番外編 ブルーリベレーション part5
「一週間……?」
「そうよ。もうこのまま、ずっと目が覚めなかったらどうしようかって言ってたところだったの」
さっき、俺が看護師を呼んできてから、慌ただしく間に合わせの研修医が目を覚ました母さんの診察にやって来た。
当直明けだという、何だか頼りない若い研修医が心音や血圧などを一通り確認してその後、念のために検査だ何だとバタバタしていたようだ。
姉貴は母さんについて回ってたが、俺はやることもなく病室でうたた寝をして待っていた。
駆けつけてきた歌音姉ちゃんに叩き起こされ、母さんも同時に戻ってきたのがさっきのこと。
俺がコンビニから運んできたお茶やらスナック、スイーツをひろげ、ちょっとしたプチパーティー状態で久しぶりに母さんを俺達姉弟で囲んだ。
「とりあえず、大きな外傷もないし。あとは様子を見て、異常がなければすぐに退院出来るみたいよ」
「そっか、ごめんね。心配かけたみたいね」
和奏姉ちゃんの報告に申し訳なさそうに母さんが俯く。
何だか、違和感。
母さんなんだけど、母さんじゃない。
ボンヤリして……うまく言えないけど、何だか前の母さんと違う人みたいだ。
「本当だよ。母さんいないと、まだまだ俺達困るんだからな」
俺は普段なら照れて口にしないような台詞を思わず口走った。
俺の言葉で母さんの顔にやっと、パアッと明るい笑みが浮かぶ。
「本当にそう。歌音は散らかしっぱなしだし」
自分のことを棚にあげて和奏姉ちゃんが偉そうに姉貴風を吹かせた。
「お姉ちゃんも似たようなもんじゃん。私は受験生なの!」
普段は仲が良い姉妹が言い合いをはじめる。
我が家のいつもの、光景。
俺は、女二人の言い合いに巻き込まれないように静かに息を潜める。こっちに飛び火されたら迷惑だ。俺は末子だからそのあたりの要領は良い。
「そういえば歌音。予備校はいいの?」
母さんが心配そうに歌音姉ちゃんに尋ねた。
「大丈夫。今日の分は振り替えたから」
そつのない優等生の歌音姉ちゃん。そういうのはしっかりしてる。
「和奏は?仕事は大丈夫なの?」
そう、怪しいのは和奏姉ちゃん。
日頃のストレスから家での荒れようったらない。まぁ、ゴロゴロうだうだしてるだけだけどな。
「今日は午後から休暇をとってあるわ。会社の人にもお母さんについてあげてって言われてる」
「そう。ごめんね……。本当にごめん……」
母さんはまた、俯いて謝罪の言葉を繰り返し始めた。
「さっきから、母さんは謝ってばっかだ」
「謝ることないよ。だって事故なんだもん。意識が戻って良かった…」
「もう、ごめんは無しね」
三人がかりで母さんを慰める。
「何か、あんたたちと会ったのが、ずいぶん前みたいな気がするの……」
何だかまだ夢をみているような虚ろな表情で母さんがボンヤリ呟いた。
「それは……。やっぱりずっと意識がなかったからじゃない?」
「だって母さん。最初ここに来た時、俺達のことを知らない人を見るような目で見てたもんな。まだ、混乱してるのか?」
「まだ、ぼんやりして当然よ。また明日くるから、今日はゆっくり休んで」
和奏姉ちゃんに目配せされて、俺は荷物をまとめて立ち上がった。
「ありがとう……」
和奏姉ちゃんが母さんに布団を掛けると、母さんは静かに目を閉じた。
やっぱり疲れてたみたいだ。
「また、明日ね」
病室をそっと出て、最後に和奏姉ちゃんがドアを閉める。
「痛ってえ!」
病室を出たところで、耐震工事か何かで下がっている天井の柱に俺は頭をぶつけた。
「何でこんなところに……」
じんじんする頭を抱えてしゃがみこむ俺。
「奏大、うるさい!」
「大袈裟ねぇ。ちゃんと前ぐらい見なさいよ」
姉たちは冷たくそういうと、俺に荷物を押しつけたまま、身軽に病院のロビーから出ていった。
「おい、ちょっとは持てよ!」
俺は頭を撫でながら、荷物を抱えて姉貴たちを追いかける。
「おわっ……!」
うす暗闇で見にくくなっていたエントランスで段差に足をとられて俺はバランスを崩した。
と、衝撃でビニールのコンビニ袋が破れ、中身がそこら中の床に転がる。
「あ~あ……」
照明が落とされた、仄かに消毒液臭いエントランスで、お菓子やパンをしゃがみこんで拾う俺。
「今日は疲れたなぁ……。早く終わらねーかな。プチ不幸……」
残念ながら帰ってからも、マンションのエレベーターの扉に挟まれたり、タンスの角に足の小指をぶつけたり、風呂あがりに冷たい飲み物が冷えてなかったり、と地味なプチ不幸は日付けが変わるまで続いたのだった……。




