第6話 神対応!
「凄い人ねぇ、ルーチェ……」
「そうですね、これはちょっと私も予想外でした」
なんとか私たちが会場にたどり着いた時には、もう第一部のアルルコレクションは終了し、第二部の握手会が始まっていた。
第一部から熱狂覚めやらない様子の客が握手会ブースに移動する人並みに合流して、私たちも歩いていく。
ステージ横に特設の販売スペースが設けられ、その奥に握手ブースがあるらしい。
私はヨロヨロとあっちにぶつかり、こっちにぶつかりして「デカイやつだなぁ」「邪魔だ!」と罵声を浴びながら、何とか握手会の列に並ぶ。
「アルルちゃん……早く握手したい…」
「俺だけのものになってくれ、アルルちゃん!」
男女問わず、あちこちから危ない呟きが聞こえてくる。
なんか、並んでる人が皆、異様に興奮してしてるように見えるのは何故?目も若干、血縛ってない?
「ちょっと危険な雰囲気ですね、お嬢様……」
「そうね、ルーチェ。何かあったのかしら」
第一部のアルルコレクションってそんなに興奮するようなものだったの?
しまった。私も見たかった……。
「普通に並んでいたら、遅くなってしまいそうですね、お嬢様、ちょっとここでお待ち下さい」
そう言うとルーチェは列を離れて何処かへ行ってしまった。
トイレかしら。お腹が痛くなったとかじゃないと良いけど。
私もトイレに行っておけば良かった。何だか緊張してきたわ……。
程なくして、ルーチェは意気揚々と戻ってきて私の手を引っ張った。
「お嬢様。整理券をゲットして参りましたわ。さぁ、握手してさっさと帰りますよ」
「整理券なんて、どこで?」
「そこでダフ屋が法外な値段でふっかけておりましたので、話し合いましたら快く譲ってくれましたわ」
ニッコリ、言いながら拳をさするルーチェ。
そういえば、この娘。地元の格闘技の大会で優勝したこともあるから、いつでもボディーガードが出来るようなことを言ってたわね……。
「へ、平和的に解決してね?」
「まぁ、お嬢様に言われたくないですわ」
「ほら、目立つと困るし」
「ちゃんと植え込みの奥に片づけてきたから大丈夫ですって。それにしても以前のお嬢様なら群衆を弾き飛ばして、真っ先にブースに飛び込みそうですのに。よく我慢されて並んでおられますね?」
そりゃあ、日本人だもん。列があれば習性で並ぶよ。
それにしても、植え込みの奥?……追及しないでおこう。ルーチェを怒らせたら怖そうだ。
「……一応、外出禁止中だし。これからはそういうのは止めようと思うの。ほら、私、頭を打ったら突然大人に目覚めたのよ。あるでしょ、そういうこと」
「そんなことあんまりないと思いますよ?
今までも散々、落馬したりそこらじゅうでガンガン頭をぶつけたりしてみえましたけど、全く平気でしたが?」
「だから、ほら思春期だから?」
便利な言葉を引っ張り出してみる。
「思春期ですか~?まぁ最近のお嬢様は以前とまるっきり別人のレベルだと思いますよ」
鋭い。
というか、普通は身内が直ぐに気づきそうなものだけど、今の環境は身内が一番何も気づかないんだもの……。
「そんなに変わったかしら?」
「ええ。でも今のお嬢様の方が私は好きですわ。
なんだか実家の母といるみたいな安心感があって落ち着きますし」
「……ありがとう。ルーチェ」
「ほら、そういうところですよ。以前のお嬢様ならお礼を言うなんて、誰に対しても絶対にありえないですよ」
「はぁ」
そりゃあ、中身は実年齢より中身は20近く年齢上だもん。子ども三人産んだ経産婦のどっしり感が滲み出ちゃうのかなぁ。それにルーチェなんか、年齢的に私の娘みたいなものよ。オバさんの世話をさせて申し訳なくて、反射でついお礼を言ってしまうけど、お礼って人として言わないとダメになると思うのよね。
まぁ、とにかくルーチェのおかげで長蛇の列に並ばずに済み、程なくお一人様一つ限り、念願のキスハート限定品を無事ゲット出来たの。購入後特典なので、これでやっと握手タイムへ突入よ。
私は握手ブースを前にして汗ばんだ手をフードで拭きまくった。うちの娘の好きなアイドルの推しメン握手会に連れていかれた時より緊張して、手汗が止まらないわ。
もうすぐ、アルルちゃんに会える~。
リラックス、リラックス。深呼吸でもしよ。
「お嬢様、鼻息があがってますわ」
ルーチェに指摘されて、またフガフガしちゃったことに気づく。
「セキュリティチェックお願いしま~す」
スタッフさんから声がかかる。
あぁ、持ち物ね。ハイハイ見てくださいな。
「え~っと?男性?女性?フードをとってもらえますか?」
「女です。あの~、恥ずかしいから被ってていいですか?」
「じゃあ、ボディーチェックお願いしますね~」
手慣れたスタッフに私の逞しい身体をフード越しにペタペタさわられる。
「お客様。ポケットに何か入ってるみたいなんですけど、いいですか?」
「あっ、はいどうぞ」
忘れてた。おやつだ。
粉々になった焼き菓子がポケットから出された。
粉々になって袋からはみ出してる~。ルーチェの視線が痛い……。
「あ、オッケーです、どうぞ~」
後ろがつまってるのもあり、焦り気味に背中を押されてブースに入る。
「こんばんは。今日はありがとうございました」
うわ~。いたよ、アルル~!
