第7話 カフェでオフ会?
「はぁぁ~っ、アルルちゃん、可愛かったねぇ……」
「いつまで惚けてるんですか?お嬢様……さっさと食べて出ますよ」
ルーチェは私の感動の余韻にはとりあわず、ユッカ名物のフルーツフレーバーのお茶を飲みながら私を急き立てた。
ルーチェに引っ張られ、街をキョロキョロしながら歩く、握手会からの帰り道。
途中でユッカナウに掲載されていた「カフェ リエージュ」を見つけ、絶対にフードをとらないことと、長居はしない約束でルーチェに一緒に店に入ってもらった。
くぅぅ~!やったぁ。ここの日替わりパンケーキ、食べてみたかったのよね~。
お目当ての本日のパンケーキは、ブルーベリーに似たフルーツソースがかけられ、クリームが添えられたシンプルなものだった。
う~ん。名前はよくわからないけどこの果物のソース、さっぱりして美味しいわ。どうやって焼いてるのかわからないけど、生地も厚くてフワッフワ。口の中に入れるとじゅわっと蕩けていく感じ。ソースとクリームがまた合うのよ…。
「ん~、幸せぇ」
フードがでかいので口に運ぶのが一苦労だ。
本当に邪魔だわ。フードとってもいいかなぁ……一応個室仕立ての客席だし。
「ダメです。混んできたら相席お願いします、って書いてありましたよ」
しっかり者のルーチェの許可はおりませんでした。残念。
「すみませ~ん。店内混みあってきましたので、相席お願いしま~す」
ちょうどその時、店員が個室ブースにやってきた。
ほらきたじゃないですか、と言わんばかりのルーチェの表情にあわててフードを深く被りなおす。
不便だわ~。
でも、私の場合有名人で騒がれるというより、露骨に怯えられるみたいだから、仕方ない。我慢します。
「すみません」
相席にやってきた男も、私に負けず劣らず怪しく帽子を目深にかぶっていた。
「お一人ですか?お連れ様もみえますの?」
ルーチェが私の隣に移り、席を空ける。
「一人です」
おおっ、なかなか渋い声ですね。そんなに若くはない落ち着いた声。
ん~、声は超好み。ほら、洋画の吹き替えでもう亡くなってしまった声優さんの…誰か名前は出てこないけど、低い伸びやかな美声。
声ばっかだって?
特に声フェチってわけじゃないんだけど、前がみえてる?っていうぐらい帽子を深く被ってて、つばもひろいし、口元ぐらいしか全然顔が見えないもん。
女性客やカップルが多い客層の店で一人でやってくるなんて、よほどのスイーツ男子なんだろうか。
そして、この帽子は訳ありさん?
なんで個室なのに被りっぱなしなのかしらん。
もしかして男性特有の加齢による、アレ?バーコード的になってると恥ずかしいのかな?
「あ、それ日替わりですか?」
私が食べているパンケーキを見て、浮き浮きした口調で向かい側に座った男が尋ねてきた。
「はひ……」
口の中いっぱいに頬張ってるのと、フードに隠れて食べてることもあってモゴモゴと答える私。
「私も頼みました。それ、食べたかったんですよね~」
「私も今月の特集で見て、どうしても一度は食べてみたくて……」
「おっ、ユッカナウですね?」
「まぁ、あなたも読んでみえるのですか?」
同じ読者という立場に親近感が湧いて、私は思わず身をのり出してしまった。
「構成も記事もなかなか面白いですよね。毎号チェックしてます」
「私は特に連載のコラムがお気に入りで」
「ほぅ、ミスターユッカの呟き、ですね」
「さすが!知ってみえるんですね~。私、大好きなんですよ、あの感覚。
この国のことも子どもさんのことも、大好きで美味しいものも楽しいことも何でもポジティブに楽しんじゃう感じ。
特に子どもが成長して手を離れてからのなんとなく、寂しいくてモノ悲しい感じは半端なく頷いちゃう」
私は律子全開で思わず興奮してまくしたててしまった。
……ルーチェの冷たい視線が痛い。
ハイ、スミマセン。
「そんなに手放しで誉められたら、ミスターユッカもさぞかし嬉しいでしょうね」
「そうですか~?、あっ、パンケーキ来ましたよ」
