3.青に染まる穂波
「さてと、これだけあればしばらくはもつわね。……もう狩りでやりくりできないからって、買いすぎちゃった」
フォルナは食後に町の店で買ってきたあふれんばかりに大量の保存食品を鞄に詰めた。
「外の世界の人々はこの金貨、ってものを本当に使っているのね……これ3枚でたくさん食べられるなんて、便利なものね」
フォルナは生前父が教え、遺してくれた金貨について思い出した。
夜の国では物々交換が基本で、金を特別視する習慣は無かった。
ふと窓の外を眺めると、空は暗くなることなく赤い光を放ち続けていてフォルナには不思議な光景だった。
町に出歩いている人は少なく、町人は皆家にいるようだった。
「出発しようかしら」
フォルナは宿屋を出て、門番からグアナを受け取った。
「こいつ、あなたがいなくなった瞬間に暴れまわって大変だったよ」
「それは大変な迷惑をかけたわね‥‥ごめんなさい」
「いいんだ。それで、こいつを取りに来た……ってことは、もう町を出るのか?」
「ええ。もうちょっと居たかったのだけれど、大切な用事を思い出したの。グアナをありがとう。お世話になったわ」
「そうか……この辺りにはさっきみたいな盗賊がいるから、道中お気をつけて」
フォルナは頷き、グアナに身軽に飛び乗ってトラモントの町を出ていった。
◆
「あの門人さんは私があげた三日間分の薬草を全部グアナにあげてしまったのね……」
フォルナはグアナに跨って進みながらグアナの頭を撫でると、幸せそうな声を出す。
「グアナも、あんなにいっぱい食べてはいけない。父さんも言っていたでしょ、自然の恵みに感謝して欲を捨て、必要な分だけ食べなさいって」
グアナはその言葉に反抗するつもりなのか、フォルナの鞄の中身をつついた。
「こ、こら! これは長期間にわたって食べるものだから、そこまでいっぱい食べないわよ! それに私はそこまで大食いでもない……」
フォルナがさらに言い訳をしようとしたその時。
何かの気配を感じて、フォルナは身を低くしてグアナにしがみつくようにし、走れと命令した。
頭上でヒュン……と矢が飛ぶ音が聞こえ、狼に乗った盗賊がフォルナの横から姿を現した。
(また、盗賊……! 門番さんが言った通りだわ。しかも数が多い。盗賊達が乗っているのはきっと獰猛な赤狼の魔獣。どうする……「語りかける」か)
フォルナは赤狼が自分の周りに近づいてくるのを見た後、目を閉じて神経を集中させた。
「私から、離れなさい!」
突然赤狼達が激しく震え、乗っている盗賊らを地に引きずり落とした。
「おい、何やってるんだ! この犬野郎が」
盗賊達は狼を必死になだめようとするが、尋常ではない様子の狼達はどこかへ走り去っていってしまった。
弓をたがえていた盗賊も、何が起こったのかわからない様子で地に座って茫然としている。
動揺したのはグアナも例外ではなく、フォルナは必死に逃げる足が止まったグアナを落ち着かせた。
しかし、その中でも平静を保った盗賊が「何をしている、かかれ!」と叫ぶと、一斉にフォルナに向かって矢を放ち始めた。
「グアナ! 走って! はやく!」
グアナは再び走り出した……と思うと、盗賊の矢がグアナの足とフォルナの肩に刺さった。
「ぐうっ!」
グアナは悲鳴をあげて大きく体を揺らし、フォルナは地に投げ出された。
フォルナは体が地面に衝突する前に、素早く自分の肩から矢を抜いた。
青色に光る血が、金色の穂波に散らばる。
「……っあ!」
フォルナは右肩を押さえ、痛みに息が出来なかった。
「追えぇっー!」
盗賊らはサーベルを構え、迫ってくる。
(……ブーメランで太刀打ちできる、数じゃない。グアナも怪我を負っていて、走れない)
グアナに乗る暇もなく、盗賊達は剣を振り下ろすだろう。
「女一人だな」
「背が高いし、男かと思ったぜ」
「おい、ぐずぐずしてないでやれ」
そんな会話が耳に遠く、聞こえる。
死を覚悟したその時、視界が白に覆われた。
(何も、見えない。何も、聞こえない)
フォルナはおかしな感覚にとらわれた。
(私は……死んだの……?)