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第4話 刻印

メラメラと燃えさかるゲンメ邸の黒い外壁。

 舞い散る火の粉。


 暗くなりはじめた空を焦がすような炎の中にソイツはいた。


 長く太い尾っぽ、どっしりとした足のついた胴体からうじゃうじゃとした首が生えている。

 つるんとした蛇を思わせる首の一つ一つに禍々しく輝くのは血のような真っ赤な虹彩のない瞳。



 二階建てのゲンメ邸の端に建てられている物見(やぐら)をもまたげそうなサイズのデカさだ。


 つーか、こんなどデカいもん⋯⋯どっから出てきたのよっ!


 この辺り(我が家)がいくら城下町のハズれにある田舎町だといっても⋯⋯こんなもんがズンズン歩いてきたら直ぐに分かりそうなものじゃない?


 奏大の世界で見たアニメとやらでもあるまいし。こんな現実離れした化け物、どうしたらいいのよ!



 なんてジタバタしてもはじまらないか。



 どこから湧いて出た化け物か知らないけど、こいつは今。

 殺気に満ちた瞳を向けてあたしの前に居るんだから。



 ⋯⋯ふん、生意気にあたしを敵として認定したようね。

 ミミズの脳みそぐらいの知性はありそうじゃないの。



 なんて睨み合ってたら、首の一つがあたし目がけで急降下してきた。



 迫り来るそれはギラギラとした牙を剥く。


 あたしは気合い一閃。



 逃げるのではなく、真正面から剣を振り下ろしてやった。



 ガギンッ! と、硬いものを断つ音がすると巨大な蛇に似た鱗だらけの首が地響きを立てて地面に転がる。



「⋯⋯どわぁっっっ!!」

 落ちてくる青い血飛沫を避けるため、あたしは後ろに飛び退いた。


 気持ち悪っ!



「やりましたね、お嬢!」

 いつの間にかやってきたボーカがあたしの背後から叫ぶ。


 お仕着せの執事スーツはススで真っ黒になっていたがどうやら怪我はないようだ。



「ボーカ! 何故ここにいる! さっさと命じたブツを持ってこいっ!」

「お嬢を残して何かあったら──俺たちがオヤジさんに殺されますぜ!」

「アレを持ってきても半殺しだろうから結果は同じだろうが」

「⋯⋯久しぶりにお帰りになって、男を連れて帰って来たせいか、雰囲気が柔らかくなったというか、ちっとは何かが変わったかと思いましたが⋯⋯やっぱりお嬢はお嬢ですねぇ⎯⎯」

 ボーカが何やらモニョモニョ言ってたようだが、今はそこにツッコむ余裕はない。


「無駄口叩いてるヒマがあったら早く行け!」

「⋯⋯わかりましたよっ!」


 ボーカがあたしに背を向けたその時。


 複数の首がゴオッと大口を開け、燃えさかる炎をあたしたち目がけて吐き出した。



 生まれ出た無数の炎の塊が矢のよう解き放たれる。



「ちっ!」

 その炎をかいくぐり、再びあたしは化け物に接近すると地面を思いっきり蹴った。


 飛び上がり、手前の太い首元目がけて再び剣を突き上げる。




「グルルル──!!」

 化け物は吠えて七転八倒した。


 鱗に覆われた部分で刃が滑ったせいでさしたる深手を与えた訳ではなかったが、コイツなりに痛みを知覚したのだろう。


 唸り声をあげると今度はブンブンと丸太のような尾を振り回し、防御しはじめた。



「くっ⋯⋯!」

 辺りにモウモウと土ボコリがあがる。


「小賢しいマネを。一気に首を切り落としてやろうと思ったが⋯⋯」

 これでは視界が確保できない。

 あたしは一旦距離をとり、斬撃の手を休めることにした。



 化け物の尾が届かない場所まで下がると、

「お嬢! ご命令のモノを一応持ってきましたぜ⋯⋯」

 母屋の方角から渋い顔をしたボーカが闇の者たちを従え、台車を押してやって来るのが見えた。



「よし、待っていたぞ。では全員、風上からそれをヤツの頭を狙って投げろ。

 その金色のラベルが一番アルコール度数が高いぞ。じゃんじゃん行け!」

「お嬢⋯⋯本当にいいんですかい?

