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第22話 選択

街頭の灯りが瞬き始めた頃──。


 ということは、つまり月が昇る時間。


 俺はドキドキしながら、マルサネと手を繋いでベランダに出た。


「奏大──」

 マルサネの緊張して掠れたような声が隣から聞こえる。

「あぁ……薬は持ったか?」

 俺の問いにマルサネはしっかりとショルダーバッグを握りしめた。

「よし。じゃあ──行くぞ?」


 ギュッとマルサネが力強く俺の左手を握る。

(うっ──!)

 万力に挟まれたような感覚に思わずうめき声をあげた。



 本当に馬鹿力……。


 痛みに少し、スッと冷静さが戻ってくる。

 月明かりもない夜空はネオンに照らされて不気味なグレーに染められていた。


 まるで、これから底の見えない悪夢へ入っていくかのような──先ほど感じた不気味な感覚に俺は思わず身震いをする。



 ──と、同時に周りの音が消えたことに気がついた。



 それまで、聞こえていたマンション外の車が駐車場へバックする警告音や隣家の給湯器の音。微かに聞こえていた電車の音や、販売車の電子音──そういったものが、一瞬でかき消えてしまっていたのだ。



 灰色の空を見上げるとベランダの手すりの上にモヤのような塊が渦巻いているのが見え……


(何だっ!?)

 叫びたいのにヒュッと喉の奥で変な音が鳴るばかりで声が出なかった。



「あらあらあら……」

 その塊の中から、スルッと髪の長い女のシルエットが一つ浮かびあがる。



 クスクスと笑い声をあげながらこちらを見た黒髪の女の顔のつくりは──俺の隣に立つ人物に似かよった顔立ちをしていた。


「すっかり仲良しじゃない── 」

 鈴の音を転がすようにコロコロと笑う女に、

「……母さん!?」

 俺の手をまた強く握りしめ、マルサネが叫んだ。


「痛っ! 母、さんだって?」

 思わずマルサネを振り返る。


「そうよ。私はマルサネの母親。サリア・ゲンメ」

 サリアと名乗った女は宙に浮かんだまま、ゆっくりと云った。



「どうして──」

 普段は抑揚のないマルサネの声がうわずっていた。

「どうしてって……迎えにきてあげたのよ。本当は一年後に死ぬはずだった娘が治療薬を手に入れたこのタイミングでね」

 サリアの低い囁き声が耳の奥で響く。


「一年後に死ぬだって……!?」

 俺は思わず叫んだ。


(まさか──そのためにこいつはここへ来たっていうのか……?)

 頭の中が沸騰しそうだ。


「そうよ。マルサネは死ぬはずだった。だけど──リツコがやって来たことでこちら側へやってくる道が出来たの。ほんの僅かな……細い道だったけど、私はそれに賭けたの」

 サリアの呟くような声がグルグルと俺の周囲を回る。


「母さん──あたしは、本当にこれで死なずに済むのか?」

 鋭く低い声でマルサネが問いかけた。

「ええ。病院で応急処置を受けたでしょ? これで貴女は当分、病で死ぬことはないわ」

 肩をすくめてサリアが答える。


「待て! リツコって──まさか、俺の母さんのことか?」

「サワイリツコって多分あなたの母親で間違いないと思うけど?」

 少し呆れたようにサリアは云った。


「じゃあ、教えてくれ。母さんは──そのサワイリツコは今どこにいるんだ?」

 俺の必死の問いかけに、暫くじっと考え込むようにしていたサリアだったが、

「──あぁ、リツコね? あの(ひと)は自分の意思であちらに残ってる。どうしても……彼の側に居たいみたい」

 なんて衝撃的な言葉を吐いた。


(彼──!? 母さんにいったい、何が起きているんだ?)


「……そうか。ではあたしから一つ聞いてもいいだろうか?」

 衝撃に黙りこんでしまった俺の代わりにマルサネがサリアを見上げた。


「──何?」

 サリアが赤い瞳を光らせる。


「あたしは……絶対にユッカに戻らないといけないのか?」

 ためらいがちにマルサネは口を開いた。


「どういうこと?」

 俺もその台詞に驚いてマルサネの顔を見た。


 まっすぐに澄んだ碧みがかかった睫毛の濃い瞳が俺を見つめ返した。

(……何だ──よ)


 なぜか、胸の奥がドキドキした。

 どうしちゃったんだ、俺。


「ふぅん。貴女もリツコと一緒で元の世界に帰りたくてたまらないってわけじゃなさそうね。別に乗り気じゃないなら、ずっとこちらに居ても構わないけど?」

 顎に手をあててサリアが面白そうに云う。


「え?」

 サリアのセリフにマルサネがビクンと身体を震わせた。

「……選ぶのは貴女」


「さぁ、我が娘マルサネ。貴女は──どうしたい? あの父親が居るユッカに戻るのか、それともリツコの息子が居るこちらの世界に残るのか……」


 灰色だった空に赤い異様な満月が突如現れた。


 全く、俺は何か悪い夢でも見ているんだろうか──。

 目前に、赤い光をたたえたサリアの瞳が視界一杯にひろがった。



「マルサネ──進む道を選ぶのは、貴女自身よ」

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