「ありがとうございます。お、これは美味しそうだ」
私は綺麗にフォークを使い、食べはじめた男の手元に見惚れてしまった。
年齢のある程度いった大きい手って色気があるわよね。
「帽子をお取りにならないのですか?」
「そちらこそ、フードは食べにくくありませんかな」
「えっとぉ……人前ではとってはいけないことになっていますの。そう、そういう病気なのですわ」
「え?そんな病気があるんですか…?」
「フードをとると世にも恐ろしいことが起こりますの。だからこのままで失礼いたしますわ」
「はぁ……」
我ながらイタい答えだが、間違ったことはいってない。フードをとってまたモンスター襲撃騒ぎになったらやだもん。
「では私も帽子をとると厄災が降りかかるということで、お許し下さい」
茶目っ気たっぷりな声で目の前の男は深く、帽子を被りなおした。
口元しか見えないけど、なかなかステキな顎のラインがみえる。まばらな無精髭はちょっと白いものが混じりかけているようだ。
マルサネからみたら、父親世代だけど律子からみたら同級生ぐらいかしらん。
バーコードだろうが、ピカピカだろうが若い頃は人柄的なところも良さそうだし、結構モテていたんじゃないだろうか。
「ごちそうさまでした」
私が手をあわせてフォークを置くと、
「そのポーズは何ですか?」
と聞かれてしまった。しまった、つい習慣で…。
「ええと、遠い異国の風習なんですが食べ物や作ってくれた方に感謝をして手をあわせる、というものなんですのよ」
遠いっていうか、異世界の日本ですけどね。
「へぇ、それは素敵な風習ですね。貴方はどこでそれをお知りになったのですか?」
「え?!えっと、本です、本。私、本が大好きなんです」
「それは私たち、気が合いそうですね。私も本には目がなくて……よろしければお名前を伺っても?」
「ええぇ?!名前ですか…」
どうしよう。マルサネ、も律子もダメよね?
なんか、偽名……うわー、思いつかない~!!
目の前のロゴを見て、苦し紛れに答える。
「リエージュ……ですわ」
思いっきりナプキンに刺繍された店名を読みあげたのにも関わらず、
「リエージュさんですか?」
とかえされてしまった。
そんなわけないでしょう……お願いだから、察してよ。
「あなたは?」
「私、ですか?では、私はサラックと」
「はぁ……」
ルーチェが飲んでる特産のお茶って、サラック茶よね。ドリンクメニューの一番上だわ。アップルティーに近いフレーバーの爽やかな風味。
あなたも私と同類ね……。
「お嬢様。帰る時間です」
ナイス、ルーチェ。これ以上の会話は私もギブアップ。
ルーチェに促されて、私は席をたった。
「ではサラック様、お先に失礼いたしますわ。同じ雑誌の読者ということで、お話できてとても楽しかったです」
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。リエージュさん、またどこかでお会いしましょう」
大きな手を差し出された。
「はい」
思わず、反射でアルルのように両手でしっかりと包み込むように握ってしまう。
あ、温かい手。こんな男っぽいがっしりとした手になでなでされたいわ~。
「……あ~、リエージュさん?」
サラック、と名乗った男が困惑したような声をあげた。
しまった、またやっちゃった!?
アイドルの握手会じゃないんだから、これはまずかったわよね。
ガラス窓に目を向けると、すっぽりフードを被った体格の良い怪しい人物が、これまたどこで売ってるの?というぐらい大きな帽子を被った怪しい大男の手を握りしめている姿が写っていた。
傍目にめちゃめちゃ怪しい。何かの宗教の儀式みたいだわ。
ルーチェも固まっている。
「さ、さよならで~す!」
私はパッと振り払うように手を放し、ダッシュで店を出た。もちろん、支払いはルーチェ。
ルーチェが居なかったら食い逃げって騒がれるところだったわ。猿姫食い逃げって、すぐにニュースになりそうじゃない?