side:カルゾメイド マリン
「マリン、お客さん!」
同僚のモニカに呼ばれて、私は執務室の書類の山からノロノロと顔を上げました。
「お客……?私に?」
「みたいだけどぉ?忙しいなら、断る?」
私は判断を仰ごうと、隣の机で私よりも大量の書類に囲まれている上司のナルドさんを無言で見つめました。
今日中に本国に送る通知のチェックなど、仕事が結構残ってるんだけど……。行ってもいいのかな。
「いいですよ。少しぐらいなら何とかなりますから」
心なしか昔よりも柔らかくなったナルドさんの笑顔に、キュンキュンが止まりません……。
うわぁ……。その笑顔、本当に反則だわぁ……。
ヨダレ出そう。
「ありがとうございます。少し出てきますね」
私はひそかに少し出てしまったヨダレを拭きながら、山のように積まれた決裁箱を掻き分けて廊下に出ました。
執務室の外で、両手に今日届いた荷物を抱え、ヨチヨチ歩くモニカに声をかけました。
「それで、何処へいけばいいの?」
「入り口の客間に居るらしいわよ~」
「で、モニカ。誰が来たの?」
「私も門番から伝言頼まれたのよ。ルーチェって言えばわかる、って言われて」
「……ルーチェ!?、それを何で早く言わないのよっ」
私はモニカを置いて、早足で客間の小部屋へ向かいました。
「すみません、お待たせしてっ!」
「こちらこそ、忙しいのに突然ごめんなさいね、マリン」
「大丈夫です。上司の許可とりましたから。お珍しい……。どうかされたのですか?」
使用人の応接室に使われている小部屋で待っていたのは、ルーチェさんでした。
今はゲンメ公邸でメイドとして勤めていらっしゃいます。
私の恩人の方です。
私が昔、スポーツ格闘技の大会に出ていた時、ルーチェさんには色々お世話になって……。当時のルーチェさんはユッカ国内のスポーツ格闘技大会を五連覇中でした。私の若い頃の目標であり、憧れだった女性なんです。
これまで私からご挨拶に伺うことはあっても、ルーチェさんが私を訪ねてくるなんて……初めてのことです。
余程何かあったのかしら?
「今日来たのは、あなたにお願いがあって……」
「お願い……?何でしょうか」
「至急ソーヴェ様に伝えて欲しいことがあるの」
「ソーヴェ様に?」
「私ではすぐにお目通り願うのは、難しくて」
ルーチェさんはゲンメ公邸勤め。
正直、昔からゲンメとカルゾの仲はそれほど良いわけではありません。
いくらフランクなソーヴェ様とはいえ、公主のお立場にある方。確かに、ゲンメ勤めの使用人が気軽に会えるものではないですものね。
「マルサネ様のこと、リエージュの件で内密にお願いしたいことがあるとお伝えしてもらえないかしら?貴女しかこんなことを頼める人がいなくて……」
「マルサネ様のこと、ですか?」
「ええ、リエージュの件というのは以前、ソーヴェ様より使いの方が来てやりとりしたことなの」
「使いの方?」
「執事服をきた男性よ。ソーヴェ様がナルドとお呼びになられていたわ」
「ナルドさん!?」
思わず私、叫んでしまいましたわ。
「マリン、知ってるの?」
「ええと……、私の上司です。今、さっきも一緒に仕事をしてました」
「なら話は早いわ。お願い、マリン。あまり時間がないの……!」
ルーチェさんの必死の「お願い」に私は頷きました。
「わかりました。ナルドさんと相談させてもらって、ソーヴェ様に伝えてみます」
私は執務室の方へ急いで駆け戻りました。
早足で戻りながら、先日のパーティーでまさにこの場所で、ソーヴェ様がマルサネ様に薔薇を投げつけて不穏な雰囲気になったことが思い出されました。
あれから、サラック様=大公様もおいでになって暫くお話になられて。
どんな話をされたかは、部屋の外に待機していた私にはわかりません。
あの時、結局パーティーには参加されず、マルサネ様はお帰りになられました。その時の皆様のお顔があまりに寂しくて、切ない表情だったので私にとってもあの時のことは忘れられない光景だったのです。
ルーチェさんの「お願い」は、多分そのことと関係があるような気がして仕方ありませんでした。




