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番外編 ショップ店員エミリアの絶叫!

「いらっしゃいませ。当店へようこそ」

今週もまた、はじまった。


長い長い一週間。

この仕事に慣れてはきたけど、立ち仕事はキツい。

帰るといつもパンパンになる、象の足のようになるふくらはぎ。


あたしはカウンターに立ってメーカーが卸してきた雑貨や日用品などを販売するショップで働いている。


エミリア・デラルト。寿退職を夢みる適齢期女子。


最近はお見合い雑誌『素敵な出逢い』で知り合った彼氏と会うことばかりを考えて、お客さんが来ない時はボンヤリ過ごしていることが多いかな。



まぁ、そこそこリア充ってやつ?



でも仕事は言うほどボンヤリできるわけじゃないの。

適当には忙しい。


忙しい理由はお隣さん。カルゾ公邸って、それはもう大きいお屋敷なの。うちのお得意様。


カルゾ家は我が国ユッカの西側、カルゾ領を治めているんだけど、このエスト城下町とカルゾの中心部が比較的近いこともあって、めちゃくちゃ美人のカルゾ女公様は領地よりも便利なこちらの方にいることが多いみたい。



まぁ、そんな理由で使用人もあそこのお屋敷はたくさん雇ってる。

つまり、うちのお客さんはほとんどココからだ。


しかも昨今はどうやらGネット通販が流行ってて、うちの店はその荷物の集配窓口にもなっているから、カルゾのメイドさんたちがよく荷物を受け取りにやってくる。

一人、可愛いのにめちゃめちゃ力持ちのメイドさんがいて、大量に荷物を積み上げて一度で運んでいくから本当にビックリ。



まぁ、それはさておき。

世の中、色々なサービスに対応しなくては小さな店は特に生き残っていけない、らしいから色々仕事は複雑な新しいことが増えていく。


らしい、とはそうウチの店長が言ってたからだ。

あたしには正直、難しい事はよくわからない。イマドキにしてはあたしは珍しくネットは苦手派だ。


だいたい、Gネット端末自体はとんでもなくお高いので、まだまだ庶民はネットカフェに行かないと通販で買い物はできない。

ネット利用料金をわざわざ払って日常的に買い物するほど、裕福な庶民は多くない。


という訳で、Gネット通販愛用者はほぼ、カルゾ邸の方々だ。



一体、何を買っているのだろう。

お偉い様の買い物を少しのぞいてみたいような気もするんだけど……。


良いお値段がするものほど梱包が丁寧だ。最近よく大量に届く荷物があるのだが、中身が何かはわからない。謎だ。


女公様が何を買ってるのか、なんて本当に興味津々。



「エミリア、相変わらず今日もボサッとしてるのね」

「余計なお世話ですよ」

同僚のコロンがカウンターに頬杖をついて話しかけてきた。


うん、今日は朝から結構暇な日だ。


「ねえねぇ、ラツィオだっけ。まだ続いてるの?」

「う~ん。続いてるような、続いていないような」

あたしは迷いながら答えた。


「え、どういうこと?」

「最近さぁ、王子様があたしのことを見つけてくれたんだよねぇ」

「はぁ?あんた熱でもあるの?エミリア」

コロンがあたしの額に手を当てた。


「失礼な。ないわよ」

コロンの手を振り払うあたし。

「じゃ、妄想?病院行く?」

「げ・ん・じ・つ!ほら、来たわ……」



「あ、ヴィンセント様じゃない」


その光り輝くお姿が、ガラス窓越しに見えた。


風に揺られて緩いウェーブが額にかかり、お母様譲りの見事な輝く金髪を鬱陶しそうにかきあげる仕草までキラキラして見える。濃い睫毛に縁取られた冷たい碧い海のような瞳。冷たく感じられてしまうほど際立って整った目鼻立ち……。


そんな冷たく凍りつくような視線が、ガラス越しのあたしに向けられると、堪らなく色っぽい熱視線に変化して、射抜かれるように見つめられる。



カルゾ公子ヴィンセント。


「金の公子」と世間では呼ばれてるヒト。

この世のホンモノの王子様だ。



そして、あたしの理想の王子様。



今月に入ってからなんだけど、ヴィンセント様がこの店の前をお通りになる時、毎回あたしに熱烈な視線を送って下さることに気づいちゃったの。



ガラス越しに、ただジィ~ッと見つめるだけ。

店の中に入ってあたしに声をかけたりは、ない。



意外に恥ずかしがり屋さんなのかな。ヴィンセント様って。



「あたしのこと、きっと見初めて下さったんだ」

コロン相手にあたしは呟いてみた。


「まさか。それは、ないない」

即座に否定するコロン。

「何でよ!」


「大体さぁエミリア、あんたヴィンセント様に何か言われたわけじゃないんでしょ?」

「それが、言われたの!めちゃめちゃ熱く見つめられて、それで可愛いって……。食べちゃいたいぐらいだって……見つめながら呟いて下さるの」


そう。あの日はドアが開いていて、ヴィンセント様の呟きが聞こえたの。

ビックリしたわ。そんなに思って下さっているなんて!


