第46話 不気味な来訪者!
「ソーヴェ様」
「何?」
寝起きでボーッとしていたソーヴェ様はだるそうに居間の寝椅子から身を起こした。
もう、太陽は遥か高く昇っている時間だ。
噂通りの寝起きの悪さ。ソーヴェ様、かなりの低血圧なんじゃなかろうか。
「ご報告を」
長身の真面目そうな、かっちりと黒髪を後ろに撫でつけた執事がソーヴェ様の側に寄って膝をついた。
「妙な報告が……。今お聞きになりますか?」
執事は私に視線を向け、ソーヴェ様に尋ねた。
な、なによ……。
邪魔なら出ていくけど?
私は無言で半分、ソファーから腰を浮かせた。
ちょうど、豪奢なカルゾ邸の居間に招かれ、お茶をいただいていたところだった。
この皿に積まれた焼き菓子の誘惑は抜群だったが、カロリーも正直気になるし。
手を止めるには良いタイミングかも知れなかった。
もう、無意識に六つも食べていたらしい……。
このカルゾ地方伝統のケーキ。バターが効いてシンプルだけどホロホロっと口の中でほどけて、ついつい、手がのびてしまう。全く、キリがないんだもん……。
「彼女のことなら構わないわ……。ゲンメ絡みかしら?」
「いえ、女性の方は御気分が悪くなられるかもと……」
執事は口ごもった。
伝えようか迷っている様子だ。
「あぁ、そっち系?後で詳しく聞くからざっくりとでお願いね」
「はい、承知いたしました。では、お伝えいたします。
先程、城の警備の者たちからの報告によると、エスト裏通りの部屋で変死体が多数見つかったようです。どうやら死後およそ、数週間。集団自殺したわけではなさそうとのことでした」
「変死体?多数ってことは腐敗して臭ってきたってこと?」
眉一つ動かさず、平然と仰るソーヴェ様。
さすが、ユッカ国一番の武人。
私はちょっと線香と色々入り混じった独特の火葬場の臭いとか思い出して、気持ち悪くなっちゃったわ……。
「いいえ、逆です。全く臭わなかったので、どうやら発見が遅れたようなんです」
「臭わなかった?」
「はい、全員どうやったか全身から血液や体液を抜かれた状態……つまり、木乃伊状で見つかったようです」
「木乃伊?しかもそんな街中で大量に?……それは妙ねぇ」
美しい、この邸の主は秀麗な眉を盛大にひそめた。
「確かに気持ち悪いし、奇妙なことだわ。エスト城にカルゾの衛兵を出して応援部隊の名目で探って来させて。他に気になることはあった?」
「その他は特に」
「なら、お願いね。ナルド。こういう時にパロマが居ないと情報確保は本当に不便だわ……」
執事が下がっていくとソーヴェ様は大きく、うう~んと伸びをして、しゃっきり立ち上がった。
光り輝いて、渦巻く金髪が眩しい。
「さて、リツコ。貴女はウチから絶対出ない方がいいわよ。サラックが暫く来れないかもしれないけど、ゲンメからルーチェを呼んでみるから我慢して頂戴ね」
「はい。ソーヴェ様」
やったぁ!ルーチェが来る……!!
ルーチェには昔、世話になったと感激するカルゾメイドのマリンが甲斐甲斐しく世話をしてくれるから不自由することはないが、やっぱりルーチェが居ないと寂しい。
ソーヴェ様はやっと目が覚めて活動モードになったらしく、馬を引き出して慌ただしく邸外へ出かけて行った。
大公宮だろうか……。サラック様に会いに行ったの?
ヤダヤダ。これじゃ本当に私。
ただの嫉妬丸出しの中年女じゃないの。
あ~あ。早く、ルーチェ来てくれないかなぁ?
私は豪華な刺繍が施されたフワフワクッションに顔を埋めた。
やることがないのも、ツラい。
客人として厚遇されているから、何もしなくて良いことが逆に落ち着かない。
皿の一つ洗ったり、雑巾がけしたりさせてもらおうかしら。少しぐらいは働かないと……。
そう提案しようかとマリンを探しに居間を出た途端、
「リツコ様、ゲンメから馬車が到着しましたよ」
と、派手なメイクの猫目のメイドが声をかけてきた。
「ええと、モニカだっけ?ありがとう……」
派手なメイクの割に、深々と頭を下げてワゴンに書類を乗せて奥の部屋に運んでいくモニカ。
彼女、いっつも急いで何か運んでるわね。そういう仕事なのかしら?
私はルーチェに会える嬉しさで、使用人の出入口に小走りで急いだ。
「お嬢様!マルサネ様はどこですか!」
馬車から降りてきた女が声をあげた。
「え……?」
私は馬車に駆け寄る足を止めた。
チガウ。違う……。
声が、顔が、姿が。
……ルーチェじゃないっ!!
まったくの別人だ。
偽物……?
「貴女は誰?」
警戒する猫のように背中を丸め、精一杯威嚇するような声で私は尋ねた。
「フン。お前、ここの使用人か?マルサネ姫はどこだ?さっさと呼んできてもらおうか」
衣装こそ、ルーチェと同じゲンメメイドの地味なお仕着せだったが、そのメイド帽の下からのぞく顔は見たことのない、酷薄な表情を浮かべた三白眼の女だった。
……何者?
ルーチェはどこ?無事?
「マルサネはここには居ないないわよ……」
私はジリジリと後ろに下がりながら、絞り出すように答える。
「だとさ。どうするよ、お頭?」
女はメイド帽子をかなぐり捨てて、馬車の中に向かって面白くなさそうに言った。もう、ルーチェのフリをする気はないらしい。
「メイドの真似事も出来んのか、お前は……。まぁ、良い。アヤツはここの邸に必ず居るはずだ。構わない。探せ……!」
地を這うような低い声が馬車の中から女を叱咤した。
「だってさ、オバサン。て、ゆーことで、さっさと吐いちゃった方が楽になると思うけど?」
獰猛な獸のようにニイッと歯を剥き出した女は、嫌な笑い方をしながら私に近寄って来た。




