第5話 キスハートは永遠の証?
「一体、何の騒ぎ?」
何だか公邸の外がお祭りでもあるかのように騒がしい。お祭りっていうより、暴動?のような雄叫びも聞こえるような気もするんだけど、気のせいかしらん。
私はさっき、適当に『頭が痛くなった』と言って学園のパーティーから早々に帰ってきて、灰色のジャージのように伸びる生地の作業着に着替え終わったところ。
楽で良いわよ、これ。スウェットに近い感じ?
私が着用すると、見た目に灰色猿になるから鏡は直視できなくなるけどね。
すっかり愛読書になった「ユッカ ナウ」を片手にベッドに転がっていた私は、お茶を運んできたルーチェに尋ねた。
「あぁ、なんでもアディジェショップのサプライズイベントらしいですよ。お嬢様」
「え?アディジェショップ?」
すっかり、「ユッカ ナウ」の読者である私は食いつき気味にルーチェに詰め寄る。
アディジェって言えば、「ユッカ ナウ」のトップスポンサー商会じゃん。なかなか、センスの良いものが揃っていて私的にはすっかりお気に入りだ。
ルーチェにお願いして、室内のゴテゴテピンク装飾を外してもらい、代わりにアディジェのカーテンや小物を置いてもらった。ピンク光線がなくなり、私の居室は見違えるように普通に落ち着く部屋になったわ。
「何のイベントなの?」
「なんでもアルルというモデルが初めてユッカに来たとかで……エスト城前の広場をジャックしてゲリライベントをしているみたいです」
「えっ、アルルちゃんがきてるのっ!?」
「はい、そのアルルモデルの限定品などが用意されてるとかで、だいぶマニアが集まって盛り上がってるみたいですね」
「え~!?限定品?行きたいなぁ……」
昔から、私。ご当地名物とか限定品に弱いタチなのよね。
「お嬢様は本当にご趣味が変わられましたね~。以前はアディジェのものをオススメしても、こんな地味なものはダメだ、と見向きもされませんでしたのに」
アハハハ。地味かぁ。あのピンク尽くしは中年にはキツ過ぎるんだもん。
確かにルーチェはここのところ、以前のマルサネとは真逆なものばかり私に買いに走らされているから、この変わりようは疑問だろうなぁ。
しかし、アルル限定品!
ゲットしたい!!
アディジェの本店でしか取り扱っていない、シンプルだけど高級感のあるアクセサリーよね。こないだ「ユッカ ナウ」の特集でみたばかりだもん。
恋人と一緒に鐘を鳴らすと一生添い遂げられる丘や岬など、各恋愛有名スポットで撮影されたアルルの花嫁姿のポストカードが入っていて、これから婚約するカップルが発売日に手に入れるために徹夜で並んだ、という伝説のアイテムらしいわ。
ポストカードを仕込むところが商売の匂いがプンプンするけど、ハートが向かい合わせに組み合わされた、見ているだけでもうっとりするようなトップがあしらわれたネックレスなのよ~。
キャッチコピーは「キスハートは永遠の証」。
……なんか、どこかで似たようなものを聞いた気がするのがちょっと残念。
「まさかと思いますが、お嬢様……ヴィンセント様に贈られるつもりですか?」
「ハハハ……それはナイナイ」
今日のヴィンセント様の蛇姫に向けられた冷凍ビームを見たら、とてもじゃないけど渡す勇気なんかないわ。
婚約アイテムのネックレスなんて渡したら、瞬殺で凍死よ、凍死。
「そこはお変わりないんですね。マルサネお嬢様は以前から、プレゼントは女は貰ってなんぼ!と仰って、例えヴィンセント様相手でも贈り物一つされませんでしたものね……」
「……」
あぁ、野生の既成事実娘、そんなことも言っていたのねぇ。『プレゼントを寄越しなさい!』と権力と腕力で脅していたのが目に見えるようだわ。
「アルルちゃんをコッソリ見に行くだけでもダメかしら?」
そうそう、私、しばらくの夜間の外出禁止をハゲ狸に言い渡されてるから、ここから出れないんだった。
夜の盛り場へまた出かけて何かやらかすのでは?と警戒されてるようなの。
四つの安定した公家に守られて、比較的安全なこのユッカ国内にも、城下町の下町通りの方に無法地帯があるみたい。そこに普段から怖いもの知らずのマルサネは、度々出入りしてたんだって。
通称「九番街」っていって、金さえあれば何でも手に入る場所らしいわ。
小心者の私はそんな危ないところ、全然行きたくないんだけど……。
要するに非合法の団体が黒いことやってる街でしょ?お忍びでも公女がいく場所じゃないと思うんだけど。
お忍びでといえば、ルーチェと一緒にそこの広場ぐらいまで、コッソリ出かけてもバレないかしらね?
