side:ゲンメ公女マルサネ part6
「ソーヴェ、やめろ!」
現れたのは、長身のユッカ大公。
ハゲオヤジの読み通り、やっぱりソーヴェ様に招待されていたみたい。
リツコやソーヴェ様みたいに、あたしがサラック様とは呼ぶのはなんとなく抵抗感がある。
だって、あたしはそこまで親しくはないからさ。あとなんとなくだけど、あたしがそう呼んだらリツコに悪いような気がするの。
「サラック、この子……」
「その子はマルサネだ」
ソーヴェ様の言葉を遮るユッカ大公。
「そうだろう?」
「はい」
あたしはユッカ大公を真っ直ぐ見て、短く頷いた。
ああ、大公様。そんな切ない面差しで、あたしを見つめないでほしい。
何だか、泣き出しそうなのを堪えて無理やり笑っているような……。
そんなお顔されたらあたしも、サラック様って呼びたくなっちゃうじゃないのさ。
「ソーヴェ、この部屋借りるぞ」
ユッカ大公の言葉にソーヴェ様が肩をすくめて、両手をあげる。
「どうぞ」
「こちらへ。君と少し話がしたいんだが、いいかな?」
ユッカ大公(もうサラック様でいいや。リツコごめん)、があたしを手招きした。
身内だけの小さなパーティーとはいえ、先月のカルゾ武道大会の各部門の優勝者やら招待客はあたしたち以外も何人か居た。
最初に騒ぎを起こしたのはソーヴェ様だが、あたしも別に玄関ホールで目立ちたいわけじゃない。
「大丈夫、です」
あたしはモゴモゴ答えた。
「私は遠慮した方がいいかしら?サラック」
全然、遠慮する風もなくソーヴェ様が尋ねた。
「後でどうせ色々聞かれるぐらいなら居てもいいが……ソーヴェ、お前余分な口出しするなよ?」
「御心配なく。貝のように黙ってるわ。ここで人払いしてる」
ソーヴェ様は、先日も大公宮に連れてきていた執事に耳打ちすると、小部屋の入り口に椅子を引き寄せて座った。
ソーヴェ様の前を通って、あたしは何だかキョロキョロしながら入室した。
この小部屋は来客用の控え室だろうか。部屋の真ん中には一組の豪華なソファーセットが置かれ、勧められるままにフカフカなそこにあたしは座る。
「イヤな思いをさせたね」
向かい側に座ったサラック様が優しく話を切り出した。
「いいえ、大丈夫です。慣れてますから」
きっぱりとあたしは首を振った。
普通に店に入っただけで猿姫襲来~!って騒がれて、ひどい時には民衆から汚物を投げられたこともあった。
あの時は、さすがにへこんだわ。
匿名性の強い群衆ほど怖いものはないとあたしはあの時に学んだのよ。
それにくらべたら、薔薇一本ぐらい可愛いものだって。トゲはちゃんと抜いてくれたみたいだし。
「君は……、やはり違うんだな」
「はい。あたしはリツコではありません」
「君に聞くべきではないかもしれないが、知っていたら教えてほしい。リツコは?彼女はどこへ?」
すがるような、サラック様の真剣な瞳。
あぁ、リツコは愛されてるんだな~と思ってしまった。
あたしが分かれば、教えてさしあげたいんだけど……。
「わかりません。先日イスキアからの襲撃の際に、あたしは頭を強く馬車で打ったのですが……」
「イスキアの、襲撃?」
サラック様は初耳だったようだ。驚いてソーヴェ様を振り返る。
「あぁ、学園の裏路地の件ね」
当然、ソーヴェ様まで報告がいっていたようだ。
カルゾ家は先代メンフィ様がカルゾを継ぎ、サラック様が大公位に即位した時から、エスト城下町の警備を任されている。
あの時の若い衛兵達が何と報告したことやら……。
「あれ、やっぱりおかしいと思ったのよ」
「何かあったのか?」
「表向きは、ゲンメの御者だけが襲われたことにして処理したんだけどね。広範囲の夥しい血痕、あきらかに海蛇とゲンメの闇が争ったとしか考えられない現場状況だった。なのに目撃者の証言は、戦ったのはゲンメの闇達じゃなくてマルサネ姫だって言うのよ。一人で戦ってあっという間に叩きのめしたって言うんだから」
「ハハ……、一人ではありませんでしたよ?」
正確にはサヴィート達も居たし。
「今更だけどね。私が先日会ったマルサネは、歌は素晴らしかったけど武術のイロハも知らない、身のこなしは不器用な素人だった……それも最初に会った時におかしいとは思ってたの」
ため息とともにソーヴェ様があたしに向き合う。
「え?」
「あなたの父親タウラージは闇に育てられた男、娘のあなたも闇に鍛えられていると聞いていたからね。今日のあなたは、熟練の武芸者のようなムダのない動きをしている。目の配り、足音をたてない歩き方、そんなの一瞬で分かるわ。つまり本来のマルサネはあなた、ってわけでしょ?」
「はい。頭を強く打った時にどういうわけか、あたしは自分の身体を動かせるようになっていました。結果、おかげで海蛇達を撃退できたのですが……」
「頭を打ったら入れ替わるってこと?」
ソーヴェ様が鋭く尋ねてくる。
「それはリツコがあたしの身体に入った時に、リツコも散々試しました。あたしも一応、やってみましたがダメみたいです」
「そうか……」
あたしの報告に、明らかにガッカリしたようなサラック様。
頭をゴンゴンするのって結構、痛かったんだからね。一応、ちょっとはあたしの心配もしてほしいわ。
サラック様のこういうところ、あたしはちょっとイラッとする。
「サラック。あんた前からこの子の中身が別人な事を知ってたのね?」
「あぁ」
サラック様はソーヴェ様の質問に淡々と答える。
「いつから?」
「最初はマルサネだとは私は知らなかった。最初に気づいたのはウィルだ。私はリエージュ、という人物に魅了されて、リエージュがマルサネだと知り、本人からリツコだと告白された。こないだの夜会の時だ」
「やっぱりか。分かりやすかったわ。サラックは顔に出過ぎ」
「……」
無言でヘコむサラック様。
「で、どうやったらまたそのリツコに会えるのかしらね?」
凹んだサラック様を無視し、今度はあたしにソーヴェ様は質問をした。
そう、そのことはあたしもずっと考えていたこと。
「あたしも知りたいんです。あたしは、ずっとリツコの中に居ました。大公様やソーヴェ様と彼女が話をしている時も一緒でした」
「では、リツコはもしや君の中に?」
期待にサラック様のお顔が輝く。
わぁっ、そんな急にあたしに近寄らないでよっ。
「それが、わからないんです。呼びかけてもみました。あたしがリツコの中に居た時は、リツコはあたしに気づいていないようでした。だから、あたしもそうかと思ったんですが……多分、違います」
「違う、とは?」
「居ないんです。ポッカリ穴があいたみたいに……あたしの中から消えてしまった。そんな感じがするんです」
「消えた……?」
あたしの言葉にサラック様は小さく呟く。
「はい。リツコはここにはもう、居ません。もう何処にも、居ないんです……」
あたしの放った言葉は、サラック様だけでなく、何故だかあたしの心も抉っていった。




