第16話 そっくりさん発見!
「暑っちぃなぁ──!」
前日とはうってかわり、照りつける太陽が大地焦がし、気温も最高潮に上昇した昼下がり。
電車とバスを乗り継いで、俺は優姫と隣市にやってきていた。目的地は優姫が長年はまっている野球チームのホームグラウンド、USドーム球場である。
念願のデートかって?
イヤイヤ。
俺は単なるお邪魔虫だ。
違うな。
俺たちは、というのが正解かも。
和奏姉ちゃんが福利厚生で会社から貰ってきたペア野球観戦チケット。
いつものように熱狂的な野球ファンの優姫に譲ったのだが、「今年は四枚も貰っちゃったのよねぇ~!」とわざとらしくチケットを優姫に四枚渡した和奏姉ちゃん……。
「うわ……何だここは!? デカい──闘技場か?」
結果、俺の隣には口をあんぐり開けてドームの建物を見上げるモンチッチ娘が居るというわけで──。
「闘技場? マルちゃんって本当にファイターなのねぇ」
優姫が上機嫌でコロコロと笑う。
あぁ、優姫は今日も可愛い……。
ポニーテールにお気に入りの選手のユニフォームを着こんだ優姫は野球女子の特集に是非! と雑誌の記者が声をかけてくるほどキマっている。
「飲み物持ち込めないから、ペットボトル出しなよ~」
お坊っちゃまで家事下手なクセに、気遣いだけは細やかなイケメンの佳彦が優姫とマルサネからペットボトルを受けとる。
結局、佳彦と優姫の初デートに俺とすっかりオノボリさんのマルサネがくっついてきているようなカタチなのだが、佳彦の奴は全く気にしてないようだ。
いや、むしろ。
──普段よりめちゃめちゃ上機嫌で楽しそうなんだが。
……何故だ。集団で興味のない野球に来て何が面白いのやら。
どんよりとした顔で歩いてるのは、失恋男なのにノコノコとついてきてしまった俺だけだった。
ドームの外周をブラブラと四人で歩いているうちに、土産物やグッズ、軽食や弁当などの店がひしめき合っている界隈にさしかかる。
「さすがオールスター戦。初日だから凄い人出だなぁ」
俺はため息をついて、人混みの中で周囲を見回した。
すれ違いざま、カップルにグッズの入った大きな買い物袋をぶつけられる。
「イテッ!」
気をつけていないと、こちらから肩や足もぶつけてしまいそうだ。
「あんまキョロキョロするなよ」
すぐにフラフラと余所見をしてしまうマルサネの手首を俺は引っ張った。
優姫に借りた野球帽をかぶったマルサネは、どんぐりマナコをさらに丸くして隣を歩く佳彦に立て続けに質問を浴びせかける。
「なぁ。なぜ皆、優姫と同じ服をきているんだ?
背中に入ってる数字はなんだ?」
「あぁ、あれはユニフォームといってチームの制服みたいなものなんだよ。背中の数字は背番号と言ってね……」
俺と違い、佳彦は丁寧に答えてやっていた。
もう面倒になって
「そういう決まり! そういうものなの!」
と冷たく返すようになった俺ではなく、マルサネも佳彦と優姫にばかり尋ねる。
まぁ、別にいいけどさ。一応、あいつなりに学習してんだな。
「制服……? この中でチーム戦をするのか? 番号ってことは、囚人を見世物にして賭けたりしてるということか──」
「……うーん、だいぶ違うよ? 何かいつもマルちゃんの場合はバイオレンスな感じなのよね。一応、野球って健全なスポーツなんだけど……」
優姫がどう説明しようかと腕を組んで考え込む。
な、難しいだろ?