「え?今から城前広場のイベント会場に行くんですか?旦那様の夜間外出禁止令はどうするんです?」
「九番街には近寄らないし、ちょっとのぞくだけだから。お願い、ルーチェ大明神っ!」
両手をあわせて拝んでみた。
「……仕方ないですね。今日は旦那様はお戻りになるのは遅いようですし、本当に少しだけですよ?」
「やったー。ルーチェありがとうぉぉぉ!」
喜ぶ私に、やれやれといった表情でルーチェはお茶を片づけはじめる。
「あ、待って。お菓子は食べる」
私は焼き菓子を包んで、ポケットへ入れた。イベントへ持っていこうっと。夜食よ、夜食。
「ところでお嬢様。その格好で出かけられますの?」
え?ダメ?
ひょっとして、ポケットにおやつを入れたのがまずかった??
「悪目立ちしますよ。ピンクドレスを着ていた時も目立ちましたが、その地味な作業着姿も凶悪な灰色猿か、売れない芸人みたいに目立ちますのでおやめ下さい。
あと、ポケットにお菓子を無理やり詰め込まないで下さいな。粉がポケットの底にたまって洗濯する者に迷惑です」
頭を打って記憶がない、と言い張る私に最初は警戒していたルーチェも、私に思ったまま話せと脅されて、本音で話してくれるようになった。
ありがたいけど、本音過ぎて心が痛いときもあるのよね。
狸オヤジや他の使用人には、「悪質ドラッグ副作用説」が根強くて……ルーチェほど、皆、私の相手になってくれない。この世界の様子がわからない私にとって、ルーチェは本当に頼れる存在だわ。
だって、ルーチェが居なかったらあのピンクコスチューム来て、パーティーに出席しなくちゃいけなかったのよ?
……考えたくないわね。
「まぁ、お嬢様がその地味な作業着がお好きなおかげで、私たちの洗濯や修繕はめちゃくちゃ楽になりましたわ。
この間までご愛用されてた、ノーザン商会の『輝くどピンクブランドシリーズ』、あれは値段のわりに粗悪品が多くて最悪でしたわ。
お嬢様の筋肉でアッサリぶち破れるし、安物のキラキラストーンがすぐとれちゃうし、で私たちが叱られて給料から天引きされて、本当に嫌でしたもん……」
「あ~、あのピンクブランド。ノーザン商会のものだったのね。ノーザン商会といえば今日、パーティーで衝撃の動画を見たわ~。あの酷い動画知ってる?」
「ざまぁ王子ですか?」
さらっと即答するルーチェ。
「へ~、やっぱりそんなに有名なの?」
「知らないのはお嬢様ぐらいじゃないですか?」
「蛇女にもそんなようなことを言われたわ」
「あの保険も大人気らしいですよ。私には全く意味がわかりませんけど」
「やっぱり?」
そんな会話をしているうちに、ジャージもどきの上からすっぽりと顔も身体も覆うフードマントをルーチェに被せられてしまった。
おおっ、フードで隠れて猿顔がわからないわっ。
姿見に映る姿はゴミ袋をすっぽりかぶった不審者のようだけど。
これで本当にいいのか……?ルーチェ?
これも結構目立つんじゃない?
マルサネであることは間違いなくわからないけど、広場の警備兵とかに職質されないかしら?
……でも、文句を言ってルーチェの気が変わっても困る。黙っておこう。
さて、キスハート!待ってなさい。私がゲットに行くわよ~。
気合いを入れたはいいけど、このフード、でかすぎて前が見えないわ!
私はアチコチにぶつかり、あまりに転ぶのでルーチェにガッシリ手をひかれ、老婆のようにヨロヨロしながらゲンメ公邸を出て広場に向かった。




