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第21話 ドキドキ

「マルサネ──」

「……」

「おい──ってば」

 何回か呼ばれてやっと自分が呼ばれていることに気づいたマルサネはノロノロと視線を上げた。


「何だ?」

 奇妙に歪んだ──口元。

 マルサネは無理に笑おうとしていた。


 和奏姉ちゃんたちは出かけて家の中にいるのは俺たち二人きりだ。朝からお互い避けるようにぎくしゃくと部屋の中で過ごしていた。


 が、もうすぐ夜がやってくる。

 新月に確実に帰れるという保証はないが──マルサネにそれを伝えてやる価値はあるだろう。


 俺は意を決して、マルサネをじっと見つめた。



 ──なんだか、こいつの顔をこうやってきちんと正面から見るのは初めてのような気がする。



 なんて意思の強そうなハッキリした顔立ちをしているんだろう……。

 でも今はそのキリッとした子猿のような──愛嬌のある顔が頼りなげに揺れている。


 いつもどこに居ても、どっしりと構えていたマルサネだったから──こんな普通の女の子みたいな不安げな顔を見せられるとは思わなかった。


 筆で描いたような眉の下でしっとりと長い睫毛が伏せられて震えている。


 本当はこの世界に来て、ずっと内心は不安で仕方なかったんじゃないだろうか、と俺はマルサネを見つめながらそう思った。



「なぁ──お前。帰りたいか?」

 俺はマルサネの肩をつかんで、真っ直ぐに顔をのぞきこんだ。


「……ぁあ……」

 コクン、とマルサネは首を縦に振る。

「そうか──そうだよな」

「……おい。あたしは帰れる、のか?」

 うつむいたまま、低い声でマルサネは云った。


「あぁ、たぶん」

「たぶん?」

 俺の言葉にマルサネは顔を上げた。


 リビングに射し込んでいた西日がだんだん色を失って、カチカチと時計の時を刻む音が部屋の中で奇妙に大きく響く。



 これで帰ることが出来たら、もうマルサネと会うことはないのだと俺はボンヤリと思った。


 明日から高校に行くのも俺一人。スーパーに買い出しに行くのも、荷物を持つのも俺一人なんだな……。



 そんか風に思ったら、心の奥がなんだかギュッとしめつけられるように痛んだ。


 あぁ、俺。一体どうしちゃったんだ?


 こいつが居なくなったら、寂しい──なんて。



 そんな思いを振り払うように、頭を振ると俺はマルサネに告げた。

「今夜は新月なんだ──」

「新月?」

「月のパワーが満ちる日なんだよ。お前がここにやって来た時と同じ──」


 リーン、リーン、リーン……。

 窓の外で虫が鳴いている。


 まだ暑い夏の盛りだというのに、うすら寒い風が吹きつけ、俺の全身が総毛立った。


 ──本当に今日は何か変だ。

 感覚的なものだが、空気に違和感を感じる。


 リビングから空を見上げると夕日がビルの間に沈みかけ、空が半分毒々しい紫色に変色していた。


 夜空ってこんな色をしていたっけ?


 なんだか俺の知っている世界が気づかないうちに、全く違うものに塗り替えられてしまったような──思わずそんな感覚に捕らわれる。



「あたし、ここに来たときのことを全く覚えていないんだ──」

 困ったような顔でマルサネは俺を見た。唇をギュッと引き結んで……まるで泣き出すのを我慢している幼女のようだった。



「なぁ、奏大。教えろ。あたしは──病気でもうすぐ死ぬんだろ?」

「──え?」

「病院で聞いたんじゃないのか? 知ってるんだ。あたしは母さんと同じ病気……長くは生きられない身体だからな」

 マルサネがうつむいて肩を震わせた。


 ──マルサネが泣いてる?


