マリオネット戦争
あ、あの子いいな。
僕がそう思うと女の子たちは皆僕を取り合う。こっちにおいで、僕に魅せられて。そう僕は願わずにはいられない。
どうして君たちは簡単に誘惑されるんだ。皆僕を見ているようで見ていない。
僕の心はいつまでも満たされない。
人は僕のことを呪われた存在だという。だけど僕からしたら君たちの方が呪われていると思うな。どうして君たちはそんなに美しいものに惹かれやすいの、なのに簡単に目移りするよね。どうしてそんなに醜いの。他人のものを欲しがる。そんな汚れた心で、そんな汚れた手で僕らに触れないで。
僕は吸血鬼のような存在。その美しさで長きにわたって人々の心を魅了する。
少し昔話をしよう。僕が生まれてきたのはドレスを着て、女の子たちがダンスをして盛り上がっていた時代。僕は立派なお屋敷にいるマリーという少女と暮らしていた。その子はお転婆でとても愛くるしい少女で、見ていて飽きなかった。ふわふわとした心地で、暖かく思えた。マリーと僕は片時も離れることがなかった。それは彼女がどこかの国の王妃となった時も変わらない。金品を奪われ追いかけられても僕は彼女のそばにずっと居たが、遂に彼女は処刑されてしまった。僕も処罰をされそうになったけど近くで家事が発生し、逃げ出すことが出来た。
僕の心は泣いていた。本当は涙を流したかったが上手く表現できなかった。僕の初恋はあっけなく終わった。
次に僕が出会ったのはフレアという女性だった。僕はフレアがあまり好かなかった。マリーは僕に綺麗な服を着せてくれたが、フレアは僕の趣味とは合わない派手な服を無理やり着せるのだ。彼女はガサツなのだ。本当に嫌いだった。僕はフレアよりも妹のシャーロットという女性の方が好きだった。彼女は僕の乱れた髪を丁寧に直し、服も僕好みにしてくれた。彼女のことを本当に好きだったが、時折出る姉譲りな無神経さには少々腹が立った。
ある日のことだ。その日も彼女たちと出かけるために馬車に乗った。フレアがうっかり僕にぶつかり、僕は倒れてしまった。フレアが急ぎ起き上がるのを手伝ってくれたが、再び僕は倒れた。突然フレアが突き飛ばしたのだ。びっくりした。
「フレア、いいのかい。そんなことして」
「だって汚れていたんですもの。美しくないわ。それにたかが人形ですもの。あ、そうだわお父様。新しいお人形を買ってくださいな。」
「お姉様ばかりずるいわ。お父様、私にも買ってくださいな。今度はこんな人形よりもずっと美しいのがいいわ。」
頭を殴られたような感じだった。人間だと思っていた。僕は彼女達の従者で、だから離れることが出来ないのだと。だが実際は違ったのだ。僕は人形だから自分の意思で離れることは出来ない。僕の好きなシャーロットが言っていた。人形には替えがいる。人間は歳をとることが出来るけど、僕達は出来ない。人間が僕らに本気で恋をしても、また僕らが人間に恋をしても決して叶うことはない。
もう人間に恋などしない。マリーへの想いも、シャーロットへ芽生え始めた恋心も蓋をして心の奥底に追いやった。
僕は門の外に投げ捨てられた。
数百年という月日が経った。何百人という女の子に出会ってきた。何百人という女の子の人生を狂わせてしまった。あるものは僕を取り合って顔に深い傷を作ってしまった。またある者は本気で恋をし、精神を病んでしまった。僕はこの数百年間心を持たないようにした。哀れみも喜びもしなかった。数百年の間、1度も恋をせずに過ごした。
現在マリッサという少女の元にいる。マリッサの元には既に女の人形がいた。今までぬいぐるみとしか出会ったことがない僕は興味を持った。
「やあ、初めまして。今日からお世話になるよ」
僕は話しかける。彼女はアメリアという名前らしい。初めは僕が話しかけても笑いかけるだけだったが、少しずつ慣れてきたらしい。こんなことをうちあけてくれた。
「私ね、好きな人がいるのよ。ベンソンっていうのよ。あったことがあるでしょう?今日もデートなの。ああ、でもマリッサも一緒だからデートとは言えないわね。彼ったらいつもマリッサがいる時しか私を誘ってくれないのよ。彼はマリッサの方が好きなのかしら」
彼女は人形であるということに気づいていなかった。人間に恋など叶うはずがない。ベンソンはマリッサのボーイフレンドだ。恐らく互いに好きだろう。それくらい僕にもわかる。
アメリアはなかなか鈍感で、さりげなくベンソンとマリッサが恋仲であることを伝えたが、意味がなかった。人間であると信じきっている彼女に、人形だということを伝えたが、僕の言葉は届くことがなかった。
やがてマリッサも大人になり僕達で遊ばなくなった。大人になっても変わらずアメリアと一緒にいた。
マリッサはアメリアを持たずに出かけた。その日は帽子なんか被ってえらくおめかししていた。すぐにベンソンに会いに行ったのだと分かった。アメリアは買い物だと思い、自分を誘ってくれなかったことに拗ねていた。
マリッサは陽気な態度で帰ってきた。恐らく上手くいったのだろう。こうしてアメリアのベンソンへの恋心は二度と叶うことはなくなった。
この日を機に、彼女達の関係は変わってしまった。マリッサは彼女を外に持ち出さなくなった。彼女は彼女で、マリッサに嫌われてしまったとよく相談に来るようになった。
また僕達の関係も変わった。彼女は徐々に僕に好意を見せてくれるようになった。マリッサが外に持ち出さなくなってからは、マリッサの妹が僕らであそび始めた。彼女はマリッサよりも少々おませさんで僕とアメリアを恋人として扱ってくれた。終始ドキドキしていた。心の中でそっと、マリッサの妹に感謝した。
アメリアとの関係もすっかり慣れた頃、今度はマリッサの娘が僕達で遊んだ。マリッサとまた仲良くなれたことに彼女は喜んでいた。
未だに彼女は人間だと思っている。でもそれでいい。彼女が幸せならそれでいい。
ある日火事が起きた。火元はキッチンで火の回りが早い。マリッサ達は逃げるのが精一杯で、僕達のことなどきっと頭にない。
煙臭い。熱い。苦しい。
僕は隣にいるアメリアに大丈夫、きっと助けが来るさと声をかけた。彼女はマリッサが私を捨てたと泣いていた。なんと声をかけていいか分からなかった。大丈夫、大丈夫だよとしか言えなかった。
がらがら、どしゃ。ドレッサーが倒れて鏡が割れた。僕達二人分が映る分くらいの破片が飛んできて、目の前の床に刺さる。
彼女は見てしまった。人間なんかよりも小さな存在である僕達の姿を。時間が止まったような感覚。呼吸が止まりそうになる。決して火が回って苦しかったからじゃない。彼女の幸せを奪ってしまったんじゃないのかと心配になったからだ。
彼女はふふと笑い、なんだそっかと漏らした。僕の名前を呼ぶ。
「私、マリッサが置いていった理由わかっちゃった。人形だったのね。」
「うん」
あまりにも儚げで美しくてその一言しか返せなかった。
「ずっと昔から私に真実を教えてくれようとしていたのね。ありがとう。これが最後だなんて信じたくはないけれど、運命には従うわ。···あなたのこと愛していたわ。」
「僕も」
互いの体に寄りかかる。上からシャンデリアが降ってきた。




