第34-4話 真紅の月!
「行かない。行かないったら、ぜぇったいに行かない~!」
「サリア……」
シーツを頭まで引き上げ、大声で抵抗するサリアの前で美少女が困った顔をしていた。
彼女は以前、私がGnetで思わず見てしまった、一度見たら忘れられない人物。ルガーナだ。
白磁のような滑らかな肌。亜麻色のふわふわした髪に縁取られた小さいお顔。思わず誰もが守ってあげたくなるような小柄の愛らしい、砂糖菓子のように甘い雰囲気の持ち主。Gnetではお日様のような、と例えられていた周囲をほっこりとさせる存在のサラック様の奥様……。
とても、マルサネでは太刀打ちできない相手。
まぁ、戦う気なんて一ミリもないけどね……。
つくづく、同時代で隣に並ばなくて良かったと思う。メインヒロイン、という言葉が彼女を見ていると思わず浮かんでくるようだ……。
(「可愛いでしょ、ルガーナ様。ずっと自慢の従姉妹だったわ……真っ黒な真っ直ぐな髪、のっぽで痩せっぽっち、ゴツゴツしてる私とは本当に正反対の、フワフワしている春風のように柔らかい美少女。誰が見てもサラック様とはお似合いのカップルだった」
「従姉妹?ということはひょっとして……」
「そうよ。彼女は先代のゲンメ大公の一人娘。ルガーナ・ゲンメ。タウラージの義姉よ」
サリアさんからまた、衝撃の事実を聞く。
「ハゲ狸の義姉?」
「ハハ……この頃は禿げてなかったわよ?」
しまった。この人、ハゲ狸の嫁だったんだ。
「ごめんなさい。旦那さんなのに……」
「ふふ、貴女にとっても父親よ?大丈夫、私なら気にしてないわ。だって本当のことですもの。生きていたら、きっと今頃私もそう言っていたと思うわ」
「すみません。しかし、また激しく似ていない姉弟ですね?」
「そうね。タウラージは妾腹なの。先代のゲンメ公、要するに前の大公に息子が出来なくてね。
愛人の子だったタウラージを本家に引き取って跡継ぎとして育てたの。貴族社会にはありがちな話でしょ?」
「そんなこと、全然知らなかった……」
「タウラージは幼い頃から、ゲンメの跡継ぎとして、闇たちの中に放り込まれて育ってるから。
私たちもそれほど彼と幼少期は付き合いがあるわけではなかったわ。ルガーナ様はルガーナ様で事情があって、なかなか外には出られなかったのよ……」)
私の知らなかった、ゲンメのお家事情がサリアさんによって明かされていく。
ハゲ狸がサラック様だけはダメだと言うのは、亡くなったサラック様の前妻が義姉だから?義理の兄だったサラック様に娘を嫁には出したくないのかな……?
私は眼下で繰り広げられる光景の中で、じっと無言で壁にもたれかかっている若いタウラージを見つめた。
「もうほっておけ。こいつは昔から言い出したら聞きはしない。好きにさせるしかないだろ」
「タウラージ……」
それまで腕を組んで黙って立っていたタウラージが口を開いた。
「それより、ルガーナ。こんなところで呑気に過ごしてていいのか?大公宮で明日の婚礼の儀の打ち合わせがあるんじゃないのか?」
「でも……」
「行ってこい。こいつには俺が付き合う」
「わかった……まかせるわ、タウラージ」
「ま、俺にまかされても、ほっとくだけだがな」
タウラージの言葉に困ったようにルガーナは笑った。
「本当にほっときそうだけど、お願いするわ。この娘は貴方の言うことの方が聞くかもしれないから」
そう言うと、後ろ髪を引かれるようにサリアの部屋を退出するルガーナ。
「おい、お前いつまで子どもみたいに拗ねているつもりだ?そんなことをしても婚礼は明日だ」
「うるさい!拗ねてなんかない……!」
タウラージの言葉にシーツを蹴り飛ばして顔を真っ赤にして怒るサリア。
「全くどいつもこいつも、ルガーナ、ルガーナ!ルガーナ!!そんなにルガーナ様がいいの?」
「何を今更ひがんでる」
「ひがんでなんかいないわよ!私、知ってるのよ。あんたもルガーナ様が好きなこと!」
「はぁ、お前。一回落ち着け。また倒れるぞ」
「ほっといてよ。それに私は落ち着いてるわ。本当のこと言ってるだけよ」
「本当のことか。まぁ、俺がサングリアの事が大嫌いなのは事実だな」
タウラージは無表情なまま、サリアの枕元に椅子を引き寄せて腰かけた。
「そうね。それは分かる。というか、分かりやすい」
サリアが縦にブンブン頭を振る。
「そうか?」
「そうよ。サラック様の何がそんなに嫌なの?やっぱり、ルガーナ様と結婚するから?」
「それは違うな。ルガーナは関係ない。一番嫌なのはアイツの、サングリアの幸せ一杯なツラかな。何の苦労もなく、平和に幸せに育ってきたサングリア坊っちゃまのドロドロに甘い、あの笑顔が苦手なんだ」
「あんた、人のこと僻んでるとか言ってくれたけど、自分はどうなのよ……?」
「俺か。歪んでる自覚はあるぞ。この環境でサングリアみたいに真っ直ぐ育つと思うか?」
「あんたがそんなことをいうとは思わなかった……てっきり無自覚かと」
「おいおい、どんな人間だと思ってたんだ?」
「冷血機械人間……」
「……」
タウラージはサリアの言葉に無言で肩をすくめて立ち上がった。
「まぁ、確かに俺にはお前が医療センター行きを渋る理由はわからんしな。いつまでもここで寝ていたいなら、そうすればいい」
「……私がセンター行きを拒否ってるのは、ガキみたいに拗ねてるからじゃないわ。こないだ聞いちゃったのよ。センターで手術が成功しても、私、一年も生きられないかもしれないって。人が寝てると思って無神経に余命宣告してくれたわ……なら、手術なんてしてもしなくても同じじゃないの!」
「ちっ、ヤブ医者め」
タウラージが口の中で舌打ちをした。サリアは気づかず、興奮して続ける。
「嫌よ、私。センターで手術して、その後もずっとベッドで死ぬのを待つだけなんて。誰が行くもんですか……」
「お前らしくないな。やってみないとわからないだろう?怖いのか?」
「……そうよ。悪い?私はルガーナ様みたいに勇気もないわ。ただの臆病者よ。本当に何で……何で私ばっかり……!もう、こんなのイヤぁ!もう出てって!早く出てってよ!!」
細い腕で近くにあった枕をタウラージに投げつけると再び、サリアはシーツを頭からかぶった。
「お願い、私のことはほっといて。一人にさせて……」
シーツの中から嗚咽が聞こえ、タウラージは無言でサリアの部屋を出ていった。
(「あんなに元気だったのに……?」
私は思わず、サリアさんの手をギュッと握った。
「私もビックリしたのよ。特に前兆もなくて突然だったから。この時は受けとめられなくて、混乱してた……」
「何の病気だったんですか?」
「心臓よ。血管が詰まって、心臓のポンプ機能が低下してね。学園の庭で初めて倒れた時は、脳の血流が下がって失神してしまったみたいなの。早く、センターへ行くべきなのは分かってたんだけど……」)




