安として、席替えは行われるようである。
賑やかな教室を見渡し、中津先生は面倒そうにパンパンと手を叩いた。
そして彼は静かになった教室を見渡し、
「えー、入学して一か月。少しずつだが周りにいる子や部活仲間なんかと仲良くなってきたと思う。だが、教室には40名いるんだ。特定の友達とばかり過ごしてもしょうがないだろう? 別に全員と仲良くなる必要はないが、社会に出れば特に仲良くもない人や嫌な人とも関わらないといけなくなる」
中津先生は最後の方はため息交じりに窓の外の景色を見つめ、遠い眼をする。そんな姿に、教室の真ん中あたりに座る猿谷が思い出したように、
「そういやこの前、先生、教頭に重そうな段ボール箱持たされてたような……」
「だからか。実感籠りすぎだし」
「確かに教頭先生は真面目だから、中津先生とは相性が悪いかも」
猿谷たちはわいわい盛り上がっている。
きっとどんな席順でも日々を楽しめる自信があるのだろう。
「……で、でも席替えは、まだ早いような……」
「……うん」
しかし、もちろん反対派もいる。折角学校生活に慣れてやっと落ち着いたのに、といった意見。
そんな複雑な教室を中津先生は再び見渡し、
「まあ、嫌悪してる奴でも話してみたら馬が合った、そんな話だってある。公正を期して席順はくじ引きだ。特に質問ないなら、早速出席番号順でくじを引きに来てくれ」
その後、言われた通りに生徒達が動き出す中、彼は黒板に席順を書いてそこに番号を割り当てていく。一列七人で座り、五列目と六列目のみ六人で座る編成。
出席番号1の生徒から次々に教卓に置いてある箱の中に手を突っ込み、一枚ずつ紙切れを手に取っていく。もちろん、俺も席を立ってくじを引く。
横目で喜び合うクラスメイト達を見れば、反対側には悲鳴や不満の声を上げる生徒もいる。
自分はどちらの反応に分かれるかとぼんやり考えながら席に戻り、紙切れの中を開いてみれば、そこにある番号は40という数字。
黒板と照らし合わせて、そこが窓際の一番後ろの席だと分かった時、内心ガッツポーズしたいくらいに喜んだ。
ラブコメの定番席、つまり俺が主人公。という勘違いはもちろんしない。目立たない場所であれば、俺はただ誰の邪魔もせず静かに日々を生きるだけ。
教師に注目されず、クラスメイトからも目立たない場所という意味で俺はあの席が好きなのだ。
そんな俺の耳に、クラスの中心的存在の会話が届いた。
「白花は34かー!」
「……俺はまさかの1。一番前か……」
「ははッ! 龍前落ち込むなー! 寂しいのは分かるが、クラスは一緒なんだからよ」
「そうそう、龍前。出入口近いとトイレとか行きやすいしさ」
「そういう事じゃ……ないんだがな」
「えー、そうなの?」
普段なら聞き流す会話を、俺はこの時ばかりは無視できない。
34。その数字があるのは、40と書かれた番号の隣。
つまり俺の隣の席は、クラスのアイドルである白花朝姫になったわけだ。だが、彼女と俺では話す事すらないだろう。
隣になったからって、関係が変わる事などない。
「……どうせ関わらないだろ」
小さく呟いた言葉は、周囲の喧騒でかき消され誰の耳にも届かなかった。