第13話 予測不可能な一日!?
「おいっ! 奏大アレっ!」
コンビニのレジでビニール傘の会計を終わらせた俺に、トイレから出てきた佳彦が必死に飛びついてきた。
「ちょっ……何!?」
佳彦にせかされて扉の外を見ると、柄の悪そうなE隙高の制服を着た男が優姫たちに絡んでいた。
「ヤバいな……」
「あぁ、優姫。大会前だろ?」
俺達は顔を見合わせた。
「ここだと防犯カメラがあるからな。バッチリ映っちまう……」
「いや、アイツ。それは分かってるみたいだぞ」
優姫はマルサネの腕を掴み、コンビニとショッピングモールの狭間の路地裏へジリジリと後退していく。
当然のことながら、雨降りの路地裏にひと気などない。
俺と佳彦はコンビニから飛び出して、路地裏へ向かった。
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「何処へ行くのかな? コネコちゃん?」
俺達が路地裏に駆けつけると、月並みな台詞を口にしながら二人組の男たちは優姫達を追いつめていた。
ショッピングモールの屋根から突きだした庇のおかげでここに雨は振り込んでこない。
「なんだ、お前ら!」
「邪魔する気か? ごらぁ!」
男達は俺達に気づいて振り向いた。
凄まれて佳彦は俺の背中に慌てて隠れる。
まぁ、いいけどさ……。ヘタレ過ぎだよ、佳彦。
「なぁ、奏大。コイツらって家畜か?」
その時、急に正面のマルサネが突拍子もないことを大声で言った。
「は?」
「だって、牛と同じ鼻輪をつけている」
マルサネの言葉に優姫と佳彦が、声を失った。
……そして思いっきり吹き出す。佳彦は腹を抱えて笑っていた。
「そんなにあたし、変なこと言ったか?」
マルサネが憮然として言った。
「てめぇっ! 俺達をコケにしやがって……」
「ナメテんのか? ぁあ?」
ロン毛男とピアス男は、怒りでブルブルと震えながら語彙のなさを露呈した台詞をわめき出す。
「コケ? 石にくっついてるヤツのことか?」
マルサネの言葉に、この女はひょっとして馬鹿か? と言う様な蔑みの光が男達の狂眼に宿った。
そして凶悪なそれが、マルサネに向かって向けられる。
「あぁ? ふざけるなよ、このクソ大女!」
「痛い目にあわせてやろうか?」
二人組はマルサネに向かって脅すように拳をふりあげた。
大声でビビらせようという戦法であるが、マルサネに全く動じた様子はない。
「家畜だけに、全く……隙だらけだな」
とマルサネはつまらなさそうに頬を掻く。
「おい、奏大! 止めなくていいのか?」
慌てる佳彦を俺は押し止めた。
優姫に目で合図をすると、優姫もマルサネから離れるように間合いをとる。
止める? とんでもない。
あのマルサネの構え。
これは巻き添えを食らわないように、できるだけマルサネから離れる方が正解だ。
そもそも優姫がわざとここの路地裏に誘ったのは、コンビニの防犯カメラの死角に誘導するため。
優姫は全国大会に出るほどの空手の実力者だ。
特に大会を控えたこの時期は、ボコってるところが発覚すると不祥事になる。
ちなみに俺も母さんに言われて優姫と同じ道場に通っていた。だから、大抵の喧嘩なら俺達は負ける気がしない。そして実際、素人相手に負けたことはないのだ。
……だが、その俺達から見て、マルサネは全く隙がない。
いったい何者なんだ……?
