第40話 真紅の幻影!
ドンッ……!
パラパラパラパラ……。
ヒュルル……。
窓の外では近所の納涼打ち上げ花火大会が始まっていた。
サリアさんの背後で光背のように柳や菊、牡丹の花火が広がる。
サリアさんの漆黒の空のような瞳が、花火の光をうつして鮮やかな色あいに変わるのが神秘的で思わず、ボーッと眺めてしまった。
「綺麗だけど、派手な迎え火ね」
サリアさんが花火を見上げて目を細めた。
「どう……して……ここへ?」
私は目をこすった。
幻?夢でも私は見ているの?
この一瞬で、消えてしまうんじゃないだろうか。
「地獄の釜の蓋が開いたから……。ウソウソ、随分と熱心に貴女が呼んでたから、来たのよ」
「呼んでた……?」
「あら、てっきり思い出したかと思ったんだけど」
思い出した……?
何を?
「私がマルサネだった時のことなら、片時も忘れてないけど……」
「どうやら、無意識……ってやつのようね。いいわ、一緒に行きましょう?|思い出すかもしれないから《・》」
サリアさんの言葉はまるで謎かけだ。
「一緒に?どこへ?」
意味がわからない。
思い出す?
私は、サラック様のことも……、マルサネだった時のことは加齢による多少の記憶力低下はあるかもしれないけど、忘れてなんかいないのに。
また、マルサネとしてあそこへ戻るってこと?
「あそこよ」
サリアさんの示した先には、花火が上がっている川沿いとは真逆の方角に輝く満月。
良く見ると縁まわりが妖しく赤く輝いている。
「月……?」
「そう、あの月の向こう側。今宵はあちらもブラッディ・ムーン。こちらの祖先が戻る扉とあちらの扉が開いた今なら行けるわ」
「どうする?リツコ。選ぶのは、貴女」
右手を差し出す、サリアさん。
あぁ、あの時と同じだ。
ゲンメのバルコニーで、ブラッディ・ムーンに彼女に呼ばれた時と……!
ごめん、和奏、歌音、奏大……。
私は心の中で、子ども達に謝る。
目が覚めてから何度目のことだろうか。子ども達に謝ってばかりだ。
母親としてじゃなくて、女としての気持ちを優先したがる私が謝らせてしまう。
成長して、大人になっていく我が子達をみて、嬉しいけど淋しくて……、私の必要性を昔ほど直接的に感じないからか、向こう側……マルサネだった時への思いが消えなくてボケッとしてしまう毎日。
行けるのなら、もう一度行きたい。
サラック様のもとへ。ルーチェがいる世界へ。
「行きます!私を連れていってください」
サリアさんは複雑な表情で微笑んだ。
「貴女は選んだのね……、この道を」
サリアさんの輪郭がボヤける。
「あぁ、時がうつる。では、行きましょうか」
サリアさんが、窓の外へフワリ、と出た。
いつの間にか全開に開け放たれた窓から、生ぬるい風が吹き込んできた。
このマンション、7階なんですけど。
まさか私に、ここを飛び降りろってこと?!
生身の私が飛び降りたら、スーパーで頭を打ったどころでなく、御陀仏なんだけどぉ…っ!
ちょっと冷静になって、私はサリアさんを見た。
私はサラック様達が恋し過ぎて、幻覚を見ているだけかもしれない。
幻覚に導かれてマンションから転落して、今度は新聞記事になるのもどうなんだ。
サリアさんは、私が作り出した幻影?
「サリアさん、あなたは一体何者なんですか?」
思わず、私はサリアさんに尋ねた。
「私?フフフ……ただの幽霊。マルサネの母親よ」
サリアさんは鈴を転がしたような声で笑った。
「でも……こんな……」
「貴女の世界ではなかったのかしら。古来から神隠し、不思議な出来事は」
「昔話なら聞いたことはあるけど……」
「そうね。何も特別なことではないわ。たまたま、ブラッディ・ムーンとこちらの霊魂の通り道が開いたこの時期に、月の魔力と銀の叡智の偶然が私を貴女の元へ導いた、それだけのこと」
「は……ぁ」
銀の叡智?
何のことだかわからないけどもう、私の作り出した幻影でもいいか。
また、サラック様に会えるなら。
「さて、皆があの送り火に夢中なうちに行くわよ」
折しも花火はフィナーレに入っていた。
連発に次ぐ、連発。
雷鳴のような爆音、夜空を彩る、これでもかと打ち上げられる打ち上げ花火による光の饗宴。
「リツコ、目をつむって」
サリアさんに言われるままに目を瞑ると、花火の音が頭の中で反響する。
「本当に綺麗な送り火ねぇ……。まるで星々が空から堕ちてくるよう」
花火の音の向こうから微かにそんなサリアさんの声が聞こえた瞬間、身体が浮き上がり、一回転するような感覚とともに視界が暗転した。