異世界云々の前に、基本の常識の着地がどこにあるのかわからないんだよ、マルサネは。
「ふむ。健全なのか。いったい獲物は何だ? 剣か? 槍か? 素手でも悪くはないが──やはり相手の息を止めるまで……」
「「止めないから」」
俺と優姫が見事にハモった。
「まぁまぁ。それよりほら」
佳彦が苦笑して軽食売り場を指差した。
「席に行く前に何か買っていくか?」
「俺はいらない」
「私も大丈夫」
お昼ご飯を済ませたばかりの俺と優姫が首を横に振る。
「えっ? あの美味いクレープがあるのにか!?」
信じられないような顔をして俺達を見るマルサネ。
──信じられないのはお前の胃袋だよ。
さっき入った飲茶バイキングで、見てるこっちが胸焼けがするぐらい食ったのに……。
「わかった。じゃ、俺はマルちゃんと買い出しにいくから。お前らはそこで土産でも見て待ってろよ」
佳彦はニヤリとして俺を見ると、すっかりクレープに魅了されたマルサネを子犬のようにじゃれつかせながら連れていった。
「じゃ、先にグッズ買っちゃおっかな~。あっ、そう言えば和奏姉ちゃん達のお土産、何が良いかなぁ」
「食い物系でいいんじゃないか? あっ、それだと全部あいつが食っちゃうかも……」
優姫と二人で適当に目の前にある土産物コーナーを見て回る。
これって──二人っきりのデートみたいなもんじゃないか!?
突然のシチュエーションに思いっきり動揺する俺。
「じゃあ、こんなのどうかな? 可愛いくない?」
いつもと変わらない様子の優姫は、ユニフォームを着た手のひらサイズの白熊のヌイグルミを俺の目の前に差し出した。
「うーん、いいんじゃねぇ?」
顔を付き合わせて二人でヌイグルミを選ぶこの距離の近さ──!
優姫の髪から匂うシャンプーの香りにドギマギした俺は、挙動不審な様子でその辺りのヌイグルミを掴んだ。
「あ、奏大。やっぱりそれが気になっちゃった?」
「へっ……!?」
優姫の言葉に俺は自分の手の中にあるヌイグルミに視線を落とし。
ブッ! と盛大に吹き出した。
マジか──!
「似てるよねぇ……その子」
そこには。
クリクリのでかい瞳の小猿が、ぽけっと口を開けて見上げていた。
チアガールのコスプレをしたその姿は、歌音姉ちゃんのミニスカートを無理やりはかされてきた今日のマルサネの出で立ちにそっくりだった。
(だ……だめだ……。クリソツ過ぎる──)
肩を震わせて笑いをこらえる俺。
「そんなにウケる?」
「───悪い……ツボった……」
呼吸をするのも苦しい。
「うひひっ……!」
「ちょっと、奏大! 笑い過ぎ。もう~! 何だかんだ言って奏大はマルちゃんのこと大好きなんだねぇ──」
「……!?」
笑いの衝動が押さえられない俺に向かって優姫は聞き捨てならない台詞を吐くと、マルサネ……もとい、その売り場で一番大きい小猿のヌイグルミを持ってレジに向かった。
「ま、待て! 優姫、それ本当に買うのかよ──?」
◇◆◇
「かっ、奏大──! お前……っ!」
クレープ片手に、大量のスナックを袋に下げてご機嫌なマルサネと戻ってきた佳彦は案の定、マルサネと俺を見比べると腹を抱えて笑い出した。
だろーよ、お前。笑い上戸だもんな。
「くくっ、ひゃははは……くっ、苦しい──腹が……もうダメだ──!」
「大丈夫か? 佳彦」
マルサネがバカ笑いが止まらない佳彦を気遣う。
「……息! 息ができねぇ──。頼むからお前ら並んでこっち向くなよ!」
腹を抱えながら、涙目で佳彦は言った。
俺の腕にぶら下がってるのはデカい小猿の──マルサネそっくりのヌイグルミ。
あまりにでかくて、土産用の袋に入らなかったため優姫に「持ってて」と言われて泣く泣く持たされたのだ。
「へぇ……。奏大ってそういうのが好きなのか。奇遇だな。あたしのオヤジと同じ趣味かぁ──」
なぜか、マルサネからも微妙な視線を投げかけられる。
お前のオヤジと同じ趣味って──どんなんだよ!
こうして俺の幸せな──優姫とのささやかなツーショット時間はあっという間に終わってしまったのだった。