「……泣くな! 泣くなよ──」

 俺は気がつくと──しゃくりあげるマルサネの身体を引き寄せて抱きしめていた。


 この間まで逞しかった身体は、入院生活のせいか少し筋肉が落ちて──普通の女の子よりもはまだかなり大きいサイズだが、骨格は思ったより細くて頼りない感じがした。


「や──めろ!」

 マルサネが俺の身体を押しやった。

 あれだけ格闘センスのあるマルサネにしては弱々しい力だ。


 あのE隙高のゴロツキを倒した見事なキレ技をもってすれば俺を突き飛ばすことなんて造作のないことだろう。


 だけど、マルサネは不思議と暴れなかった。

 捕獲された野生動物のようにじいっと俺の腕の中で大人しくしていた。


「確かに、お前は病気だと病院で聞いた。遺伝性の難病だそうだ……でもこの世界では治る病気なんだよ。特効薬があるんだ。だから──死なない。絶対にお前が死ぬことはないんだ……」

 俺は拾った野良猫を撫でるようにそっとマルサネの背中を撫でた。


「あたしは治る──のか? 本当に?」

 突然、マルサネがもがいた。

 そして凄くビックリした顔で俺の顔をじっと見つめた。



「あぁ、死なない。間違いない。お前はまだまだ長生きするよ、マルサネ──」

 俺はそっと小さな子どもに言い聞かせるようにささやいた。


 俺は──どうかしてる。

 こいつが、あまりに不安そうな顔をするから。


 そう、これは──。

 こいつが妙に可愛く見えるのは、気のせいなんだ。


 きっと──。



「奏大。なぁ、聞いてもいいか。お前……奏大は──あたしの一体何なんだ?」

 マルサネが潤んだ目で俺を見上げた。


「何って──」

 俺は口ごもる。

 俺は──俺こそ、こいつの何だ?


 同居人?

 いや、同級生か──それとも知り合いの息子?

 それとも……たまたま拾って知り合った異世界人、だろうか。



「あたしはここで過ごした記憶はない。誰も、お前の姉たちも──初めて見る顔ばかりだ。

 だけどお前は別なんだ。お前は知っているような気がする。

 だって、お前を見ていると胸がこんなにざわつくんだ! 心臓の音が爆発しそうに落ち着かないのはなぜだ……?」

 マルサネは心臓のあたりをギュッと握りしめて、涙目で俺を見た。


「やはり、あたしは病気なんだろうか──」

「違う。それは──病気なんかじゃない、と思う」

 戸惑いながら俺は腕に力をこめた。

 ちょっとマルサネの身体が怯えたように固くなって──弛緩して俺の胸に顔をうずめた。


「じゃあ──何だ?」

 しつこくマルサネが顔を伏せたまま、問いかける。

「──何だろうな」

 俺も自分のことが分からなくなっていた。


 なんで俺は今、こいつを抱きしめてるんだ?



 俺が好きなのは優姫だ。

 これは断じて恋愛感情などではない、と思いたい……。



「わからないのか? じゃあ、あたしと同じだな。奏大も記憶喪失か」

 フフフ、と笑ってマルサネが照れたように俺のシャツに顔を擦りつけた。


「やめろ! 俺のシャツで鼻水を拭くな!」

「洗濯したらいいだろう?」

「誰がすると思ってるんだよ!」

「奏大」

 ニッコリと笑ってマルサネは嬉しそうに俺のシャツに顔をうずめた。


「こら!やめろ!」

「エヘヘへ……」

 照れ笑いを浮かべながらマルサネが俺の背中に手を回す。


「おわっ!」

 フワフワしたマルサネの黒髪が焦った俺の頬をくすぐった。俺と同じシャンプーのにおいが髪の毛から立ちのぼる。


「……//////!」

 筋肉質のマルサネはモン◯ッチ人形をだっこしているような硬質な弾力の抱き心地なのに……俺は不覚にもカァっと血がのぼるほど、ドキドキさせられてしまったのだった。

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