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第24話 涙の全力疾走!

「リツコ……?」

「はい」

私はふわっと大きな胸に抱きしめられた。


へ……?

なんで……?


「今までよく頑張ったな、リツコ」

大人の色気たっぷりの低音が甘く私の耳元で響く。

「それは、どういう……?」

かぁっと耳に熱が集まってきた。

うわぁ、いい声の威力、半端ない!


思わず声の主を見上げると、エスト大公サラックはその穏やかな瞳をすっと細めて、少し私を身体から離すとやわらかく私に微笑みかけた。


「言葉通りだが?」

「え…?」

「公女とはいえ、マルサネは誰がどうみても入れ替わって楽に暮らせる者ではない。ミスターユッカとのやりとりや先程の見事な歌が本来の君ならば、辛いことが多かっただろう」

「サラックさま……」

目の前の温かい胸に私は自分から飛び込んで顔を埋めた。


胸の奥から今まで、閉じ込めて触れないようにしていた感情が吹き出してくるのを押さえられない。

優しく背中と頭を撫でられ、気がつくと涙が私の頬を伝っていた。



この人には、本当の私を知ってもらいたい……。


ルーチェにも誰にも言えなかったことを、目の前のユッカ大公……サラックに気がつくと洗いざらいぶちまけていた。


本当の自分は40代で、子どもが3人居ること。

子どもはこの世界では成人の年齢になってきたので、手はかからなくなってきたこと。

それなりに仲の良かった夫は仕事中、事故で急に亡くなったこと。

労災で何とか家族は生活できたが、急に家族を亡くした経験やその時に関わった人の紹介で、突然不慮の死などに直面した人のサポートをする仕事をしていること。

忙しい毎日の中で慌てて、買い物に行ったらそこで頭を打ったらしく、気がついたらマルサネになっていたこと。


そして、この状況を考えないようにしてたけど、誰にも言えなくて、実はずっと一人不安で、不安で仕方なかったこと……!


サラックに優しく抱きしめられた胸の中で、しゃくりあげ鼻水を垂らし、涙と涎でベトベトになって私は子どものようにワンワン泣いた。



大人になってからも、私はこんなに泣いたことなんかない。


夫が現場で事故に巻き込まれて亡くなった時は、三人の子どもを抱えて茫然とするだけだった。あの時でさえ、涙は出なかったのに……。


サラックは労災だ、メンタルケアだと泣きながら、解らない単語を並べ立てる私の背中を穏やかにゆっくり宥めるようにさすりながら聞いてくれていた。


「少しは落ち着いた?」

「は、はい。本当にすみません……」

サラックから渡されたタオルで顔を拭いた。申し訳なくてタオルから顔があげられない。


「格好良く私は最初から気づいていたよ、と言いたいけど種明かしをすると、私に君のことを教えたのは私の息子なんだ」

「ウィル……ウィルブラン様には、私……中身はマルサネではない、お前は誰だと初対面で言われました」

「それは……あれが奴らに捕まって君が逃がしてくれた時の話だね。わが息子ながら、鋭過ぎて……恩人に向かって配慮に欠けることを言ったようだね。すまない」

サラックは眉を下げ、申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

才能豊かで見目麗しい末子のウィルを大公が溺愛しているのはこの国では有名な話。ウィルも大公には信頼して何でも報告しているのだろう。

……例えば、私のことも。


私のことは国主として、銀の公子からの報告で構ってくれたに過ぎないのでは?先程のことも義務感からじゃないだろうか……という思いがよぎる。


「いいえ、サラックさま。この世界で私は初めて自分は律子だと他人に名乗りましたが、それをウィルブラン様は真摯に受け止めて聞いてくれました。

あの時も、犯人がやってくるのをいち早く察知して、私だけ先に逃がしてくれました。充分過ぎるぐらい、配慮していただきましたわ。素敵な息子さんをお持ちで羨ましいです」

「貴女は優しい人だな、リツコ」

「そんなことは……」

私は首をふった。親子で同じセリフなんだな、と泣き疲れてボンヤリする頭で思った。


「私を買い被らないで下さい、サラックさま。私は優しくなんかありません」

「リツコ。なぜ、急にそんなことを?リエージュもリツコも私には心優しい人に感じたが、貴女はどうしてそれを否定したいの?」

穏やかなまま、サラックは幼い子をあやすような口調で私に問いかける。


「サラックさま。私は、ヒドい醜い人間です。マルサネは18歳。私は彼女より長く生きてきた人間なのに、私はマルサネの人生を奪って存在しています。

最初は夢かと思ったのです。元の世界に戻ろうと頭を自ら打ちつけたこともありました。でも戻れませんでした。

今は、もう少しここの世界にいたい、戻りたくないと身勝手に思う自分がいます。貴方に優しいと言って頂ける資格は私にはありません……」

私は指の色が変わるほど持っていたタオルを握りしめると、一礼して小部屋から走り出た。



サラックが何か言ったようだったが、夢中で飛び出した私の耳には聞きとれなかった。


夜会の招待客も奥の部屋から猛然と飛び出してきた私を呆気にとられて見送るばかり。ドレスを着ている人間とは思えない、陸上選手のように猛スピードで走り去っていく私を誰も止めることはできなかった。


§§§


帰りの馬車で一人にして欲しい、とワガママを言う私にルーチェは黙って上着をかけて、自分は御者台に移動してくれた。


ルーチェは優しい。

サラックも優しい。


やっぱり、優しくないのは、私。



だって、私。


私を抱きしめて、背中をさすってくれた温もり……手放したくないって思ってしまった。



人は欲しいものがあると優しくはなれない。

今は、マルサネにこの身体を返したくない。


そんなことを考えてしまう私はやっぱり、悪役なのかもしれない。

いずれ、「ざまぁ」とやらをされるのだろうか。

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