「うへぇ……何か気持ち悪ぅ。あんたの幻聴じゃないの?大体そんな台詞、あの金の公子が言うかなぁ」

あくまで疑い深いコロン。


言いますって!だってこの耳で聞いたんだもん。


「本当なんだって。信じてよ……」

「そんな事あるわけないじゃん。バカね~、そんなんで彼氏とも別れちゃってさ」


そう。ヴィンセント様のことを考えてたら、ラツィオのことなんかどうでも良くなってしまって……。


あんなに毎日、ラツィオの事ばかり考えていたのに昨日、アッサリお別れしてきちゃったの。



「そういえばさぁ、ヴィンセント様って好きな方が居るって噂をネットで見たことがあるような……」

「えっ、銀の公子のこと?それならあたしも聞いたことがあるけど」

Gネット掲示板では、金銀公子のBLネタで盛り上がってるらしい、と聞く。あたしは殆どネットを見ないから今も盛り上がってるかは不明。



「う~ん。まぁ、そっちのご趣味だっていうのも捨てがたいわよね」

「美しいから、男同士の浮気は許す。あたしは寛大な女なの」

「浮気ねぇ……。現実の男で手を打っとけば良いのに」

「あたしは現実の手が届くそこら辺の男よりも、夢の王子様を選ぶ女なのよ~!」

「ハイハイ……」



そんな会話をした翌日。


その日を境にヴィンセント様は、一切あたしに熱視線を向けることはなくなった。



いったい何故?

……あたしに思い当たることは何もない。



昨日、何かしたかなぁ。


思い当たる事と言えば、昼にニンニク料理のランチを食べ過ぎたことかな?あれはちょっと自分でもニオった。


ガラス越しに臭かったのかも?


ニンニク臭い顔を晒して嫌われた?


……イヤ、そもそもニンニク臭い顔って何だ……?



あたしは店のカウンターに突っ伏した。


あ~、ヤル気出ない~。



「エミリア、お客さん!」

「へい、へ~い」


店長に呼ばれてヤル気なく顔をあげると、そこには夢にまで見たヴィンセント様の麗しいお顔が!


「うわぁあっ!」

あたしはカウンター越しに飛び上がった。



いつもは力持ちのメイドのモニカさんが軽業師のように、大量に荷物を運んでくるんだけど……。


珍しくご自分でいらっしゃるなんて。やっぱり、あたしに……?



興奮しているあたしに対し、ヴィンセント様は何の感慨もなく、

「これを頼めますか?」

と大きな箱をカウンターに投げ出した。


……。


ヴィンセント様、めっちゃ無表情なんだけど。

今までのあの熱視線は何だったんだろう。



おーい、王子様。愛しいあたしが目の前にいますよ~。気づいてぇ。



「どちらへ送りましょうか?」

わざとらしく両腕で胸をサイドから寄せて挟み、目の前で谷間を強調させてみた。

『素敵な出逢い』のラツィオが落ちた技、炸裂!


同じ男ならこのあたしの自慢のEカップに食いつけっ!



「ここへ返送願います」

ヴィンセント様はあたしの胸の谷間には何の興味も示さず、 淡々と紙切れを渡してきた。


惨敗……。やっぱり、BL?

それかおっぱい星人じゃなくて、お尻の方なのか?



「はぁい」

えっと……?どこへ送るのかな。


紙切れを受け取ったあたしは、石像と化した。



……アダルトショップ専門店、Gネット支店……。


あだるとしょっぷぅ?!


って大人のアレ??

えええ~!!



頭がフリーズ状態なのに、確認をしたあたしはエラい。

「本当にこちらでお間違いないでしょうか?」

「はい。着払いでお願いします。執事がうるさいので」



しかも着払いかいっ!


何と、金持ちのクセにケチくさい……。

天下のカルゾが配送料をケチるって?!



