第18話 暗転。side:マルサネ
「おい」
背後から声をかけられたのは、覆面男が消えた公園の入り口。
街灯もまばらな海浜公園の雑木林だ。
振り向くと真っ黒な背広を着た男が四人立っていた。
なにやら凶悪な光を瞳に宿し、頬や額にいくつもキズがあるただならぬ──暴力の香りがした。
あたしが威嚇するように凝視してやると、全員が怯えたように視線をそらした。
ふん、小心者どもが──!
殺気であたしに勝とうなんぞ、何十年も早いんだよ。
何とか気力を振り絞り、先頭の男が
「え──あ、S戸高の松井 優姫、なの、か……?」
とかなりの疑問系で問いただしてきた。
少し、震えてはいたが、そこそこドスの効いた低い声である。
「あぁ!?」
やはり、優姫を狙っていたのか。
ならば人違いだとは、言えない。優姫のためにもここで始末してやらねば……。
「E隙高の奴らからマブい女だと聞いていたが──人違いか? あいつらの美的感覚はどうなってるんだ? こんな大女の猿娘だとは聞いてないぞ──」
顔をしかめて他の男たちに助けを求めるように視線を送った。
「お前、本当に松井 優姫なんだな?」
と正面の男は念を押すように言った。
「しつこい! さっさとかかってきな!」
それには答えず、あたしはゆるゆると腕をあげて構えをとった。
男たちから感じる気配は荒々しいが、殺気まではいかない。
元々ここの公園で優姫を拐って犯すか、それとも軽くいたぶるぐらいの予定だったのだろう。
「なっ」
顔色を変えて最初に声をかけてきた男が指を鳴らした。
一人が拳を突き出し、残りの二人が挟み撃ちに蹴りを繰り出す。
たかだか女一人。囲んで、ボコってしまえば何とかなると思ったのだろうか。
──なんて拙い戦法なの!?
あたしは、一人目の拳をかわすと首筋に手刀を叩き込み、両側の男たちの鳩尾に拳をお見舞いした。
鈍い音が三度。
次の瞬間には襲ってきた男は全員、地に這ってうめき声をあげていた。
「な……何をした?」
残った男は脂汗を流しながら、両手を握り、顔の前で構えをとった。
これで防御したつもりだろうか。
「いいのか? その筋の者に手を出せばお前の家族全員、一生つけ狙われることになるんだぞ! あぁ?」
必死に叫ぶ男。脅しつけるつもりだったらしいが完全に恐怖で声が裏返っている。
「残念だったな。──ここにあたしの家族はいない。お前のようなゴミ、あたしが掃除しておいてやろう……」
私は近くの木から手頃な枝を片手でへし折ると剣代わりに構えた。
「こ、このバケモノ女──」
「やめろ! マルサネ! 殺すんじゃない!」
突然現れた奏大の声にあたしは思わず振り下ろそうとした枝を止めた。
「奏大!」
その隙に男は後ろに這って後方へ逃れた。
「安心しな。殺しはしないさ。でも……」
あたしは眼を細めてゆっくりと枝を構え直した。
「──逃がさない」
その時。
上段に枝を振り上げた瞬間、あたしの口から声にならない叫び声がほとばしった!
灼熱の痛みが左胸を襲う。
「──ぁあああっ……!!」
まるで有刺鉄線が全身に巻き付いたかのような衝撃にあたしは激しく身悶えした。
「どうしたマルサネ──!?」
全身が痙攣するのを感じながら、奏大の叫ぶ声を遠くで聞いた。
あぁ──。
ついに、来た!
母さんと同じ症状だ。
これで、あたしはもう──。
フラフラとよろめくあたしを見て、これ幸いと目の前の男が短刀のようなものを突き出してきた。
卑怯者め!
それを何とか本能だけで蹴り飛ばすが、身体の自由が殆んどきかない。
気がつくと目の前に雑草の生えた地面が見えた。
どうやら、あたしは倒れてしまったらしい。
「なんだ、この女──!?」
「うるさい!」
と奏大が男に見事なまわし蹴りを放つと、あたしの方へ走り寄ってきた。
なんだ、やるじゃないか。奏大──。
「マルサネっ! 大丈夫か!?」
必死にあたしを呼ぶ奏大の声を聞きながら、あたしは──意識を手放した。