 それ、オヤジさんの自慢の秘蔵コレクションですよね?」

 ボーカがこの後に及んで確かめるように言ってきた。


 ⋯⋯この小心者め!


「構わん。非常時だ。どうせこのままだとアイツに踏み潰されて倉庫ごと割れてしまっただろう。

 それ一本がちょうどお前らの給料一月分ぐらいだな。日頃のハゲオヤジへの鬱憤と共に遠慮なくドンドンぶん投げろ!

 あとでオヤジには、あたしに命じられて嫌々やりましたと言えばいい」

 あたしのセリフにボーカは憮然たる表情で呟く。


「何故止めなかった、とオヤジさんが俺たちにキレる未来しか見えないんですが⋯⋯」

「その時は諦めろ! 行くぞ。3、2、1、GO!!」

 あたしが勢いよく天に右拳を突き上げると同時に黄金色の雨が化け物に降り注いだ。



「⋯⋯ロロロロ⋯⋯ン!」

 ギョロりとした赤い瞳にカスミがかかり、フラフラと首が左右に揺れはじめ⎯⎯。



 ズズズズ⋯⋯ンッ!!



 地響きを立て、その巨体は地面にひっくり返った。


「おおお───動きが止まったぞ!」

「よし! かかれ!」

 一斉に闇の者たちが化け物に踊りかかり、手際よく残った首を搔き切っていく。



「⋯⋯ありゃ。本当に酒が効くとは思わなかった」

 あたしが思わず上げた声にボーカが半目になった。


「お嬢は奴が酒に弱いって見破ってたんじゃないんですかい?」

「はぁ? こんな見た事もない化け物の弱点をあたしが知る訳ない」

「じゃあ一体、何故酒を⎯⎯」

 あたしの答えにボーカが疑問の眼差しを向けた。



「奏大が言ったからだ。根拠はない」

 キッパリと言い放ったあたしの言葉に、

「⋯⋯はぁ⋯⋯あんな訳のわからん若造のために俺達はオヤジさんの⎯⎯」

 ボーカは青い顔をして割れた酒瓶の山の前で座り込んだ。



 ⋯⋯ありゃ。まぁ、高いモノばかり派手に割っちゃったからねぇ。


 確かに。

 クソオヤジ、キレるだろうなぁ。


 ちょっと気の毒になってあたしはボーカに向かって心の中で手をあわせた。




 ⋯⋯しかし、この化け物。

 一体、どこから湧いて出たんだろ。


 このユッカで出る猛獣といえば、せいぜい北の森に住む大熊(グリズリー)程度のものだ。

 伝説や昔話の類なら、隣のイスキアに大蛇伝説があったような気もするが⋯⋯普通のデカい蛇の話だったような気がする。


「奏大の家で見たアニメというものでもこんなヤツ見た覚えはないしなぁ⋯⋯」

 奏大の家のリビングであたしがハマってたのは、若い男女が剣を振り回したり、怪しげな術を繰り出したりして、己の肉体でぶつかる話だった。



 うん。

 あれは分かりやすくて面白かった。


 思わずテーブルを叩き割ったり、クッションをぶち抜いてしまって奏大にえらく叱られてしまったが⋯⋯。



 あたしの知らないアニメとやらにさっき奏大が言っていた『ナンタラオロチ』は出ていたのだろうか。


「あらあら、マルちゃんは少年誌系ばかりねぇ」

 なんて奏大の姉の歌音に言われたのを思い出す。何となく避けてしまったが、キラキラしたおメメパッチリ美少女が出てくるヤツもちゃんと観ておくべきだったのかもしれない。



 そんな物思いに沈んでいたあたしにボーカがあるものを差し出した。

「お嬢! あの化け物の尾からこんなものが⋯⋯」


 それは鈍い光を放つ一振の長剣(ロングソード)だった。

 見慣れない薄い刃の鉄製の剣だ。



「あ、ここに何か彫ってありますぜ」

 それを見たあたしとボーカの視線がしばし、静かに交錯した。



「これって⎯⎯」

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