薄く笑みを浮かべて立っているマルサネを、俺は思わず凝視した。
その瞬間。ぞくり、と俺の背中を冷たいものが這いあがる。
殺気だ。
チンピラなんかが発するものとは桁違いの、怒りでも憎しみでもなく、それこそ家畜を屠るかのような無感情な、それ。
……近寄ったら、危ない。
本能的なものが、俺の中で猛烈に警報を鳴らす。
一方、E隙高の制服を着た男たちはそんなものには全く気がつかない様子。
二人ともニタニタとした厭な笑いを張りつけながら、間合いをつめていく。
「運が悪かったな。せっかく来たヤツもビビって助けてくれない腰抜けヤロウどもで!」
「運が悪かったのはそっちだ」
マルサネは不敵な笑みを浮かべたまま、フッと身体を揺らした。
その途端。
ひゅう、と風が唸る。
「「早いっ!」」
俺と優姫の口から思わず驚嘆の台詞が漏れた。
ドスッと重い袋に何かを打ちつけたような鈍い打撃音が響く。
「ぎょわぁぁっ!」
ピアス男の絶叫が路地裏に響き渡った。
マルサネの足元で身体を「く」の字に折り曲げて、男は血反吐を撒き散らして転げ回る。
ロン毛男のさっきまで自信に満ちていた暴力的な顔が青白く引き歪んだ。
辺りの空気に血の臭いが混じりはじめる。
「この女ぁっ!」
マルサネは、ひょいっと殴りかかってくる男の振り上げた拳を押さえた。
俺達には軽く手首を握ったようにしか見えなかったのに、
「うぎゃあ~!」
ロン毛男は絶叫すると、握られた手首を押さえて転げ回る。
マルサネは無造作に転げ回る男に近づくと、無表情で男の太ももに右足をのせ、軽く力を込めた。
バキッ!
木の枝が折れるような乾いた音と同時に男の絶叫がコダマする。
「そこまでよ!」
「もう止めろっ!!」
俺と優姫は決死の表情で両脇から押さえ込み、マルサネを背後から止めた。
目の前の地面には、泡を吹いて気絶するロン毛男と血反吐まみれで悶絶する金髪ピアス男が転がっている。
「ん?」
マルサネは何事もなかったかのように、俺達の身体を張った静止にアッサリ止まった。
「……二度と手出しをしてこないように手足をへし折ってやっただけだぞ?
歌音に、死体を始末できない場所では殺してはいけないと言われたから、ちゃんも頭も割ってないし、眼もつぶしてない」
マルサネの言葉に俺達は無言で顔を見合わせた。
「……」
「海に投げるか、山で埋めるか証拠を隠滅できる時以外は殺すなと和奏にも言われた。本当は首をへし折って息を止めたほうが楽だったのだがな……」
……姉ちゃんたちは、揃いもそろってコイツに何を教えたんだ。
でも、何にしろ人殺しを目撃するハメにならなくて良かった。
こいつ……マルサネはおそらく人を殺すことに躊躇いはない。考えたくないが、一体どういう育ちをしてきたんだ……?
「首をへし折る……?」
「どこの戦地から来たの? マルサネちゃんって……」
呆然と呟く佳彦と優姫に、
「だから、中東アジアの紛争地域から来たっていっただろ?」
俺は慌ててフォローに入ったが、マルサネが瞬時にそれをぶち壊した。
「中東って何だ? 国の名前はユッカだぞ。月の向こうの世界だ」
「「はぁっ!?」」
佳彦と優姫がマルサネの台詞に目を丸くする。
「わ~っ! こいつ地理も日本語も壮絶苦手なんだよなっ!!」
「めっちゃ、流暢に話してるけど?」
佳彦のツッコミは無視。
「ほらっ、ここに長居してる場合じゃないだろ! 何でもいいから早く行こうぜ!!」
俺は三人を追いたてるようにして、早足で裏路地を出ると、最近めっきり見なくなった公衆電話で救急車を呼んだ。
いくら、名うての不良が多いE隙高のヤツらだとしても、本当に死んでしまったら……寝覚めが悪い。
通話口にハンカチを当て、匿名で通報を終えて電話ボックスを出る。ガラスにうつる眩しい光に思わず空を見上げると、黒雲は去り青空が広がっていた。
「雨雲レーダーも先のことは予測不可能かぁ……」
俺は、昨夜から続いている予測不可能な出来事を思って盛大にため息をつく。
昨日までの俺の平和で平凡な生活はどこへいってしまったのだろう……。
遠くから救急車のサイレンが聞こえ、我にかえった俺は慌ててマルサネ達の背中を追いかけたのだった。