「では、恐れ入りますが、念のため品物名を伺ってもよろしいですか?」

勇気を振り絞って、中身を尋ねたあたし。


「ソフトSMセットと透け透けピンクバニーコスチュームです」

「は?」

あたしは耳を疑った。


「ソフトSMセットと透け透け……」

真顔で、表情一つかえず繰り返す金の公子。


「もう結構ですっぅ!!」

涙目であたしはそのセリフをさえぎった。



金の公子の爽やかイメージがガラガラと音を立てて崩れていく……。



「返品理由はどういたしますか?」

止めておけば良いのに、日頃の習慣でマニュアル通りついつい聞いてしまったあたし。


「使用感の悪さですね。うちの執事に試着させて試したら、残念なことに生地が伸びてしまいました。粗悪品ですねぇ」

「は?」

「この手錠や縄も、ソフトとうたってる割に肌に傷がついてしまう代物でした。こんな製品を使ったら、私の大事な××××(自主規制)が×××(自主規制)になってしまいますねぇ」


このお綺麗なお顔からの×××(自主規制)。


あたしは何を言われたのかわからなくて、今度こそ呆然としたまま固まった。


しかもうちの執事って。あの黒髪の真面目そうな背の高いあの人だよねぇ……試した?ためしたぁ??


どうやってだろう……。考えると怖い。どっちが、どっち?


いや、そんなことはどうでもいい。やっぱり噂通りBL確定だったんだ。


残念過ぎる。あたしの王子様、さようなら~。



「せっかくの綺麗な×××(自主規制)に傷をつけてしまうなんて、楽しむ以前の問題ですよねぇ」

「わぁぁ~!!もう、もうやめてくださいっ。連呼しないでぇぇ!!」


崩れさった爽やか王子様イメージがさらに、追い討ちをかけるように塵になって消しとんでいった……。


「あと申し訳ありませんが、追加でやはりバニーではなく、猫耳に交換希望と書いておいていただけますか?」

「……」

もはや言葉を発することが出来ず、黙々と心を無にして言われた通りの伝票をあたしは機械的に仕上げた。


ふぅぅ~。

もう早く帰れ。


頼むから帰ってくれ。



あたしの切実な心の声は彼には届かず、返品手続きが終わったというのに何故かヴィンセント様は椅子に座り直した。


「あと一つお尋ねしますが、この前までここにあった等身大ポスターはどこへいったかご存知ですか?」

さっきまで、×××(自主規制)を連発していた人物とは思えない爽やかさで質問をされる。


「あ、あぁ。あのポスターなら新しいアディジェショップのポスターがきたので、今月のものに張り替えましたが……」

「こないだまでのポスターはどうしたのですか?」

急にカウンターから身を乗り出して、ヴィンセント様が迫ってきた。


やだぁ。近い……。


何?なに?

……ポスター?それがどうしたの?



「事務所にございますが」

「譲っていただくことはできますか?」

「はぁ、まあ処分するつもりでしたから……。どうぞ差し上げます。今持ってきますね」


ヴィンセント様はルンルンで等身大ポスターをゲットすると、何やら気持ち悪くポスターに囁き、頬擦りせんばかりの勢いで大事そうに抱えて直して、もうここには用はないとばかりにセカセカ立ち上がった。



アノヒト……。


いや、もうアイツでいいや。



さっきポスターをしまう時にアイツ、『暫くこれを使って我慢しますか』ってブツブツ言った!



これを使って、って何?


なにぃ???一体なにするつもり……?!



『変態……へ・ん・た・い……』

もう、アイツの顔を見るとこの四文字しか浮かばない。



もしくは変質者でも可。



いくら、熱狂的で有名なアルルのガチファンだとしても、気持ち悪過ぎる。



あたしを見つめてた熱視線の正体は、あたしの真後ろに張ってあったあのアルルのポスターだったんだ!



今月で張り替えたから、アルルじゃなくなってしまって……道理であたしの方を見ないハズだよ。


毎日ポスターを熱烈に眺めて、一人ブツブツ呟いていたって事?



うわぁっ。何か寒気がぁ……。



ポスターを眺めて呟く声は低音の素敵な心地良いお声でも、内容は最低……。




「……ありがとう、ござい……ましたぁ……」


チリンチリン。


出入り口のドアの鈴が鳴って、客が帰ったことを告げた。



等身大ポスターを抱えたピカピカ輝く金髪の背の高い男のシルエットが、店の前を横切って行く。


その足取りは来店した時とはうってかわり、スキップしそうなほど軽やかな足取りだった……。



「あたしの、あたしの夢の王子様……はドコ?」

とっても大切なモノをなくしたような気がする。



呆けたようにカウンターから動かないあたしに、一部始終を見ていた店長が気の毒そうな顔をしながら、売り物の月刊『素敵な出逢い』をそっとあたしの手に握らせてくれた。




そのまま灰のように真っ白に固まること、半時。



「あれぇ?エミリア、あんたにはキラキラした夢の王子様がいるんじゃなかったのぉ?」

シフト交代でコロンがやって来て、『素敵な出逢い』を握りしめたまま固まって動かないあたしを揺さぶった。



「……キラキラした夢の王子様なんか、王子様なんか!現実にはどこにもいないわよぉぉ~!!!」


正気に戻ったあたしの絶叫が、店内に響き渡ったのだった。

《おしまい》

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