5.回顧
◆
「絶対王政とは、良くも悪くも便利なものだ」
ゴレッツ・アトゥルは、玉座の肘置きを触りながらそう呟いた。
「税を操作し、軍を動かし、他国領を侵略するのも思いのまま」
玉座の前には、陽の国を中心とした世界地図がある。
「全くもって、その通りでございます。あなた様のご祖父エルブレム様は、小さな陽の国を広げ、豊かにしてくださったのでございます」
ゴレッツの傍に控えているタルヴィ大臣が言った。
その世界地図は、領土が広くなった度に陽の国の国境線が描かれていたのであろう、中心からは円が何重にも引かれている。
そしてその線は、夕暮れの村と、霧の町の前で最後に引かれていた。
「もしこのまま第一王子がおられねば、王になるのはゴレッツ様、あなたでございます。あなた様なら陽の民を幸せにできる、偉大な王になれます」
「そうだな」
ゴレッツは拳を握り、歯ぎしりする。
「あいつさえ、いなければ、俺は……!」
「失礼いたします!」
ノックとともに、兵士が一人お辞儀をして玉座の間へ入ってきた。
「報告すべきことがございます! 手の甲に紋章のある男が見つかったという知らせが届いております!」
「なに! どこで見つかったのか!?」
「夕暮れの村、トラモントでございます」
「トラモント……!?」
驚愕するタルヴィを横目に、ゴレッツは舌打ちした。
「七年経った今になって現れたか。夜の地へ行ったかと思っていたが、まさかトラモントとはな。よく隠れ続けたものだ」
「トラモントの付近は、陽の国に支配されているとの素振りを見せますが、実際は税を免れている者も多いとの情報があるのでございます……! 王子よ、これは悪人を匿った、罰が必要ではないかと」
「罰、か……」
ゴレッツは腕組みをしながら思考する。
(あの村は他の領土へ侵攻する時の重要な供給地だ。これで重税を課し、村に貧困が蔓延るようになれば国にとって不利になる。しかも、あの辺りには山賊や荒くれた者達がいたのだったな。
山賊が金を目当てに報告したか……これで罰を与えるのは得策ではない)
「いい。報告した者に金を与えろ。早急にそいつを探すよう、クノッタに伝えろ」
「はっ!」
兵士が敬礼をして、玉座から急ぎ出ていった。
ゴレッツは、窓の外を眺める。
目に眩しいほどの光が、ゴレッツの顔を照らした。
ゴレッツは自分に仕える雷の一族の長、クノッタの言葉を思い出した。
――陽の紋章のある者が殺されると、殺した者がサン様の守護を受けることができるのです。あなた様が彼を殺せば、この国は安泰になるでしょう……
「サン様の守護を受けるのはあいつよりも俺がふさわしい」
ゴレッツの高笑いが王宮に響き渡った。
◆
クイラタの葉で染めたように、空の色は真っ黒だった。
(ここは、どこ……? この空の色は、夜の国……?)
ふと青い光が点々と差しているのが見えた方向を向くと、遠くにはフォルナが昔住んでいた当時の、夜の国があった。
フォルナの瞳には、王国内に瓦礫などは見当たらず、人々が青く光る夜光石の提灯を腕から下げながら街中で世間話をしている姿が遠くからでも見えた。
(人の姿もある! やはり、災厄など起きていなかったのね!)
「フォルナ! フォルナ!」
(シナンの、声!)
「ここに、いるよ!」
「こっちに来い!」
「うん!」
シナンの声がした方へ草木を搔き分けて行くと、そこには幼なじみがにやにやと座って腕に何か抱えていた。
「トチだ!」
「これを食うと旨いらしいぞ。村のみんなが言ってたんだ」
シナンは体を握られて暴れるトチを力づくで抑えようとする。
「やめて! かわいそうじゃない!」
フォルナは思わず、シナンからトチを奪い取った。
トチは震えながらもフォルナの肩に登って、じっとシナンの動きを見て警戒していた。
「また、おまえになついてやがる……」
残念そうな声をあげて、シナンは立ち上がった。
「どんな魔獣でもフォルナになつくよな」
「そう……? なついてなんか、ないよ。そんな力、私は持ってないから! この子達が、勝手にそうするんだもん」
フォルナはトチを見る。
トチはフォルナの肩に居ると安全だとわかったのか、じっと座って毛づくろいを始めた。
「かわいい!」
「かわいいか? 俺はそうは思わない」
シナンは、苦虫を潰したような顔で言った。
「フォルナー! シナンー! 猟師さん達が帰ってきたわよー! 食事の支度を手伝ってー!」
「あ、おばさんが呼んでいる」
フォルナは、トチを懐の中に入れた。
「何してるんだよ、食うのか?」
「違うよ、隠すの。私の家で飼おうかなって」
「おばさんに見られたらどうするんだよ。他のやつらだって、許さないぞ」
「シナンはこのこと、言うの?」
「え?」
シナンはフォルナの瞳に見つめられて、身じろぎした。
「俺は、言わないけど……」
「じゃあ、決定! トチって何食べるのかな。トチの分の食材も残しておかないと」
「フォルナー! シナンー!」
「行こう!」
フォルナはシナンの手を繋ぎ、自分たちを呼ぶ方へ走っていった。
幼い少年少女は次に何が起きるかなんて、この時にはわからなかった。