かっ、かわいい~!!
長い睫毛。しっとりと艶やかな亜麻色の髪が、お人形のように整いすぎている小さい顔を緩やかに縁取っている。
桜貝のような可憐な唇に真っ白な透き通るような肌。琥珀色の瞳はうるうるしていて、ふるいつきたくなるほど可愛い。
白魚のようなほっそりとした手を差し出して「?」というように首を傾げてこちらを見つめている。
キラキラしていてまるで妖精みたい。本当にマルサネと同じ生き物とは思えない。
どうせなら私、アルルみたいな子になりたかったわ。「転生」っていうんだっけ?
だって私の今の感じって「憑依」っぽいんだもん……妖怪や悪霊がとりついてるみたいじゃない?
本当にこんな可愛い女の子に転生したんだったら、それこそ王子とかイケメン達に溺愛されるのがお似合いよねぇ……。
「フードをおとり願えますか?」
アルルのサイドにつくスタッフから声がかかる。
「このままじゃ、ダメですか?」
マルサネの顔をここでさらすのは、ちょっと心苦しい。
「セキュリティの都合でご協力下さい」
私がフードを握りしめてモジモジしていたせいか、アルル側のスタッフがざわつく。
(「事前に上から通達されてたアルルを狙う危険な奴って、コイツじゃないんですか?」
「しっ、黙って。何のキャラかはしらないけど、ただの悪役モブのコスプレーヤーかもしれないでしょ?」
「だって、見るからに怪しくないです?」)
ヤバい。私、不審者に間違われてる?!
「すみません!とります!!」
ばっ、とフードをはねあげ勢いよく前に進んだ。
「えっ、猿姫~?!」
「マルサネ姫だぁぁ!」
スタッフから驚きの声があがる。
やっぱり、私。有名人なのね……。
それもかなり良くない意味で。
「アルルを守れ!」
スタッフがアルルと私の間に大挙して立ち塞がる。何この人垣……人海戦術?
「猿姫の襲撃だ~!」
襲撃って……ドン◯ーコングか、何かモンスターがきたみたいじゃないのよっ。
そんなにマルサネって日頃から暴れ回ってたの?
悪名高過ぎでしょ…。
あぁ、アルルちゃんが見えない~。警備の人に隔離されちゃったわ。
「ちょっとお待ち下さい!確かにいつものお嬢様なら、アルルをボコボコにしたり、この会場で暴れるかもしれません。でも今日はなんと、大人しくちゃんと並んで来ていますのよ」
ルーチェが力なく座り込む私の前に立ちはだかって、遠巻きに取り囲むスタッフを睨みつける。
「アルルをボコボコ?」
「やっぱり、アルルを狙ってきたのか?」
ザワザワが広がる。
ルーチェ。庇ってくれたのは有難いけど、フォローになってないみたいよぉ……!
「いくらエスト公直営の運営組織といえ、ゲンメのお嬢様に対するこの仕打ちは覚悟のうえでしょね」
ルーチェは更に挑発的に続ける。
この子、若いわりに普段は落ち着いてるのに……意外に好戦的ねぇ。年頃の娘が、しかもメイドが中指とか立てちゃダメな気がするわ……。
「もういいわよ。ありがとう、ルーチェ。外出禁止でお忍びのはずの私がトラブるのはまずいでしょう?。今日のところは帰りましょう」
私は立ち上がると、小声でルーチェの耳元で囁いた。
「お嬢様……」
ルーチェはかなり不満げだったが、私が宥めるように彼女の背中をポンポンたたくと、挑発モードから落ち着いて一緒にブースの出口へ歩き出した。
「姫様、お待ち下さい」
「え?」
いつの間にか、アルルがスタッフをすり抜けて私の手をとっていた。
うわぁ、柔らかくてあったかい。
私は突然の出来事に、ぼぅっと惚けて立ち止まる。
「今日はわざわざお越しいただいて、本当にありがとうございました。こちらのスタッフが不快な思いをさせて申し訳ありません。どうかお許し下さいませ」
そっとサイン入りの限定品をもう一つ、私の手に握らせ、惚けて固まってしまった私をアルルは出口まで丁重に送ってくれた。
うわぁぁぁ!
これって……。
これがいわゆる、アイドルの「神対応」ってやつですかぁ?
やっぱり、異世界でもアイドルは私たちとは違う生き物なのねぇ。