第17話 暗い夜道は──?
「あ~、楽しかったぁ~!」
ドームで最終回までしっかりと試合を堪能してマンションへ帰るその道で。
佳彦と別れ、夜道で三人歩きながら優姫は満足そうな声を上げた。
「……へーへー。それはよーござんしたね」
荷物の下から俺は呟いた。
「さすが企業席! 目の前だから迫力が違ったね。ボールの音もリアルに聞こえたし──。
あれ? 奏大。どうしたの? テンション低っ!」
……はぁ……。
俺は盛大にため息を吐き出した。
「……あのなぁ。俺はお前らの荷物持ちじゃないぞ?」
「いいじゃない。どうせ和奏姉ちゃんへのお土産なんだから」
……ふぅぅぅぅ……。
両手に紙袋やら、縫いぐるみを抱きかかえて俺は立ち止まる。
「ん? どうした、奏大」
前を歩いていたマルサネが振り返った。
……どうしたじゃねぇよ。
お前のせいで、俺はずっと指をさされてクスクス笑われてたんだぞ!
「なにあのヌイグルミ? あの娘と双子?」って……。
「そんな程度の荷物でへばるとは。体力がないなぁ」
「……お前が体力ありすぎるんだよ」
俺はぽそりと呟いた。
「奏大、今の発言について追求したいところだが、──先に後ろのヤツだ。どうする?」
歩みは止めないまま、マルサネは世間話をするように言った。
「知り合い?」
「まさか」
優姫と俺は視線を交わした。
三人が駅の改札を降りてから──。
不穏な気配が俺たちの後をずっとつけてきていた。
何らかの知り合いならば、声をかけてくるだろう。
ただ。それがないということは──。
「優姫のストーカーなんじゃね?」
「奏大が何か恨みをかったんじゃないの?」
「どうする? 家の中まで入れてやるのか?」
マルサネの問いに俺はその場でピタリ、と足を止めた。
「それは──困る」
優姫とマルサネもゆっくりと立ち止まる。
この辺りは住宅街だ。
公園の緑地沿いにマンションが建っており、辺りに住人の姿はこの時間、殆んど見られなかった。
ただ、不気味な夜の静寂だけが満ちている。
こちらの動きが止まったのに気づいたのか後ろの気配は躊躇うように動きを止めたが、やがてノロノロと再び動き出し……。
──一気にこっちへ向かってきた!
そして。
強烈な殺気が俺たちの後ろから襲いかかる。
「……!」
俺と優姫は左右に別れてアスファルトを転がった。
「マルちゃんっ!」
優姫が呆れたような声をあげた。
俺は振り返ってマルサネを見ると──。
マルサネは仁王立ちのまま、片手で後ろから金属バットのようなものを受けとめていた。
「ふん、闇討ちか。十年早い」
マルサネはバットを掴むとブン! と襲撃者ごとマンションの壁に投げつけた。
グシャッ! と嫌な音がして、壁に叩きつけられる襲撃者。
「うぅぐっ!?」
驚きとも苦痛ともとれる声をあげ、街頭の灯りに照らされたその姿は──E隙高の制服を着た黒い覆面をした男だった。
「こないだの──?」
俺と優姫は顔を見合わせた。
マルサネが病院送りにしてしまった奴らの敵討ち、といったところだろうか。
何にしても面倒なことだ。
「終わりか?」
マルサネの挑発に覆面男は何とか立ち上がると
「この化け物女!」
とマルサネに捨て台詞を吐き、くるっと背を向けて公園の方向に走り出した。
「あ、逃げた」
優姫がのんびりと指摘した。
「追いかけるのか?」
俺はマルサネに問いただす。
「いや──誘いの手かもな。まだ奴は余力があった。公園の奥に援軍がいる可能性もある。この場合、深追いは禁物だ」
「なるほど~。さすがマルちゃん」
感心したように優姫は言った。
「って言いながら、お前! なんで追いかけるんだよ!」
公園の方向へ走り出したマルサネの背中に俺は怒鳴り声をあげた。
「いつまでもしつこく付きまとわれたら迷惑だろう? 二度とやってこないように、蛇の頭を叩き潰してくる!」
マルサネが振り返って怒鳴り返す。
「なるほどぉ」
マルサネの言葉に感心する優姫。
「なるほどじゃねぇよ!」
俺は縫いぐるみや土産袋を優姫に押しつけた。
「先に帰っててくれ」
そして。
俺は何故かニヤニヤ笑う優姫を残し、マルサネの背中を追ってダッシュした。
あの、バカモンチッチが!
E隙高のバックには海蛇会という、真っ黒な組織がついているのは公然の秘密だ。
いくらアイツが強くても──飛び道具が出てきたら太刀打ちできないだろう。
早く止めないと──。
くそぉ!
アイツ、モンチッチのクセになんて足が速いんだよっぉぉぉっ!